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7.貴族に嫁に来た者のルールですか?
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『あの、メリッサに新しい縁談話があるって聞いたんだ。で、俺の気持ちを聞いて欲しくて来た』
『私の縁談についてのコメント? え、うそ~! ミゲルの敵討ちに参加したいの? それは助かるけど⋯⋯危険かもしれないからマーサおばさまにそうだ⋯⋯』
『か、敵討ち? 縁談じゃなく敵討ち⋯⋯』
ケニスの決死の覚悟の告白はメリッサの爽やかな勘違いでなし崩しに終わり、調査員達との連絡係りに任命された。
縁談ではないと知ってホッとしたケニスと呑気に事情を説明するメリッサを陰から覗いていたケニスの母マーサとメリッサの父ルーカス。
『いやあ、どうなることかと思ってハラハラしましたよぉ』
『あら、あのクズ男の方が良かったのかしら?』
『クズ男は用事が済めば生ゴミに出せるから大した問題じゃないんですが、奥方様の坊はしつこさだけは天下一品ですからねえ』
『しつこいだけで手も足も出す勇気はないんだから問題はないんじゃないかしら』
『⋯⋯いや、それはそれで男として問題じゃないですかね』
そんな話をされているとはつゆ知らず、ケニスは久しぶりにメリッサと過ごす二人だけの時間に幸せを感じていた。
事務所を出たメリッサは馬車の中でメイクを直していた。
(少し寝不足気味の方が雰囲気が出るかしら⋯⋯うーん、こんな感じ?)
コーク男爵家は貴族街の外れにある平屋建ての借家に住んでいる。男爵が仕事に出ている間夫人は仕立物の内職に精を出しているはずだがノッカーを鳴らしても誰も出てこない。
(お留守とは思わなかったなぁ、出直すしかないわね。来たことがわかるようにメモだけ置いていこう)
メリッサが馬車に戻りかけた時目新しいドレスを着たステファンの母親イザベラが小走りでやって来た。
「こんな朝早くから一体何をしてるの!?」
「お出掛けとは知らず申し訳ありません。えーっと、ステファンはここに来てないでしょうか?」
「は? ちょ、ちょっと中に入りなさい!」
背中をグイグイと押されながら玄関を通り抜けリビングと思しき場所に案内された。
「ステファンが何ですって?」
「昨夜お出かけになられてからお戻りではないので、こちらにいらっしゃるかと思って参りました」
「昨夜って⋯⋯そう」
イザベラはメリッサの少し野暮ったいドレスをジロジロと見た後で口の端をニヤリと上げて笑った。
「あらあら、結婚した直後にはもう旦那様に飽きられてるなんてねぇ」
「はい、そうかもしれないですね」
平然と頷くメリッサが気に入らなかったのかイライザが『チッ!』と舌打ちをしてソファに座り込んだ。
「ステファンはここには来ていませんよ、大方仲の良いお友達と飲み明かしたんじゃないかしら?」
「そうですね、ご無事なら良いんです。ではこれで失礼します」
小さく頭を下げたメリッサが踵を返すと何かを思いついたらしいイライザが声をかけて来た。
「お待ちなさい、ちょうど良い機会だから貴族に嫁に来た者のルールを教えてあげるわ」
ニンマリと笑ったイライザから家中の掃除と洗濯をさせられた後、お茶の一杯も飲めないまま昼食と夕食の買い出しと調理をさせられたメリッサが屋敷に戻ることを許されたのは夕闇が迫る頃だった。
「夫が帰ってくる頃だわ、グズグズしていないでさっさと帰ってちょうだい。明日も同じ時間に来るのよ、わかったら返事をなさい」
終日メリッサの後ろをついて回りながら文句を言っていたイライザがしっしっと追い払うような仕草をしながらメリッサの淹れたお茶を飲んで顔を顰めた。
「お茶もまともに淹れられないのかしら」
「申し訳ありませんが明日は仕事がありますので、代わりにメイドを手配しておきましょうか?」
「あら、気が利くじゃない。メイドならあなたより手際が良いわねぇ」
玄関のドアを開け顔だけ振り向いたメリッサがにっこりと笑った。
「勿論ですわ、当日分の日当は帰り際に本人に必ず渡してくださいね。でなければ法律違反になりますから」
つるっと手が滑りバタンとドアが閉まったせいでイライザの呆然とした顔を見損ねたメリッサが肩をすくめた。
(これが噂の嫁いびりってやつね。いやぁ、凄かった⋯⋯喉も乾いたし急いで帰ろう)
終日家の前に停車していた馬車の横で呑気に煙草を吸っていた御者が立ち上がった。
「お疲れ様です、お帰りになられますか?」
「ええ、長く待たせてごめんなさいね」
「構いませんとも、ちょっとばかし仕返しもしておきましたんで」
ニパッと笑った御者が開けたドアから乗り込んだメリッサはようやく肩の力を抜いた。
(仕返しって何だろう⋯⋯ちょっと楽しみ)
翌朝、コーク男爵家の近くではご婦人方が集まって噂話をしていた。
「結婚した翌日のお嫁さんに大掃除から洗濯食事の支度まで全部⋯⋯」
「その間飲み物も禁止ですってよ⋯⋯」
「そんな方だったなんて、今後お付き合いは遠慮させていただこうかしら」
『私の縁談についてのコメント? え、うそ~! ミゲルの敵討ちに参加したいの? それは助かるけど⋯⋯危険かもしれないからマーサおばさまにそうだ⋯⋯』
『か、敵討ち? 縁談じゃなく敵討ち⋯⋯』
ケニスの決死の覚悟の告白はメリッサの爽やかな勘違いでなし崩しに終わり、調査員達との連絡係りに任命された。
縁談ではないと知ってホッとしたケニスと呑気に事情を説明するメリッサを陰から覗いていたケニスの母マーサとメリッサの父ルーカス。
『いやあ、どうなることかと思ってハラハラしましたよぉ』
『あら、あのクズ男の方が良かったのかしら?』
『クズ男は用事が済めば生ゴミに出せるから大した問題じゃないんですが、奥方様の坊はしつこさだけは天下一品ですからねえ』
『しつこいだけで手も足も出す勇気はないんだから問題はないんじゃないかしら』
『⋯⋯いや、それはそれで男として問題じゃないですかね』
そんな話をされているとはつゆ知らず、ケニスは久しぶりにメリッサと過ごす二人だけの時間に幸せを感じていた。
事務所を出たメリッサは馬車の中でメイクを直していた。
(少し寝不足気味の方が雰囲気が出るかしら⋯⋯うーん、こんな感じ?)
