14 / 57
14.頼み事
しおりを挟む
カルナは慌てて誤魔化すように言う。
「あ、あの、万能薬とは言いましたが、それほど万能でもなくてですね……大きな怪我や病気にはあまり効果はありませんし、つまり……何事にもほどほどに、あくまで応急処置的な効果があるといいますか……」
「なるほど……回復ポーションと同じような効果というわけか」
「あ、たぶんそんな感じです。しかも一番安いやつだと思います」
簡単な治癒と疲労回復。回復ポーションを飲んだことはないが、カルナが巷で聞いた感じだとそんな印象だ。毒消しはまた別かも知れないが。
「そうか。……だが、あんなに美味いポーションもなかなかないだろうな」
「そんなにおいしかったですか?」
「ああ、とても。今まで飲んだ何よりも美味かった」
シュラトの怜悧な美しい顔に、うっとりとした笑みが浮かぶ。
カルナは、恥ずかしいような、くすぐったいような、そんな気持ちになった。
そして、なんと返答したらいいのか迷った末、カルナはついつい余計なことを口走ってしまう。
「じゃあ、飲みますか?」
「──いいのか?」
一瞬、笑っているシュラトの緑色の瞳がギラリと光ったような気がして、カルナの体がびくりと跳ねた。
「……は、はい。ちょうど今朝搾ったものがあるので……」
「……直じゃないのか」
「え?」
「いや、なんでもない」
不思議に思いつつもカルナは立ち上がり、キッチンの冷蔵箱を開けて、今朝瓶に詰めたばかりのミルクを取り出す。
この冷蔵箱は、カルナがまだ生まれる前に父が木材で作り、父の友人の魔法使いが冷却魔法をかけてくれた思い出の品だった。
見た目はただの大きな木箱だが、その中は冷気で満ちている。上段は冷凍、下段は冷蔵で使い分けができるのも便利だった。
もう作られてから二十年以上経っているはずだが、有難いことにまだまだ現役のようだ。
少し恥ずかしいが、口にしてしまった言葉を無かったことにはできない。
カルナはよく冷えたミルクをコップに注ぎ、おずおずとシュラトへ差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
シュラトはうれしそうににこりと笑った。
初めて会った時は無表情ですごくクールなひとだと思ったが、実際はよく笑うひとなんだな、と思いながらカルナもミルクを持って再び向かいの席に座った。
ミルクを一口飲んだシュラトは、ハア、と大きく感嘆の息を吐く。
「本当に美味いよ」
「あ、ありがとうございます……」
カルナも自身のミルクに口をつける。
不味くはないが、特別美味いかというと正直よくわからない。小さい頃から母のミルクで育った所為だろうか。
それから、カルナとシュラトはぽつぽつと取り止めのない話をした。
その際、シュラトが狼獣人であることも彼自身が教えてくれた。狼獣人は美形のものが多いので、ある意味納得である。
歳はカルナより少し年上で、南方の田舎町出身。十三の時に騎士学校へ入り、十六の時にいま所属する騎士団の入団試験に受かってからは、ずっと都市部で暮らしているらしい。
「カルナは?」
「俺は……」
別に隠すようなこともないので、カルナはシュラトに聞かれるがまま、仕事のことや、両親を亡くしてからこの家で一人で暮らしていることを話した。
シュラトに比べれば大した話はないのだが、彼は興味深そうに相槌を打ちながらカルナの話を聞いてくれる。
「誰か付き合っている相手はいないのか?」
「残念ながら……」
「……そう残念でもない」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
シュラトはなぜだかひどく満足気に笑った。
カルナはシュラトのコップが空になっているのに気づき、再び瓶からミルクを注ぐ。
「ありがとう」
「いえいえ。これくらいしかできませんから」
カルナが苦笑いすると、シュラトはじっとカルナを見つめて言った。
「優しいんだな」
「え?」
「そうだろ? 肉食獣人が怖いのに、秘密を明かしてまで俺を助けてくれて、今だってこうやってもてなしてくれている」
──怖いと思ってたの、バレてたのか……
「……そんな、助けてくれたのはシュラト様の方です。お礼をするのは当然ですよ」
「──へぇ」
切れ長の瞳が、静かに細められる。
睨まれたわけでもないのに、カルナの心臓がどきりとした。
「じゃあ、ひとつ頼み事をしても良いか?」
「頼み事……ですか? 俺にできることなら……」
いいですけど、とカルナが続けるより早く、シュラトはテーブルの上のカルナの手を掴んでこう言った。
「あなたのミルクを俺に譲ってほしい」
