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67. あと4日、動きはじめたメイルーン

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 火曜日、ゲーム開始まであと4日。

 朝の3時頃ようやく病院から帰宅したワッツは薄暗いランプをつけて朝一番で飛脚便に託す為の手紙を認めかけていた手を止めた。

『待てよ⋯⋯何故今なんだ? まるでセオドアの確認に行けない時を狙ったみたいじゃないか! ハリーが最高のタイミングを知っていたと思われても仕方ない⋯⋯ 今この時に事を起こしたのは何故だ? 
賭けの事は誰も知らな⋯⋯まさかハリーはメイルーンと繋がっていたと言うのか!? 俺の目を盗んでメイルーンに連絡を取っていたか、メイルーンから近付いたのか⋯⋯』

 メイルーンとハリーに騙されていたと信じ込んだワッツは復讐の方法を考えはじめた。

『俺様が大事に育ててきた獲物を奪いやがったメイルーンも俺様に逆らうハリーも絶対に許さん! 俺様に逆らってのうのうと生きていけると思うなよ!』

 旅支度を済ませていた鞄の底にいつもお楽しみで使っていた道具のいくつかを丁寧に隠し入れた。



「メイルーンが移動をはじめるとしたら今日ですけど教会関係者に変わった動きは見られないんで大丈夫そうですね」

 サリナの両親と子供達を逃がしてから王都の中には聖職者の姿が増え、ハリーやヒューゴ達を探していた調査員達は何度も職質されて冷や汗をかいていたと言う。

 街を警備する第三騎士団より派手に人探しをしていた聖職者にヒューゴ達が見つからなかったのはサリナがどの娼館にも勤めていない『もぐりの娼婦』だったから。

 一口に娼婦と言っても呼び名や待遇には大きな開きがあり、貴族専用の高級娼婦は『名誉ある娼婦』で娼館に勤める大勢の娼婦は『蝋燭の娼婦・明かりの娼婦』と呼ばれそれなりに存在を許されていた。

 ところがもぐりの娼婦は男達に襲いかかりお金を貰おうとする女乞食と同列に扱われ『形の崩れた靴・救い無き女性』と呼ばれていた。彼女達は真面目に働く市民達にも忌避されていたが、聖職者からは蛇蝎の如く嫌われ見つかり次第容赦なく切り捨てられていた。

 彼女達は普段の恨みを晴らすべく聖職者に偽の情報を渡したりサリナ達を逃したりしていた。

「そのお陰で聖職者に何も情報がいかないうちにハリーやヒューゴ達を捕まえられたんだから、人生ってのは何が幸運を齎すかわかんねえよな」



「先週メイルーンがフェリントス商会に借り入れをしたんだって。かなりの金額なのに急だし翌日もってこいとかって言われて慌てたみたい」

「メイルーンは案の定金が準備できなかったんだろ。フェリントスの奴め、何が慌てただよ! 少し前に準備しとけって言ったら大喜びしてたくせによお、メリッサがそれを知らねえと思って恩を売りつけてきやがった。百倍返しにしてやるから覚えてろよ」

 これだから金貸しやら銀行やらをやってる奴は嫌いだと鼻息を荒くしたルーカスは楽しそうに仕返しの方法を考えはじめた。

「やっぱ奴らに一番効くのは⋯⋯」



 選りすぐりのメイルーン信者を引き連れ教会の馬車を使って堂々と出発したメイルーンは⋯⋯。

『いつまで馬鹿げた遊びをやっているのか低脳な奴らには呆れてしまうね⋯⋯今回は付き合ってやるがこれで最後にしてもらおう、と言うか最後にしてやろうじゃないか。真珠さえ手に入れば全員私の世界には邪魔な奴ばかりだから』

 過去の悪戯全てを揉み消すのに無人島は都合がいいとほくそ笑んだメイルーンはふと、いなくなった老夫婦と御者の子供達のことを思い出した。

『これだけ探してもどこへ行ったのか見つからないとは⋯⋯それができる知恵があるのはワッツくらいかもな。なんにせよ私の邪魔をする者は神に楯突く者、全員粛清されても仕方ないんだし。愚かなステファンが初めて神の役に立ってくれたようだね』



「今日はステファンがお金をせびりに来るはずなんだよな~、代わりに渡してお⋯⋯」

「さ~て、俺はちょびっとリチャード・メイソンに会いに行ってケツを叩いてくるとするか」

 現侯爵で数少ない特別級⋯⋯最高裁判所所属の裁判官リチャード・メイソンはルーカスの長年の友人で、ここ最近発見したステファン達の犯罪の履歴や集めた証拠の全てを無理やり押し付けてきた相手。

「教会と直接対決する腹を括ってもらわにゃならんからな、怖気付いてるようなら何歳までおねしょしてたのか裁判所中にバラしてやるぜ」

 ステファンの顔を見たくないルーカスがさっさと逃げ出した。



 旅行の資金を強請りにきたステファンから無人島での接待の準備を念押しされながら景品が入っていると言って渡された箱を持ったメリッサはひとり馬車に揺られていた。

(後戻りはできないししたくない⋯⋯人の命がかかってるんだから絶対に負けられない)

 バトルとなるのは島の南側の防風林で囲まれた廃村。ほんの数年前まで住んでいた人達が残していった物があちこちに見受けられ、雑草の陰から覗く小さな花々が今でもこの村を守るように風に揺れていた。⋯⋯本土に面した島の東側にある小さな砂浜がゲーム参加者達の待機場所になる。贅沢しか知らない彼らの為に天幕・ソファ・コーヒーテーブルやクッションやクロス・食器などが前日運び込まれ、調理済みの料理や酒は当日の朝運ぶ予定になっている。

 切り立った崖になっている島の北側は斜めに傾いだ数本の大木が海を隠しているが足を滑らせたらひとたまりもないと思わせる激しい波の音が聞こえてくる。西側は壊れた倉庫と小さな漁港しかないが遠くの島々が一望に見渡せる絶景で水深も深くそれなりに大きな船を停泊できる。



 購入する際にルーカスと一緒に何度も訪れた島の様子を思い出したメリッサは目を瞑って大きく息を吸い込んだ。

(きっと大丈夫、準備は完璧のはずだよね。私達にできる全てを使ってやり切ったって自信を持って言える⋯⋯最初で最後の大勝負ってやつだから頑張らなくちゃ)

 ゲーム当日に何か不測の事態が起きても大丈夫なように人や物の手配は済ませた。

 メリッサがはじめ多くの人を巻き込んでここまできたが、失敗すれば彼ら全員が口封じされる可能性が高い。

(誰ひとり傷付けず終わらせる! 思慮深くいつも遠くを見据えていた大切な幼馴染のミゲルと彼の周りにいて幸せを与えてもらっていた私達の為に全てを公にしてやる)

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