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再び二人きりになった準備室の中で、先生は表情を切り替えた。
途端に冷ややかな空気が流れた。
「あんな別れ方はないと思う」
「そう? 別れられれば何でも良くない?」
「悪い女だな」と苦笑交じりに笑われた。
まだ腕に絡んだままだった私は、上目遣いで見上げる。
「別れたよ。……悪い女のこと、どうする?」
先生は目を細めた。
「どうされたいの?」なんて質問で返してきた。ずるい。
主導権は渡さないつもりだ。
「先生のこともっと知りたい。ずっと言ってるよね? 教えてよ、ちゃんと」
ここまで言っても、乗ってこない。
ましゃになら効果のある視線も無駄。
だから私から踏み込んでみる。
「先生って私のこと、好きだよね?」
「どうかな」と言って、大きな手で頭を撫でられた。
触れてきたくせに、言葉はくれなかった。
私は可愛い。
視線一つで男を狂わせるくらいには。
だから、認められなきゃいけないのに。
それなのに目の前の男ときたら、私のことを好きと認めないんだ。
それに、ひどく焦らされた。
* * *
ましゃは不自然なくらい、私の前に現れなくなった。
廊下ですれ違うことすらなく、徹底的に避けられているみたいだ。
「広瀬さん、一人なら一緒に学食行く?」
クラスの男の子たちに声を掛けられた。
ましゃの影がなくなった途端に、この手のお誘いが急増している。
「うーん、今日は一人の気分なんだ。また誘ってね」
愛想良くして断れば、男子からのイメージは悪くないようだった。……逆に女子からは避けられることが増えた。
「最近の怜花ちゃんが怖い」とか噂されている。
でも、誰も干渉できないのは悪くなかった。
先生に会いに行けるから。
「また同じパンと牛乳だね」と、机の上に並んだラインナップを見て思った。
昼休みの先生は、いつも準備室にいる。職員室は気が休まらないらしい。
「これが好きなんだよ」
「ふーん。今度買ってみようかな」
そう言いながら、後ろ手にドアに鍵を掛けた。
「……やめろよな。誰か来たら、怪しまれる」
女子生徒と鍵を掛けた密室にいた事を。
先生の言葉に首を傾げて見せる。
「いないふりしてれば、いいじゃん」
やましいことなんて、何もしていない。
教室で浮いた生徒をみかねて、先生はご飯を食べてくれているだけ。
……それを誰かに邪魔をされるのが、嫌なだけなの。
こうやって毎日のように押しかけても、先生はプライベートに踏み込ませてくれない。
私のこと、好きじゃないの?
不安が過ぎるから、試す。
「ねえ、早本先生にバレンタインのお返しはあげたの?」
「一応、な。義理でも貰ったものだから」
食べてもいないくせに。
早本先生が期待したらどうするの?
「じゃあ、私も先生にお返ししなくちゃ。ホワイトデーは過ぎちゃったけど」
持ってきたトートバッグから、お菓子を取り出した。
中身はコンビニで買った季節限定品ばかりだった。
「うーん、ホワイトデーっぽいものが何もない。……これでいっか!」
ホワイトチョコを使ったトリュフ。
丸くて小さな雪玉みたい。
それを先生の口の前に差し出した。
「食べて」
口を開こうとしないから促した。
でも、先生は軽く笑うだけ。
「食べたら、毒でも入っていそうだ」
「そんなわけないよ」
「どうだか」
そして、半開きになった口にねじ込んだ。
抵抗はされなかった。
「甘ったるいな」
唇についた粉砂糖を舐め取る仕草に目を奪われる。
完全に教師の顔はしていなかったから。
「……先生、私のこと好きでしょう?」
「そう思いたいんだろ」
「思いたいじゃない。そうなの!」
「じゃあ、そうなんじゃない?」
認めているようで、認めていない。
線を踏み越えさせるのに、先生は自分を差し出そうとしてこない。
――じゃあ、どうすればいい?