「あ、あの、万能薬とは言いましたが、それほど万能でもなくてですね……大きな怪我や病気にはあまり効果はありませんし、つまり……何事にもほどほどに、あくまで応急処置的な効果があるといいますか……」
「なるほど……回復ポーションと同じような効果というわけか」
「あ、たぶんそんな感じです。しかも一番安いやつだと思います」
簡単な治癒と疲労回復。回復ポーションを飲んだことはないが、カルナが巷で聞いた感じだとそんな印象だ。毒消しはまた別かも知れないが。
「そうか。……だが、あんなに美味いポーションもなかなかないだろうな」
「そんなにおいしかったですか?」
「ああ、とても。今まで飲んだ何よりも美味かった」
シュラトの怜悧な美しい顔に、うっとりとした笑みが浮かぶ。
カルナは、恥ずかしいような、くすぐったいような、そんな気持ちになった。
そして、なんと返答したらいいのか迷った末、カルナはついつい余計なことを口走ってしまう。
「じゃあ、飲みますか?」
「──いいのか?」
一瞬、笑っているシュラトの緑色の瞳がギラリと光ったような気がして、カルナの体がびくりと跳ねた。
「……は、はい。ちょうど今朝搾ったものがあるので……」
「……直じゃないのか」
「え?」
「いや、なんでもない」
不思議に思いつつもカルナは立ち上がり、キッチンの冷蔵箱を開けて、今朝瓶に詰めたばかりのミルクを取り出す。
この冷蔵箱は、カルナがまだ生まれる前に父が木材で作り、父の友人の魔法使いが冷却魔法をかけてくれた思い出の品だった。
見た目はただの大きな木箱だが、その中は冷気で満ちている。上段は冷凍、下段は冷蔵で使い分けができるのも便利だった。
もう作られてから二十年以上経っているはずだが、有難いことにまだまだ現役のようだ。
少し恥ずかしいが、口にしてしまった言葉を無かったことにはできない。
カルナはよく冷えたミルクをコップに注ぎ、おずおずとシュラトへ差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
シュラトはうれしそうににこりと笑った。
初めて会った時は無表情ですごくクールなひとだと思ったが、実際はよく笑うひとなんだな、と思いながらカルナもミルクを持って再び向かいの席に座った。
ミルクを一口飲んだシュラトは、ハア、と大きく感嘆の息を吐く。
「本当に美味いよ」
「あ、ありがとうございます……」
カルナも自身のミルクに口をつける。
不味くはないが、特別美味いかというと正直よくわからない。小さい頃から母のミルクで育った所為だろうか。
それから、カルナとシュラトはぽつぽつと取り止めのない話をした。
その際、シュラトが狼獣人であることも彼自身が教えてくれた。狼獣人は美形のものが多いので、ある意味納得である。
歳はカルナより少し年上で、南方の田舎町出身。十三の時に騎士学校へ入り、十六の時にいま所属する騎士団の入団試験に受かってからは、ずっと都市部で暮らしているらしい。
「カルナは?」
「俺は……」
別に隠すようなこともないので、カルナはシュラトに聞かれるがまま、仕事のことや、両親を亡くしてからこの家で一人で暮らしていることを話した。
シュラトに比べれば大した話はないのだが、彼は興味深そうに相槌を打ちながらカルナの話を聞いてくれる。
「誰か付き合っている相手はいないのか?」
「残念ながら……」
「……そう残念でもない」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
シュラトはなぜだかひどく満足気に笑った。
カルナはシュラトのコップが空になっているのに気づき、再び瓶からミルクを注ぐ。
「ありがとう」
「いえいえ。これくらいしかできませんから」
カルナが苦笑いすると、シュラトはじっとカルナを見つめて言った。
「優しいんだな」
「え?」
「そうだろ? 肉食獣人が怖いのに、秘密を明かしてまで俺を助けてくれて、今だってこうやってもてなしてくれている」
──怖いと思ってたの、バレてたのか……
「……そんな、助けてくれたのはシュラト様の方です。お礼をするのは当然ですよ」
「──へぇ」
切れ長の瞳が、静かに細められる。
睨まれたわけでもないのに、カルナの心臓がどきりとした。
「じゃあ、ひとつ頼み事をしても良いか?」
「頼み事……ですか? 俺にできることなら……」
いいですけど、とカルナが続けるより早く、シュラトはテーブルの上のカルナの手を掴んでこう言った。
「あなたのミルクを俺に譲ってほしい」
応援ありがとうございます!
7
お気に入りに追加
2,320
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる