異世界で王子様の代わりを務めるだけの簡単なお仕事です

豆野 豆助

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1:状況を把握するだけの簡単なお仕事です[5]

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コンコンと硬い扉を叩く音に銀色の睫毛が震える。薄く開かれぼんやりと宙を見つめていた青い瞳が誰かに呼ばれている、そう気付いた瞬間に大きく見開かれた。













 この3日間、誰かがこの部屋を訪ねてくることは無かった。正確には初日に一度使用人が来たことがあったのだが、フォルティアの身体に入れ替わってからすぐの事で、混乱から思わず『来るな』という趣旨の言葉を投げたところ、全く一切誰も部屋に訪れなくなったのである。いくら一人にしろと言ってもフォルティアは、……というよりこの体は子供であるため、全く誰も来ないとなるとそれはそれでどうなのだろうか。現代人の感覚では些か疑問に思うのだが、彼らにとっては触らぬ神に何とやらなのだろう。深く考えても仕方がない。





 と、まぁこういう経緯で丸3日間特に誰かと接触することなくやり過ごすことが出来ていたのだが、それもここまでらしい。







「フォルティア様、ローランに御座います。王太子殿下がお呼びでいらっしゃいます。お迎えに上がりました」







 扉の外から聞こえる緊張で震えた声を聞きながら脳内名鑑を捲る。





 リテリア・ローラン。確か、名家の三男で一年ほど前にフォルティアの専属従者に指名。その経緯と詳細については情報無し。性格は控え目で貴族らしからぬ温厚で欲のない人物。フォルティアとの関係性は詳しく書かれていなかったが、他の人物に比べ不満……もとい注意事項が少なかったため関係は、それなりに良好であったと推測する。





 丸暗記した情報がまるで本を読むかのようにすらすらと出て来るのは中々不思議な感覚だ。元々、物覚えはいい方であったがこの体に変わってから記憶力が格段に向上しているように思える。単純にこの身体の若さ故か、あるいはフォルティアの生まれ持った才能か。





 因みにフォルティア作の人物事典には、注意事項と称してその人物に対する恨みつらみ、不満がぶち撒けられていることも少なくなかった。10代半ばにしてよほどストレスの多い生活を送っていたのだろう。くわばらくわばら。







「……どうぞ」







 外で待つローランを何時までも放って置く訳にもいかず、取り敢えず入室を許可するという意味合いで扉の外に短く言葉を投げる。おっかなびっくりという表現がピッタリ嵌まるような慎重な面持ちで扉を開けたのは、少し長い黒髪を襟足で一括にしたこれまた恐ろしいほど整った顔の好青年だった。この世界の異常な顔面偏差値の高さは一体何なのだろう。





 真顔で顔面を凝視するフォルティアにたじろぐ様子はあるものの、優雅な一礼を返してくるあたりさすがお貴族様といったところだろうか。







「……お休み中に大変失礼致しました」







 挨拶の言葉の後、面を上げたローランの顔に一瞬だったが分かりやすく『しまった』と書いてあるものだから一体何事か、と思えばどうやらこの来室でフォルティアの眠りを妨げたと思ったようだ。





 自分の格好を確認すると、服には皺が寄り結んだ髪も乱れている。確かに今のフォルティアの状態はどう見ても寝起きのそれだが、正確には寝ていた訳ではなく、魔力切れで意識を失っていたのである。窓の外に目をやればすっかり日が落ちていて、長いこと倒れていたようだ。寧ろ起こしてくれたことを感謝したい。







「あぁ、いや……ちょうど起きたところだ」









 以前のフォルティアが使用人に対してどういった言動を取っていたかを正確には知ることはできないが、この怯えられ具合からしてフォルティアはそれなり恐い主人だったのだろう。3日間も部屋に籠もっても誰も訪ねて来なかったことにも納得がいく。要らぬ世話を焼いて怒らせたくなかったというのが理由だろうか。







しかし、自分が初めて会った時のフォルティアはだいぶ我儘そうな子供ではあったが、そこまで恐れられるような雰囲気ではなかった。やはりまだ知らない面があると考えた方がいいだろう。信頼に値する人間がいれば事情を話して、以前のフォルティアについて話を聞いたり、協力を仰げるのだが生憎その人物が信頼できるかどうかを見極められる自信はない。





 

 なおも謝ってこようとするローランに対して、片手で制すとそう言えばと思い出す。朝食の後、フォルティアはルシウスに呼び出しを受けていた。それまでに何かしらの対策を立てようと思っていたが、意図しない魔力切れのせいで結局、何も策を立てずに約束の時間になってしまった。痛恨のミスに頭が重い心地で項垂れたフォルティアは、ほとんど解けていた長い髪を乱暴に掻き上げる。今朝のあの雰囲気、何かしら仕掛けてくると見て間違いない。

























「……また、行かれるのですか」







 暫く沈黙が続いた後、ローランがぽつりと呟く。また、と言うことはやはりフォルティアは頻繁に呼び出しを受けていたようだ。フォルティアはどうしてそれを隠したのだろうか、それとも本当に伝え忘れただけなのか___







「…………呼ばれてるなら行くしか無いだろ」







 行くも何も呼びに来たのは貴方ですよね、ということは一旦置いておいて、下手なことを言って墓穴を掘らないよう、細心の注意を払いながら当たり障りの無い言葉を返す。何故呼ばれているのか分からない以上余計なことは口にしない。







「……出過ぎたこと申しました。替えの御召し物をお持ちしましたので、こちらへ。その後で御髪を整えましょう。」





 フォルティアが慎重に言葉を選びながら返答すると、直後に痛みを訴えるかのような表情を向けられる。ほんの些細な表情の変化だったため考えすぎかもしれないが。もしかするとローランはフォルティアが呼ばれる事情を知っているのかもしれない。しかし、知っているからと言ってこの表情を浮かべる理由にはならない。呼び出されたのはフォルティアなのに何故ローランがそんな表情をするのだろうか。それとなく探ってみたいところだが、どうせすぐに分かることと一蹴する。











 ベッドから立ち上がると着替えを手伝おうとするローランをそれとなく躱して、未だに見慣れない綺羅びやかな衣装を脱いでいく。変に疑惑を持たれないよう、手伝わせ方が良いのだろうがフォルティアの中身はいい歳した大の男である。自分の実際年齢より年下の子供に着替えを手伝わせるというのは遠慮したい。





 皺にしてしまったのを若干申し訳なく思いながら脱いだ衣装をローランに手渡すと引き換えに渡された着替えを受け取る。広げて見ればいわゆる貫頭衣で、質素なデザインでありながら素材が良質なものであるのは素人目にも分かった。直感で頭を通したところまでは良かったのだが、次はどうすればいいのか検討もつかない。シンプルな着物である筈なのに意外と装飾が多く、謎の帯状の布を2、3本渡されたところで限界を悟ったフォルティアは一度大きく息をつくと振り返り、ローランに向き合う。







「…………やっぱり手伝って欲しい」







 自分でやると言った手前、手伝ってくれと素直に言うのは憚られたがここで無駄に時間を消費していてもしていても仕方がない。あまり時間を取られてルシウスが迎えに来てしまうなんてことがあればそれこそフォルティアの精神的には大惨事である。ローランはフォルティアの言葉に少し驚いたような表情をしたものの、特に何かを言うでもなく一礼するとテキパキと着付けが進んでいき、あっと言う間にそれっぽい格好が完成する。





 先程まで苦戦していたのが嘘のように整った自身の服装を確認したフォルティアは漏れるため息を隠そうともせず促されるままに部屋を出た。
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