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第22話 鍔迫り合い

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「アニエスを返せだ? てめえ、よくそんな口が利けるな」

 顎をしゃくったベルナールに、さすがに護衛の兵が前に出る。

「貴様こそ、王太子殿下になんという口の利き方だ」
「すっこんでろよ、このボケ。そこの唐変木にゃ、言いてえことが山ほどあんだよ」
「き、貴様……っ」
「すっこんでろっつったのが聞こえねえのか。絞めるぞ、オラ!」

 ワナワナと震える相手の兵に、辺境軍兵士らが笑いながら声をかける。

「うちの閣下、口が悪いんだよね~」
「でも、ああ見えて偉いんだよ。辺境伯だもん。侯爵クラスだもん」
「貴様とか言っちゃって、大丈夫かなぁ」

「こ、侯爵……」

 権威に弱いお上品兵士の目が迷いにキョドキョド揺れる。それを指さし、辺境軍兵士たちは腹を抱えてゲラゲラ笑った。
 非常にガラが悪い。上司が上司なら部下も部下である。

 騒ぎを聞きつけて、兵士以外の使用人や遠くから来た患者たちも門の近くに集まってきた。
 デボラとメロディに手を引っぱられて、アニエスも走ってくる。門の内側にいた兵士たちが数人、アニエスを囲むようにして立った。

「てめえに突然放り出されて、アニエスがどんな暮らしをしてきたかわかってんのか。てめえがその趣味の悪いキンキラの馬車で来た道を、アニエスは一人で歩いてきたんだぞ」

 自分で作ったのぼりを持って、インチキな者が多いせいで疑われやすい聖女という仕事を、一つ一つ信用を積み重ねて続けてきた。
 そうして金を稼ぎ、大人の男でも難儀するような旅路を一人で歩いてきたのだ。

「誰が、てめえなんかに渡すか!」

 ベルナールの啖呵に、まわりの人々がそうだそうだと拳を上げた。

「聖女のお嬢ちゃんは、大変だったんだ」
「人が来なかったりして、一人でぽつんと道端に立ってたこともあるんだぞ」
「たった一人で、金も仕事もないんじゃ、どんなにか心細かっただろうに……」

 やっと腰を落ち着けて幸せに暮らしているのに、何の権利があって「迎えに来た」だの「返せ」だの言うのだと、呪いの秘密を知らない人々は、イミフすぎると王太子一行を罵った。

「貴様ら、全員、不敬罪で捕らえるぞ」

 護衛の兵が脅せば「やれるもんなら、やってみろ」と辺境軍兵士が凄む。「やるか、オラァ」とゴツい一団に踏み出されて、護衛の兵士たちが後ろに下がった。
 力の差は歴然だ。

「どうしても連れてくってんなら、俺たち全員を倒してから、かっさらっていきやがれ」

 ベルナールに言い捨てられ、ぐぬぬ、と唇を噛んだエドモンの顔は蒼白になった。
 癒しの聖女として同行したらしいネリーが駆け寄って額に手を当てるが、効き目がないのは明らかだ。
 
 見かねたアニエスが群衆の中から進み出て、軽く手をかざしてエドモンを癒す。

「アニエス……」

 エドモンが伸ばした手をベルナールがバシッと叩き落とした。

「触るんじゃねえ。アニエスは俺のもんだ」

 アニエスを抱き寄せたベルナールを見て、兵士たちの顔が「お! おお?」っという感じに輝く。

 エドモンは必死になった。

「アニエス、私が間違っていた。父も祖母もおまえを連れ戻せと言っている。頼む。戻ってくれ」
「だー、かー、らー! アニエスはもう俺のもんだって、言ってんだろ!」
「しかし、このままでは、私は……」
「しかしもかかしもねえ。あんたの事情がどうだろうと、俺の知ったことか」

 ベルナールが王太子を足蹴にする。文字通り蹴とばした。
 さすがにガラが悪すぎる……と、部下たちですら若干引いたが、俺のもんだという方向性は大変よい。

「殿下。ほかの聖女やネリーに修行をしてもらって、なんとかお達者でいてください」

 アニエスの言葉を聞いても、エドモンは諦めきれない様子だった。

 街道の石畳に座り込んだまま、両手で頭を抱えて何かぶつぶつ言い始める。
 目がイっちゃってる感じになってきた。

「そうか……。アニエスさえそばにいれば、おまえが王になっても死ぬことはない……。だから、返さないんだな」
「何を言ってるんだ」
「わかってるぞ。おまえは、アニエスを利用する気だ……、アニエスの力利用して、私の地位を……」

 殿下? 
 誰かが声を掛けようとした時、エドモンはサッと立ち上がって腰の宝剣を抜いた。

「おまえに利用させるくらいなら……!」
「アニエス!」

 アニエスに向かって突きだされた剣は、とっさにアニエスを庇って抱きしめたベルナールの背を貫いた。
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