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2章

11.弟子入り志願

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「で…………弟子ィ?????」

 突然の申し出に、俺はつい鸚鵡返ししてしまった。
 一体どういう思考回路でそういう結論に辿り着いたんだ??
 元の体の俺やジークハルトならともかく、いかにもプライドの高そうだったポニテ王子がこんな子供に土下座までするなんて、どう考えても普通じゃない。

「センセイの一撃をもらって、天啓を得たんです!私を導いてくれるのはセンセイのような人だと!!」

「えぇ……??」

 バッ、と顔だけ上げてこちらを見上げてくるポニテの目が、キラキラと……ギラギラと??輝いていて、ちょっと引いてしまう。
 罵倒してぶん殴られて天啓ってなんだよ。どんな神がそんなもんくれるというのか。いたとしても、きっと碌な神ではない。

 しかし、喧嘩を売りに来たんでないのならそれに越したことはなかった。
 俺はいいけど、女将や宿に迷惑がかかるのは困る。
 俺たちは所詮旅人だけど、女将はずっとここで商売を続けていくんだ。後に遺恨を残すようなことは出来ない。

 どうせわがままな王子様である。ここですっぱり断ったところで納得しないのは目に見えていた。
 だったら、一応保留にしておいて有利に交渉したほうがましだろう。

「…………考えておく。とりあえず、宿に迷惑だから今日は帰れ。それと、ここは俺のお気に入りの宿なんだ。もしあの赤毛のアホが嗅ぎつけてちょっかいかけてくるようなら、お前が何とかしろ」

「ほっ、本当ですか!?そんなことはお安い御用です!ライルが動きを見せたら私に知らせるよう、兵にはいい含めておきますとも!!」

 ポニテは快く俺の要求を受け入れ、胸を叩かんばかりだった。
 こいつを弟子になどするつもりはないが、とりあえず滞在中は適当にはぐらかしておこう。
 最後に去る時にコイツが納得するような理由をでっちあげてやれば問題ない。
 どうしても食い下がってくるようならまぁ……態度次第ではちょっとだけ指南をしてやってもいい。それで充分だろ。どうせ本気でやったら死んじまうんだし。

「でしたら、どうぞ私の城に来てください!センセイがお心を決めてくださるまで客人としてお過ごし頂ければ!」

 ポニテが立ち上がって俺ににじり寄ってきたので、すかさずジークハルトが間に入った。お触りは禁止である。
 
「リディに近づくなと言ってるだろうが、このジャリが」

「!これは失礼いたしました!保護者の方も是非ご一緒にいらしてください!可愛らしいワンちゃんも!」

「誰が行くか!ぶち殺すぞクソガキ!!」

「どうどう、ジーク。女将のためだ。コイツはバカだが使い道がある」

 こそっとジークハルトに耳打ちすると、ジークハルトはなるほどと怒りの矛を収めた。
 後ろでは女将が心配そうな視線を向けてこっちを見ている。無抵抗の相手に乱暴な真似をして怖がらせたくない。

「さあさぁ、どうぞ馬車にお乗りください!おもてなしの準備も整っております!」

 俺がジークハルトから庇ったのを見て旗色は悪くないと思ったのか、ポニテが大仰に馬車へと促した。
 だが、俺の答えは決まっている。

「え?ヤダ。行かない」


 俺の答えを聞いて、ポニテはぽかんとした表情を浮かべた。
 断られることは絶対にないと思っていたんだろうが、俺は女将の宿が好きなのだ。女将の飯を食いたくて滞在を希望しているというのに、何が悲しくてコイツの城なんかに行かなくちゃいけないのか。
 城で豪勢な飯が食いたいならアルディオンに帰ればいい。
 俺は女将の作る愛情たっぷりの、家庭料理みたいだけど客のために手間ひまかけて作ってくれているって感じがする、特別な日のごちそうみたいなごはんが食べたいんだ。
 ただ高い食材を作っただけの、厨房から運ばれて冷めかけてるスープなんぞを啜るのはごめんである。

「俺はこの宿が好きなの。ここのご飯が食べたいの。だから行かない」

 断固として拒絶する姿勢を見せる俺に、ポニテは『くっ』と呻いた。

「やはり子供は子供……城は窮屈なのだろうか……。いや、センセイに無理強いをする訳にはいかない。お気の済むようにして差し上げなければ………」

 小声でブツブツと呟いた後、ポニテは「わかりました!」とデカい声で叫ぶ。
 最初の印象は優雅なタイプかと思ってたけど、割と変人ぽいな。

「明日の昼、また参ります!センセイはおねむの時間……夜分遅くに失礼いたしました!」

 帰るぞ、とポニテは兵に声をかけて、ガラガラと馬車に揺られて帰っていった。
 『もう来なくていい』と思ったけど、宿で会えなかったら『ここで待たせていただく』とか言って宿に居座ったりしそうだ。
 滞在はしたいが、女将を困らせてはいけない。さっさとポニテを連れて城とやらで話だけでも聞いてやるしかないのだろうか。

「いいのか?リディ。またあのアホがやってくるぞ」

「よくはないけど、今更出ていったところであのポニテが女将に詰め寄ったら困るだろ。あんなんでもこの街の偉いやつなんだし、一応王族なんだからさ」

「面倒だな。宿ごとアルディオンに移転を勧めるのはどうだろう」

「家出が終わったらな。ここの宿はもう絶対転移マークつけるって決めてるから」

 俺がジークハルトと話し合っていると、女将がこっちに駆け寄ってきて、厚手のストールを俺の肩に掛けてくれた。
 そんなに質のいいやつじゃなくて生地も重いけど、女将のぬくもりで少し温まっている。

「一体何があったのか知らないけど、早く中に入りな。小さいのに、風邪引いちまうよ」

 アンタも子供に無理させるんじゃないよ、と女将がジークハルトを叱った。
 ジークハルトは女将が俺を想って言ってくれたとわかっているので、大人しく軽く頭を下げて謝罪する。
 昼間のバカ2人がジークハルトに謝罪を迫ったの時のような怒りはちっとも湧いてこず、むしろ胸がぽかぽかと暖かくなる感じがした。


(ほんとに母さんみたいだ………)



 女将の掛けてくれたストールに包まれながら、俺は初めて子供になるのも悪くないなと思ったのだった。



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