コーク男爵家は貴族街の外れにある平屋建ての借家に住んでいる。男爵が仕事に出ている間夫人は仕立物の内職に精を出しているはずだがノッカーを鳴らしても誰も出てこない。
(お留守とは思わなかったなぁ、出直すしかないわね。来たことがわかるようにメモだけ置いていこう)
メリッサが馬車に戻りかけた時目新しいドレスを着たステファンの母親イザベラが小走りでやって来た。
「こんな朝早くから一体何をしてるの!?」
「お出掛けとは知らず申し訳ありません。えーっと、ステファンはここに来てないでしょうか?」
「は? ちょ、ちょっと中に入りなさい!」
背中をグイグイと押されながら玄関を通り抜けリビングと思しき場所に案内された。
「ステファンが何ですって?」
「昨夜お出かけになられてからお戻りではないので、こちらにいらっしゃるかと思って参りました」
「昨夜って⋯⋯そう」
イザベラはメリッサの少し野暮ったいドレスをジロジロと見た後で口の端をニヤリと上げて笑った。
「あらあら、結婚した直後にはもう旦那様に飽きられてるなんてねぇ」
「はい、そうかもしれないですね」
平然と頷くメリッサが気に入らなかったのかイライザが『チッ!』と舌打ちをしてソファに座り込んだ。
「ステファンはここには来ていませんよ、大方仲の良いお友達と飲み明かしたんじゃないかしら?」
「そうですね、ご無事なら良いんです。ではこれで失礼します」
小さく頭を下げたメリッサが踵を返すと何かを思いついたらしいイライザが声をかけて来た。
「お待ちなさい、ちょうど良い機会だから貴族に嫁に来た者のルールを教えてあげるわ」
ニンマリと笑ったイライザから家中の掃除と洗濯をさせられた後、お茶の一杯も飲めないまま昼食と夕食の買い出しと調理をさせられたメリッサが屋敷に戻ることを許されたのは夕闇が迫る頃だった。
「夫が帰ってくる頃だわ、グズグズしていないでさっさと帰ってちょうだい。明日も同じ時間に来るのよ、わかったら返事をなさい」
終日メリッサの後ろをついて回りながら文句を言っていたイライザがしっしっと追い払うような仕草をしながらメリッサの淹れたお茶を飲んで顔を顰めた。
「お茶もまともに淹れられないのかしら」
「申し訳ありませんが明日は仕事がありますので、代わりにメイドを手配しておきましょうか?」
「あら、気が利くじゃない。メイドならあなたより手際が良いわねぇ」
玄関のドアを開け顔だけ振り向いたメリッサがにっこりと笑った。
「勿論ですわ、当日分の日当は帰り際に本人に必ず渡してくださいね。でなければ法律違反になりますから」
つるっと手が滑りバタンとドアが閉まったせいでイライザの呆然とした顔を見損ねたメリッサが肩をすくめた。
(これが噂の嫁いびりってやつね。いやぁ、凄かった⋯⋯喉も乾いたし急いで帰ろう)
終日家の前に停車していた馬車の横で呑気に煙草を吸っていた御者が立ち上がった。
「お疲れ様です、お帰りになられますか?」
「ええ、長く待たせてごめんなさいね」
「構いませんとも、ちょっとばかし仕返しもしておきましたんで」
ニパッと笑った御者が開けたドアから乗り込んだメリッサはようやく肩の力を抜いた。
(仕返しって何だろう⋯⋯ちょっと楽しみ)
翌朝、コーク男爵家の近くではご婦人方が集まって噂話をしていた。
「結婚した翌日のお嫁さんに大掃除から洗濯食事の支度まで全部⋯⋯」
「その間飲み物も禁止ですってよ⋯⋯」
「そんな方だったなんて、今後お付き合いは遠慮させていただこうかしら」
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