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48.壮年の騎士
しおりを挟む「シュラト! 上司との話し合いの最中に帰るとは何事だ!」
「団長と話し合うことは何もないので。そもそも俺は、結婚の報告をしに行っただけです」
「俺は認めていない!」
「団長に認めていただく必要はありません。もう届も出しましたし」
男の口からグルルルッと獣のような唸り声が響いた。
室内の空気がピリピリとひりつく。シュラトが涼しい顔をして平然と立っているのが不思議なくらい重苦しい雰囲気だ。
そうこうしているうちに男の血走った目が動き、ソファで固まるカルナの姿を捉える。
好戦的で憎々しげなその瞳に背筋がぞくりとしたが、カルナは勇気を出して立ち上がった。
「あのっ……」
振り返ってカルナを見たシュラトの目が、一瞬大きく見開かれた。そのあとすぐ、手でカルナを庇うような仕草をして、シュラトは再び男に向き直る。
「俺の伴侶のカルナです」
「カルナ……?」
男の眉がぴくりと動く。
青い目を眇めて、男はじいっとカルナを食い入るように見つめはじめた。
なにかに引っ掛かりを覚えたようなその表情からは、どこかもどかしげな気配すら感じられる。
カルナは軽く息を吸い込む。
そして、意を決して静かに口を開いた。
「──あの、覚えてないかもしれませんが、五年前の土砂崩れの時はありがとうございました」
そう言って、カルナは一度深くお辞儀をする。
男──シュラトの騎士団の団長は、カルナが両親の遺体を確認するときに一緒に立ち会ってくれた壮年の騎士だった。
号泣するカルナの背を撫で続け、落ち着くまで傍にいてくれたひとのことを見間違えるわけがない。
カルナの言葉で、どうやら団長もカルナのことを思い出したらしい。怪訝そうだった青い瞳が、みるみるうちに大きく見開かれていく。
「君は、あのときの……?」
「はい」
何度か口をはくはくと開閉させたあと、団長は戸惑いながら呟くように言う。
「森を出て、遠くの親戚の家に引き取られたと聞いていたが……」
「確かに少しの間、父の親戚の家で暮らしてました。でも、ギリギリ成人してましたし、両親と過ごした家で暮らしたくて、二ヶ月くらいでこちらに戻ってきたんです」
「そうだったのか……」
団長の視線が落ち着きなく辺りを泳ぐ。
「ま、まさか、君がシュラトの相手とは……」
さっきまでの勢いが萎み、なんだか少しばつが悪そうな顔をしている。
そんな団長とカルナの間に挟まれていたシュラトは、不思議そうな顔でふたりを交互に見た。
「どういうことだ? カルナは団長と知り合いだったのか?」
「知り合いというか、俺の両親が亡くなった時に遺体の確認に一緒に立ち会ってくれたのが、こちらの方です」
「なるほど……」
顎に手を当てて興味深そうな顔をしたシュラトの瞳が、ふいと団長に向けられる。
「不思議な縁もあるものですね」
「…………」
「それで、団長はいまも俺に結婚を考え直すべきだと思ってるんですか? 家族を亡くしたカルナに、また家族を失えと?」
「そ、そんなことは誰も言ってないだろうっ!」
目に見えて狼狽えている団長に対して、シュラトは畳み掛けるように言葉を続ける。
「認めない、許さない、勝手なことをするな……というのは、そういうことでは?」
「それはっ、お前の結婚相手が彼だと知る前だったから……」
「では、カルナだったら構わないということですか?」
「構わないというか……」
「まあ、どちらにせよ俺の気持ちは変わりません。騎士を辞めさせられても、カルナと一緒に生きていく覚悟です」
「…………待て。騎士を辞めさせられても、ってなんだ?」
ふいに団長の眉間に皺が寄り、怪訝な表情でシュラトを見た。
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