先生が逃げられなくなるところまで、近づけばいいだけだ。
* * *
空は真っ暗で、部活動の生徒が僅かに残っている時間帯。
学校の駐輪所に停まっている大型のバイクが、ずっと誰のものかって思っていた。その正体を知っても、今では驚きはなかった。
「お疲れさま、先生」
バイクの近くに座っていた私は、やって来た先生に声を掛けた。帰宅するときはモノトーンの服を好むのか、いつものジャージを脱ぎ捨てていた。
まるで夜に溶けそうだった。
「なんでここにいる」
「待っていたに決まってるでしょう。帰ろうよ、先生」
「……見られたらどうするんだ」
先生は人の目を気にしている。
場合によっては、教師を続けられなくなるもんね。
「一緒にいたかったんだもん」
「欲望の権化じゃねぇか」
否定されるのは想定済みだけど、でも。
「分かった。じゃあ、一人で帰る」
先生の横を通り過ぎようとすると「待て」と止められた。
「送っていく。……お前は、一人で帰すほうがまずい」
胸の前で手を合わせて喜ぶ。
先生ならそういうと思っていた。
「バイクで帰らないの?」
「こんな危ないものに生徒を乗せる気はないし、ヘルメットもない」
手に持っていた鍵をポケットにしまった。
今夜はここに置いて帰るらしい。
運転する先生を見てみたかったな。
「ごめんね。明日は大丈夫なの?」
「いいよ。誰かに見つかる前に行くぞ」
意外なことに、歩幅を合わせてくれた。
並んで歩くのは避けるかと思ったのに。
「学校から家まで近いんだっけ?」
「うん、10分くらい」
担任だから、そこは把握されていたようだ。
「親は?」とぽつり。
所在の有無の確認をされている。
「ママは夜勤で朝まで帰らない。パパは別居してる。……兄弟はいないよ」
「知ってる」
それは何を?
先生はどこまで私に興味を持っている?
こちらを見ない視線は、空に浮かぶ月に向けられていた。
満月って人を惑わせるんだっけ?
「お礼をしたいから、飲み物でも淹れるよ」
「……誘い込む気かよ」
「コーヒーくらい普通でしょ。教師が家まで送ってくれるんだから」
まだ「そうだっけ」なんてとぼけたフリをするから、「そうだよ」と教えてあげた。
先生の顔を見ながら解錠し、ドアを開いた。
「入るよね?」
「コーヒーを飲んだら帰るけど」
「いいよ、それで」
バタンッと音が立った。
いつもより大きく聞こえた気がする。
途端に冷ややかな空気が流れた。
「あんな別れ方はないと思う」
「そう? 別れられれば何でも良くない?」
「悪い女だな」と苦笑交じりに笑われた。
まだ腕に絡んだままだった私は、上目遣いで見上げる。
「別れたよ。……悪い女のこと、どうする?」
先生は目を細めた。
「どうされたいの?」なんて質問で返してきた。ずるい。
主導権は渡さないつもりだ。
「先生のこともっと知りたい。ずっと言ってるよね? 教えてよ、ちゃんと」
ここまで言っても、乗ってこない。
ましゃになら効果のある視線も無駄。
だから私から踏み込んでみる。
「先生って私のこと、好きだよね?」
「どうかな」と言って、大きな手で頭を撫でられた。
触れてきたくせに、言葉はくれなかった。
私は可愛い。
視線一つで男を狂わせるくらいには。
だから、認められなきゃいけないのに。
それなのに目の前の男ときたら、私のことを好きと認めないんだ。
それに、ひどく焦らされた。
* * *
ましゃは不自然なくらい、私の前に現れなくなった。
廊下ですれ違うことすらなく、徹底的に避けられているみたいだ。
「広瀬さん、一人なら一緒に学食行く?」
クラスの男の子たちに声を掛けられた。
ましゃの影がなくなった途端に、この手のお誘いが急増している。
「うーん、今日は一人の気分なんだ。また誘ってね」
愛想良くして断れば、男子からのイメージは悪くないようだった。……逆に女子からは避けられることが増えた。
「最近の怜花ちゃんが怖い」とか噂されている。
でも、誰も干渉できないのは悪くなかった。
先生に会いに行けるから。
「また同じパンと牛乳だね」と、机の上に並んだラインナップを見て思った。
昼休みの先生は、いつも準備室にいる。職員室は気が休まらないらしい。
「これが好きなんだよ」
「ふーん。今度買ってみようかな」
そう言いながら、後ろ手にドアに鍵を掛けた。
「……やめろよな。誰か来たら、怪しまれる」
女子生徒と鍵を掛けた密室にいた事を。
先生の言葉に首を傾げて見せる。
「いないふりしてれば、いいじゃん」
やましいことなんて、何もしていない。
教室で浮いた生徒をみかねて、先生はご飯を食べてくれているだけ。
……それを誰かに邪魔をされるのが、嫌なだけなの。
こうやって毎日のように押しかけても、先生はプライベートに踏み込ませてくれない。
私のこと、好きじゃないの?
