寂しいを分け与えた

こじらせた処女

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 人間の体は優秀だ。栄養をとって3日も寝れば、具合が悪かった事を忘れてしまうほどに回復した。その2日後にはいつもの食事を摂れるようになり、1週間が経つころには前の生活が送れるようになっていた。でも、体力が戻ると余計なことを考えてしまう。そういえば俺って捨てられたんだっけ、とか、何で俺には一言もなかったんだろう、とか。
 ぐるぐるぐるぐる。分かるはずもない事をずっと考えている。勝手に考えて、勝手に悲しくなって。やめればいいのにやめられない。涙がこぼれたあたりで眠くなる。そして、今は飯も食えてるし寝床もあるんだから幸せだろうと言い聞かせる。これが俺の毎日の日課となった。

 でも、落ち込む日だってある。その日は朝から皿を割り、修行中に何度も同じ失敗で怒られて、何もない廊下でこけた。むしってはいけない草をむしり取ってしまった。何をやってもうまくいかない日なんて今までに何度もあった。でもそんな日は母さんが温かい生姜湯を淹れてくれて、夜更けまで話を聞いてくれた。次の日の朝、飴を一粒口に放り込んでくれて送り出してくれた。口の中でゆっくりと転がしながら歩くと、師匠の家までの道のりが少し楽になったのを覚えている。
「かえりたい…」
口に出した瞬間、あの家の匂いを思い出した。
小さなちゃぶ台、西日の刺した部屋に充満する味噌汁の匂い。ここよりずっと狭くて、埃っぽくて物がたくさんあって。
 ふと思った。もしかしたら母さん、家に帰ってきているかもしれない。もしかしたら、あの家に灯りがついていて俺を待っているのかもしれない。そんなわけないのに。考えるだけ虚しいのに、都合のいい妄想ばかりが頭を駆け巡る。
 布団の中から抜け出して、玄関に向かう。夜目が効かない中で草履の大きさを手探りで測る。いつもの感触を覚えた一足に足を通した。
「灯?」
物音を立てないように、細心の注意を払ったのに。
「おい、どこに行くんだ」
あ、怒っている。顔は暗くて見えないけれど、声色で分かってしまう。
「こんな夜遅くに…危ないだろ」
ごもっともな意見で、何も言い返せない。きっと寝ていたところを起こしてしまったから、声が少し掠れている。
「…ひさしぶりに、帰ってみようかなと…服、もってくるの忘れたの、あったから…」
思った10倍声が震えた。言って、俺何考えてんだろって心の中で嘲った。
「明日にしなさい。休みをやるから」
途端、声が柔らかくなった。俺の頭を2度撫でて、部屋に戻りなさいと背中を叩かれた。こんな事言わなければ良かった。部屋に戻って急に冷静になった。都合の良すぎる妄想をしていた事に恥ずかしささえ覚える。
 馬鹿馬鹿しい。帰ってくるわけないじゃん。呟いたら少しだけ楽になった。そんで、少しだけ息が吸いづらくなった。


 朝食も掃除も身支度も済ませた。いつもなら作業場にいる時間。昨日の話は本当だったようだ。師匠に見送られて今更良いですとも言えないまま家を出た。
 久しぶりの我が家への道のりは懐かしい。何であんな事を言ってしまったのだろうという後悔を募らせたまま、でももしかしたらって考えてはいけないのに考えてしまう。どうせいない。でももしかしたら。自問自答の繰り返し。でも、家が近づくたびに胸はドキドキと高鳴って、落ち着け落ち着けと嗜める。
山を登り切った先にある、小さな小さな小屋のような家。手入れのされていない外は草が生い茂っている。
「…ただいま、」
案の定、誰もいない。最初から分かっていた事だったけど。
 体が急に緩んで、重くなった。

 あーあ。どうすんの。1日丸々休みを貰って、小遣いまで渡されて。せっかく来たんだから、団子でも食べていくかと商店街に向かう。


(あ…あのうどん屋…)
 母さんとよく行った場所。あそこできつねうどんとおにぎりを食べて、帰りに団子を買ってもらって。甘いものは別腹だと家に帰りながらダラダラと食べた。
 今日は子供が多い。皆んな誰かと一緒に来ている。
(いいな…)
 何も食べる気にならない。一刻も早くここから立ち去りたい。出汁の匂いに気持ち悪ささえ覚えた。









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