【完結】子供を抱いて帰って来た夫が満面の笑みを浮かべてます

70.楽しいですよ？

『宜しいですか、閣下のお立場から考えますとダンスのはじまりは会場の中央。そこから少しずつ端にフェードアウトしていただくようあらかじめお願いしておかれるのが宜しいでしょう。
その後は仲睦まじげに笑顔で会話されるのです。ステップを間違えてしまうほどお話が楽しい風を装うのです。
そして、最後は気合です。恐らくこれが最善かと』

　ダンス講師からの大切なお言葉を思い出しながらノア様のお話を楽しく聞かせていただきました。



　女性との会話は苦手だと仰っておられましたが話題がとても豊富で眠くなる暇もないほどでした。

　領地経営や戦地での笑い話や失敗談に熱心に耳を傾けたり思わず吹き出してしまうと、ノア様は少し恥ずかしそうに微笑まれました。

「こんな話に付き合ってくれるのはティアだけかもしれませんね。女性が好む噂のカフェとか流行のドレスとかは全然知らなくて、セルゲイ⋯⋯コナーに『少し勉強しろ』と言われてます」

「カフェやドレスのお話だとちんぷんかんぷんかもしれませんわ。貴族女性がどんなところに行くのかも存じませんもの。
上品な所作でミルフィーユを食べる方法よりも染み抜きが得意なわたくしではパーティーで皆様の会話についていけない自信があります」

　あの層をなした美味しいケーキは大好きですが人前では食べないと決めております。パイ類も無理です。

　こんなわたくしがノア様の隣にいて良いのかといまだに悩んでおります。今夜は社交界の華として美しい所作と豊富な話題で場を盛り上げる方々の中で、ノア様に恥をかかせることだけはしないようにできる限り目立たず大人しくを目標にしております。

　壁の花なら得意ですからね。唯一の特技で乗り切ってみせますわ。



「実は今回のパーティーにドラミス卿が参加されることが分かって、ティアに不快な思いをさせるんじゃないかと心配してるんだ」

　ドラミス侯爵様はナーシャ様のお父様ですね。三日くらい前から我が家の護衛が増えましたからもしかしてとは思っておりました。

「もうチェイスのことが知られているのでしょうか？」

「まだはっきりとはしてないんだが、恐らく間違いないかと。私の元部下の一人が別のパーティーでマーベルの子供の事を聞かれたそうだから」

　パーティーで声をかけられたノア様の元部下カーティス少佐は『初めて見る顔だ』と思われたそうです。

　以前ステファン様と親しくしておられたと言う触れ込みで近付いて来られた男性は、ステファン様の事やマーベル家の凋落を小耳に挟み驚いていると言われたそうです。

『子供を二人引き取って帰られたと聞いていたので心配しております。何かご存知ではありませんか？』

『申し訳ないが、同じ部隊ではありましたがあまり親しくしておりませんでしたので。領地に帰られてからのことは何も知らないのですよ』

『そうですか。幼い方の子供は黒髪と琥珀色の目をしていると聞きましてね、ステファン殿と似ていないのによく引き取ったなぁと不思議でなりません。
所謂托卵と言うやつではないかとね』

『さあ、私にはなんとも』



「その男はデリンジャー男爵と名乗っていたらしい。何人かの男に同じ質問をしていたようだから、どこかで確信を持ったかもしれない」

「では今夜ドラミス卿がいらっしゃるのは⋯⋯」

「元々は不参加の連絡が来ていたそうなんだ。王太子殿下主催のパーティーを欠席するのは余程の事情がある時くらいだから、急遽参加に変更というのは不自然すぎる」

　このような場合、簡単に予定を変えられる程度の理由で断っていたのかと勘ぐられたり、敬意が足りないと思われたりするそうです。

　貴族のお付き合いは大変だなぁと思ったのは内緒です。

「それを理解していながら参加をねじ込んできたと言うことは、パーティーで取り引きを持ちかけてくるか子爵家に直接人を向かわせる気か⋯⋯その両方かもしれないと危惧してるんだ」

「会場に着きましたらドラミス侯爵様やその関係者を分かる範囲でお教えいただけますか？　できる限り近づかないように注意しますから」

　下手に会話などになってもわたくしでは上手く躱せないかもしれません。侯爵家からのお話を子爵家のわたくしがぞんざいに扱う事も拒否することも難しいですから、逃げの一手でノア様達にお任せした方が無難でしょう。



　ダンス以外にも波瀾万丈になりそうな予感に不安よりも気合が入っていくわたくしは中々肝が据わっておりますね。

（チェイスとグレッグ笑顔の為ですもの。頑張りますわ！）