不安が過ぎるから、試す。
「ねえ、早本先生にバレンタインのお返しはあげたの?」
「一応、な。義理でも貰ったものだから」
食べてもいないくせに。
早本先生が期待したらどうするの?
「じゃあ、私も先生にお返ししなくちゃ。ホワイトデーは過ぎちゃったけど」
持ってきたトートバッグから、お菓子を取り出した。
中身はコンビニで買った季節限定品ばかりだった。
「うーん、ホワイトデーっぽいものが何もない。……これでいっか!」
ホワイトチョコを使ったトリュフ。
丸くて小さな雪玉みたい。
それを先生の口の前に差し出した。
「食べて」
口を開こうとしないから促した。
でも、先生は軽く笑うだけ。
「食べたら、毒でも入っていそうだ」
「そんなわけないよ」
「どうだか」
そして、半開きになった口にねじ込んだ。
抵抗はされなかった。
「甘ったるいな」
唇についた粉砂糖を舐め取る仕草に目を奪われる。
完全に教師の顔はしていなかったから。
「……先生、私のこと好きでしょう?」
「そう思いたいんだろ」
「思いたいじゃない。そうなの!」
「じゃあ、そうなんじゃない?」
認めているようで、認めていない。
線を踏み越えさせるのに、先生は自分を差し出そうとしてこない。
――じゃあ、どうすればいい?
先生が逃げられなくなるところまで、近づけばいいだけだ。
* * *
空は真っ暗で、部活動の生徒が僅かに残っている時間帯。
学校の駐輪所に停まっている大型のバイクが、ずっと誰のものかって思っていた。その正体を知っても、今では驚きはなかった。
「お疲れさま、先生」
バイクの近くに座っていた私は、やって来た先生に声を掛けた。帰宅するときはモノトーンの服を好むのか、いつものジャージを脱ぎ捨てていた。
まるで夜に溶けそうだった。
「なんでここにいる」
「待っていたに決まってるでしょう。帰ろうよ、先生」
「……見られたらどうするんだ」
先生は人の目を気にしている。
場合によっては、教師を続けられなくなるもんね。
「一緒にいたかったんだもん」
「欲望の権化じゃねぇか」
否定されるのは想定済みだけど、でも。
「分かった。じゃあ、一人で帰る」
先生の横を通り過ぎようとすると「待て」と止められた。
「送っていく。……お前は、一人で帰すほうがまずい」
胸の前で手を合わせて喜ぶ。
先生ならそういうと思っていた。
「バイクで帰らないの?」
「こんな危ないものに生徒を乗せる気はないし、ヘルメットもない」
手に持っていた鍵をポケットにしまった。
今夜はここに置いて帰るらしい。
運転する先生を見てみたかったな。
「ごめんね。明日は大丈夫なの?」
「いいよ。誰かに見つかる前に行くぞ」
意外なことに、歩幅を合わせてくれた。
並んで歩くのは避けるかと思ったのに。
「学校から家まで近いんだっけ?」
「うん、10分くらい」
担任だから、そこは把握されていたようだ。
「親は?」とぽつり。
所在の有無の確認をされている。
「ママは夜勤で朝まで帰らない。パパは別居してる。……兄弟はいないよ」
「知ってる」
それは何を?
先生はどこまで私に興味を持っている?
こちらを見ない視線は、空に浮かぶ月に向けられていた。
満月って人を惑わせるんだっけ?
「お礼をしたいから、飲み物でも淹れるよ」
「……誘い込む気かよ」
「コーヒーくらい普通でしょ。教師が家まで送ってくれるんだから」
まだ「そうだっけ」なんてとぼけたフリをするから、「そうだよ」と教えてあげた。
先生の顔を見ながら解錠し、ドアを開いた。
「入るよね?」
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バタンッと音が立った。
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