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26.血塗られたカード

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 結局、俺は砦の兵士を激励がてら軽く訓練をつけるということに決まった。
 俺は意気揚々とエルマンの出勤する馬車に同乗して砦に向かう。ソーニャとノエルは留守番だ。
 兵士たちは俺を見てとても剣を向けることなどできないと固辞したけど、俺とエルマンが互角に手合せしているところを見て意識を改めた。
 エルマンは俺がちょっぴり手心を加えたことがわかったのか苦い表情になってたが、いくらなんでも砦のトップに恥を掻かせるわけにはいかない。
 
 そんな感じで、兵士たちをちぎっては投げちぎっては投げと楽しく訓練していたら、慌てた様子の兵士がささっとエルマンに駆け寄り、小声で耳打ちした。

「なんだと!?」

 エルマンは思わずというように声を上げたが、驚きはすぐに胸の内に収め、冷静な表情で覆い隠した。

「詳しい説明は奥で聞こう」

 俺がちらりと目線をやると、エルマンは少しの間逡巡したが、結局は俺に隠し通せないと思ったのか、頷いた。

「……ネモの収容所についての話です。奥で詳しい報告を聞きますが、お聞きになりますか?」

 いい話ではないということは明らかだったが、聞かないという選択肢はない。
 俺は頷くと、エルマンの執務室へと移動した。
 
 執務室に入ると、既にソーニャがソファに腰かけていた。
 ネモの冒険者ギルド長であるソーニャは、ギルド経由で一足先に報告を受けたのだろう。心なしか顔が青醒めている。
 普段滅多なことでは動じないソーニャがこんな顔を見せるなど、一体何があったのか。
 俺は報告を受けるべくソーニャの隣に腰を下ろした。
 ソーニャに連れられて大人しく床にお座りしていたノエルは、俺の足元に一度すりすりした後、ソーニャの膝の上に飛び乗り、ふわふわの身体を擦り付けた。きっと慰めようとしているのだろう。

「詳しい報告を」

 エルマンに促され、伝令の兵は報告を始めた。

「はっ。ネモの街の留置所にいた者が、何者かに殺害されました。……詰めていた衛兵も、捕らえられていた者たちが、一人残らずです」

「……………は?」

 殺された?一人残らず?
 汚職に手を染めていたものがいたとはいえ、留置所にはそれなりの数の衛兵が配置されていた。
 その中には当然まともな衛兵だっていたし、キャパシティを越える犯罪者を収容しているということで、それなりに能力の高い兵も増員されていたはずだ。
 それが、全員殺された?誰一人逃がすことなく葬るなど、普通の手口では不可能に近い。

「一体誰が………何のために」

 捕らえられた仲間を解放するために、というのなら話はわかる。
 だが、牢の中の人間まで一人残らず殺すなんて、正気の沙汰ではない。
 
「本当に殺されたのは全員なのか?誰か連れ出されたものがいるんじゃ」

「辺境伯のご指示により、翌日には内密に監査が入ることになっておりましたので、密偵が罪人の名と特徴を記したリストを作成しておりました。事件後遺体とリストを照合しましたが、人数とおおよその特徴は一致しております」

「それだけではわかるまい。特徴を似せた者の死体を運び込み、逃がしたのではないか?」

「密偵もそう考え、自ら検分を行ったそうです。自分が確認した顔と間違いないと」

 辺境伯であるエルマンが信頼する密偵なのだ、優秀さは折り紙つきだろう。
 何百という人間の顔を記憶し、時に再現して変装まで行うプロ中のプロが判断を誤るとは考えにくい。

「口封じ……でしょうか。彼らの口から自分の不都合な情報が出ることを恐れたとか」

「それぐらいしか理由が思い当たらないですね……」

 どうやら思っていたよりも更に大きな黒幕が潜んでいるようだ。
 今の俺達が判断するには、材料が足りなさすぎる。

「それと、現場にはカードが一枚残されていたそうです。手掛かりになねのはそれくらいかと」

 何だって!それは物凄く重要な手掛かりじゃないか!
 どうしてそれを早く言わないのか。

「カードはここにあるのか?」

「い、いえ。伝令も密偵が飛ばした鳥からのものでして。現物はありませんが、カードの内容に関しては報告を受けております」

 なるほど、鳥か。道理で展開が早すぎると思った。
 何せ、俺は昨日やって来たばかりなのだ。エルマンの指示を受け取り、実行するまでのスピードがすごい。
 
「カードには『我が親愛なる白銀に捧ぐ』と書かれていたそうです」

「白銀?一体誰のことだ。文面からすると恐らく人だろうが……名ではないだろうな」
 
 顎に蓄えた髭を弄りながら思考を巡らせるエルマン。
 だが、俺には分かる。そしてソーニャにも解ったに違いない。

 白銀―――それは、間違いなく俺のことだと。


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