ミルクはお好きですか?

リツカ

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14.頼み事

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 カルナは慌てて誤魔化すように言う。

「あ、あの、万能薬とは言いましたが、それほど万能でもなくてですね……大きな怪我や病気にはあまり効果はありませんし、つまり……何事にもほどほどに、あくまで応急処置的な効果があるといいますか……」
「なるほど……回復ポーションと同じような効果というわけか」
「あ、たぶんそんな感じです。しかも一番安いやつだと思います」

 簡単な治癒と疲労回復。回復ポーションを飲んだことはないが、カルナが巷で聞いた感じだとそんな印象だ。毒消しはまた別かも知れないが。

「そうか。……だが、あんなに美味いポーションもなかなかないだろうな」
「そんなにおいしかったですか?」
「ああ、とても。今まで飲んだ何よりも美味かった」

 シュラトの怜悧な美しい顔に、うっとりとした笑みが浮かぶ。
 カルナは、恥ずかしいような、くすぐったいような、そんな気持ちになった。
 
 そして、なんと返答したらいいのか迷った末、カルナはついつい余計なことを口走ってしまう。

「じゃあ、飲みますか?」
「──いいのか?」

 一瞬、笑っているシュラトの緑色の瞳がギラリと光ったような気がして、カルナの体がびくりと跳ねた。

「……は、はい。ちょうど今朝搾ったものがあるので……」
「……直じゃないのか」
「え?」
「いや、なんでもない」

 不思議に思いつつもカルナは立ち上がり、キッチンの冷蔵箱を開けて、今朝瓶に詰めたばかりのミルクを取り出す。

 この冷蔵箱は、カルナがまだ生まれる前に父が木材で作り、父の友人の魔法使いが冷却魔法をかけてくれた思い出の品だった。
 見た目はただの大きな木箱だが、その中は冷気で満ちている。上段は冷凍、下段は冷蔵で使い分けができるのも便利だった。
 もう作られてから二十年以上経っているはずだが、有難いことにまだまだ現役のようだ。

 少し恥ずかしいが、口にしてしまった言葉を無かったことにはできない。
 カルナはよく冷えたミルクをコップに注ぎ、おずおずとシュラトへ差し出す。

「どうぞ」
「ありがとう」

 シュラトはうれしそうににこりと笑った。
 初めて会った時は無表情ですごくクールなひとだと思ったが、実際はよく笑うひとなんだな、と思いながらカルナもミルクを持って再び向かいの席に座った。
 ミルクを一口飲んだシュラトは、ハア、と大きく感嘆の息を吐く。

「本当に美味いよ」
「あ、ありがとうございます……」

 カルナも自身のミルクに口をつける。
 不味くはないが、特別美味いかというと正直よくわからない。小さい頃から母のミルクで育った所為だろうか。

 それから、カルナとシュラトはぽつぽつと取り止めのない話をした。
 その際、シュラトが狼獣人であることも彼自身が教えてくれた。狼獣人は美形のものが多いので、ある意味納得である。

 歳はカルナより少し年上で、南方の田舎町出身。十三の時に騎士学校へ入り、十六の時にいま所属する騎士団の入団試験に受かってからは、ずっと都市部で暮らしているらしい。

「カルナは?」
「俺は……」

 別に隠すようなこともないので、カルナはシュラトに聞かれるがまま、仕事のことや、両親を亡くしてからこの家で一人で暮らしていることを話した。
 シュラトに比べれば大した話はないのだが、彼は興味深そうに相槌を打ちながらカルナの話を聞いてくれる。

「誰か付き合っている相手はいないのか?」
「残念ながら……」
「……そう残念でもない」
「え?」
「いや、こっちの話だ」

 シュラトはなぜだかひどく満足気に笑った。
 カルナはシュラトのコップが空になっているのに気づき、再び瓶からミルクを注ぐ。

「ありがとう」
「いえいえ。これくらいしかできませんから」

 カルナが苦笑いすると、シュラトはじっとカルナを見つめて言った。

「優しいんだな」
「え?」
「そうだろ? 肉食獣人が怖いのに、秘密を明かしてまで俺を助けてくれて、今だってこうやってもてなしてくれている」

 ──怖いと思ってたの、バレてたのか……

「……そんな、助けてくれたのはシュラト様の方です。お礼をするのは当然ですよ」
「──へぇ」

 切れ長の瞳が、静かに細められる。
 睨まれたわけでもないのに、カルナの心臓がどきりとした。

「じゃあ、ひとつ頼み事をしても良いか?」
「頼み事……ですか? 俺にできることなら……」

 いいですけど、とカルナが続けるより早く、シュラトはテーブルの上のカルナの手を掴んでこう言った。

「あなたのミルクを俺に譲ってほしい」
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