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第3話

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 どうしてそうなるのか。
 ユースティの突然のプロポーズ。いや、プロポーズと言えるかも微妙なものであったが、リルフはもう言葉が出なかった。

「君のご両親はともかく、街の人間にこの屋敷に住む理由を聞かれても面倒だろう?」
「そ、そうですけど……でも困ったときにお屋敷に来れば……」
「それじゃあ遅い。それに、いつ来るかも分からないのだろう? あんな状態でここまで来れるのかい?」
「それは……」

 リルフもそこは理解しているつもりだ。確かに、この体質を治すためにユースティの屋敷に住むのは理に適ってる。何があってもすぐ対処できる距離にいるのが一番効率が良い。
 それは十重に理解しているが、リルフも年頃の女の子。そう何度も発情しているところを見られるのは恥ずかしい。こんな理由で結婚するのも凄く嫌だ。効率云々ではなく、感情論だ。

「け、結婚でなくてもいいのでは? その、召使として雇うとか」
「今まで誰も雇ったことがないのに? その方が不自然ではないか?」
「で、でも……」
「私と結婚するのはそんなに嫌か?」

 ユースティがリルフの手を取ったまま膝を付いた。
 そんな風に下から見上げないでほしい。その顔は卑怯だ。男性に対して耐性のないリルフにそんな顔面国宝級のご尊顔を向けられて、嫌だなんて言えるはずがない。

「…………わ、分かりました……この体質が治るのであれば……お願いします」
「うん! じゃあ早速君のご両親に挨拶をしに行こう」

 ユースティに手を引っ張られ、あれよあれよと二人は結婚することになった。
 だが結婚と言っても形だけ。盛大な式を挙げるわけでもない。役場に届けを出して、それからお屋敷に引越し。
 これでリルフは体質が治るまでの間、領主様の妻となったのだ。

 しかし引っ越しと言っても着替えをトランクに詰めただけ。元々私物が少なく、親が持っていた小さなトランク一つだけで引っ越し準備が終わってしまった。

 そんな小さなトランク一つを持って再び屋敷を訪れたリルフは、今は使用していない部屋を案内され、そこを自由に使っていいと言われた。

「もう遅い時間だし、まずは食事にしようか」
「あ、あの……私、用意します」
「本当? それは助かるよ」

 得意というほどではないが、家で母のお手伝いはしてきた。物凄く美味しいものは作れないかもしれないが、決して食べられないものを作ったりもしないはず。
 形だけでも領主様の妻になったのだから、これくらいはしないと。自分の体質改善に協力してもらうのだからお礼くらいしないと。リルフは今の自分に出来ることを提案した。魔法に関することは手伝えない。そうなると、料理しか役に立てそうなものがなかった。

「じゃあ私は書庫にいるから、用意出来たら呼んでくれ」
「分かりました」
「よろしくね」

 ユースティはリルフの頭をポンと軽く撫でて部屋を後にした。
 頭を撫でられるなんて経験は小さい頃に親にされた程度だ。異性に、それも初めて会った男性にされるなんて経験はない。
 それも相手は今まで見たこともない美形の男性。照れるのも当然のことだろう。

「ま、まずはご飯ね」

 色々考えていても仕方ない。リルフはキッチンに移動し、食材の確認をした。
 ユースティは普段から自炊をしているのか、キッチンは綺麗に整理されている。野菜は勿論、肉や魚もしっかりと保存してある。よく見ると貯蔵庫に置かれた氷、魔法で溶けないようになっている。

「……ソーセージに、燻製されたお肉……今日は少し冷えるし、ポトフにしようかな」

 これなら野菜も沢山取れるし、下手なことをしなければマズくなることはない。
 それからバケットとサラダも用意しよう。献立を決めたリルフは急いで準備した。

———
——

 一時間ほど経って、夕飯を作り終えたリルフはワゴンに食事を乗せ、食堂にそれを綺麗に並べていった。テーブルの上に置かれた燭台に火を灯して、準備万端。駆け足でユースティがいる書庫に向かった。

 書庫の前で深呼吸して、コンコンとドアをノックすると、少し遅れて中から声がした。

「おや、出来たのかい?」
「は、はい。お待たせしました!」

 ドアが開き、ユースティが顔を出した。
 先ほどは一番上まで留めていたがシャツのボタンを胸元まで外していて、目の前に彼の鎖骨が見える。
 だらしないのに、だらしなくない。着崩した姿もカッコいいのだから美形はやっぱりズルいとリルフはグッと言葉を飲み込んだ。

「そ、それじゃあ……食堂へ」
「ええ」

 家族以外に手料理を振る舞うのは人生で初めてのことだからリルフは少し緊張していた。
 しっかりと何度も味見もしたから大丈夫だと思うが、一般庶民の自分とユースティでは味の好みも違うだろう。もしかしたらユースティの好みに合わないかもしれない。
 考えれば考えるほど悪い方向に行ってしまう。今からでも作り直せないだろうか。
 そんなことを考えている間に食堂に辿り着いてしまった。

「うん、良い匂いがしているね」

 ユースティは椅子に座ってワイングラスに水を注いだ。
 そういうのも妻である自分がやるべきだったのだろうか。今までずっと引き籠っていた自分では領主の妻が何をすればいいのか分からない。一応自分の分も用意したが、そもそも一緒に食事をしても良いのだろうか。
 リルフが困っていると、ユースティは小さく笑みを零した。

「さぁ、夕飯にしよう。君も座って」
「はい……」

 ユースティに促され、向かいの椅子に座った。
 貴族の食事マナーなどが分からないリルフは、チラッと見ながらユースティの動きを観察する。
 慣れた手つきで用意したカトラリーを手に取り、ポトフのチキンを一口切り分けて口にした。マナーもそうだが、ユースティの口に合うのかどうかも心配だ。
 失礼と思いながら、リルフはユースティが咀嚼するのをジッと見つめた。

「……うん、美味しい」
「ほ、本当ですか!」
「ああ。とても優しい味だ。これから毎日君のご飯が食べられるなら結婚も悪くないね」
「そ、そんな……」

 素直に褒められると照れる。リルフは見よう見まねでカトラリーを手に取り、ホクホクのポテトを口に運んだ。
 普通に美味しい。味も沁みている。上手く作れたことに安心しながら、ユースティの様子を見た。あの言葉に嘘はなかったのだろう。笑顔でパクパクとご飯を食べてくれている。
 今日は簡単なものにしたが、明日はもっと凝ったものを作りたいとリルフは心の中で思った。


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