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エクスプローラーズ

1-9「どもらずにハキハキ喋って早瀬さん見違えたよ」

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「あ、え? え? 真田君?」

 彼女は僕に気付く慌てて眼鏡をあげて、涙を隠そうとうつむいた。

「大丈夫だお、このハンカチは洗い立てのクリーンなやつだお」

 休み時間に使ったけれど、ちゃんと事前に【ピュリフィケーション】で綺麗にしたから嘘ではないよね?

「だ、大丈夫だから、なな何でもないから」

 彼女は立ち上がるとスカートについた汚れをたたき落とす。後ろを向いて顔を隠してしまい、ポニーテールが寂しそうに揺れる。

「僕、今までクラスの奴に、ここへ呼び出されて殴られたんだお」

 嘘ついた、殴ったのは僕の方だけれども、この場合は二人は同じ境遇だと伝えた方がいい気がした。

「ささ真田君も? だだだ大丈夫?」

 彼女は喋る時にどもってしまう癖があって、それを理由にからかわれている。

「自分がつらいのに僕の事を心配してくれるなんて、早瀬さんは優しいお」

「そそ、そんな事ないよ……なんか面白いしゃべり方だね、私とおんなじ」

 早瀬さんは少し笑った。このキモオタ喋りがプラスに働いたのはグッジョブだね。


 しばらくして彼女は今までの経緯を話してくれた。今日の調理実習で余ったクラス女子6人でグループを組んだようなのだけれど、料理は失敗して、その原因を早瀬さんに押しつけて……という流れだったようだ。

 僕は相づちをうって話を聞いていた。

「それは早瀬さんの責任じゃ無いお、間違えたのは話を聞いていなかったミキサー担当だお」

 話しているうちにようやく彼女も落ち着いてきて、最近読んだ本やゲームなど趣味の話をするようになった。

「ささ、真田君がか貸してくれた『世界中の迷宮』すす凄く面白かったから、続編は自分で買っちゃった」

「気に入ってくれて良かったお、でもあれ、キャラメイクの時間が凄いかかるお」

 話に出た『世界中の迷宮』とは、名前の通り世界中にある様々な迷宮を踏破する、ストーリーよりゲーム性重視の3DダンジョンRPGだ。硬派なゲーム性に反してキャラクターグラフィックはカッコカワイイく、キャラメイクは成長ルートも含めて膨大な量となり、ハマると違うキャラを作って何度も遊んでしまう恐ろしいゲームだ。ちなみに彼女から返ってきたゲームデータのキャラクターは男性キャラばかりだったが、これには触れない方が良い気がする。


 いつもと違う鐘の音が辺りに鳴り響いた。部活動中の生徒以外は帰るように知らせる鐘だ。

「はぁ、ささ、真田君とお話しするのは楽しいけど、またあしたこここに来るのは嫌だなぁ」

 早瀬さんはかなり参っているようだ。僕だってダンジョンの事が無かったら……ダンジョンか……よし。

「早瀬さん、現状を変える為ならつらい事にも耐えられるかお?」

「いい、今の自分を、変えられる……?」

「変えられるお、きっと自分を好きになれるお」

「つらいこここ事って、いいい痛かったりするの?」

「そうかもしれないけれど、できる限り僕が守るお」

「もしも早瀬さんが僕の事を信頼してくれるのなら、信じて着いてきてほしいんだお」

 彼女はしばらくうつむいていたけれども、やがて顔を上げてうなずいた。



 僕は早瀬さんを連れて家に帰ってきた。【サーチ】を使って家族と鉢合わせしないよう、倉庫の方に回り込む。

「こっちだお、ちょっと暗いけどすぐ明るくするお」

 少し不安そうな早瀬さんだったが、僕への信頼が勝ったのか、黙って着いてきた。LED式のランタンをつけると倉庫内は明るくなった。

 ここでアイテム整理をする事もあると思い、あらかじめ震災対策のために買ってもらっていた、充電式のランタンを部屋から持ってきておいたのだ。

「さささ真田君のそそ倉庫の中に、じ自動販売機があるんだね」

「これが自分改革に必要なツールなんだお」

 早瀬さんの顔にはハテナマークが浮かんでいた。まぁ、そうだよね? 我ながら意味不明だよ。

「さっき話に出た『世界中の迷宮』みたいなダンジョン探索をできたらどう思うお?」

「お、面白いってお、お思うけど、私なんかじゃモンスターにたた倒されちゃう」

 僕の変な質問に律儀に答えてくれる彼女。

「うまくモンスターを倒してレベルアップして心身共に強くなるお……それが僕からの提案だお」

「さ、ささ真田君、らららライトノベルの読み過ぎだよ」

 その通りだけれど、やっぱり信じられないよね。

「論より証拠だお……戦士にジョブチェンジだお!!」

 僕の体が一瞬ブレて、キモオタから準イケメンの体に変身する。

「え、ええええええっ? だだだだれ? えええ?」

 びっくりして後ずさる彼女……そりゃ驚くよね。

「戦士の真田巧美だよ……本当にライトノベルのような事が目の前にあるんだ」

 しばらく彼女は混乱していたが、時間をおいて落ち着いてきた。

「さささ、真田君なんだよね?」

「うん、そうだよ」

「いいいつものはは話し方になってる」

「さっきのは【キモオタ】ってジョブで、勝手にああいう話し方になっちゃうんだよ」

 少しずつ落ち着いてきた彼女に、僕は今までの経緯を説明した。

「そそ、そんな事があったんだね、じゃじゃじゃあ私もモンスターを倒せば変われるの?」

「うん、どういう姿になるのかは僕には分からないけれど、この姿はお父さんの若い頃に似ているみたい」

「そそそ、そうなんだ……え、ええと、かか格好良いと思うよ」

「ありがとう、照れくさいや」

 褒められた僕は頬をかいた。早瀬さんに迷宮の注意事項を説明するとスキルの水晶玉を渡してみた。

「……ななな、何にも聞こえないよ」

 どうやらモンスターを倒してエクスプローラーズの資格を得ないとスキルを覚える事もできないらしい。よく考えれば当然の事だよね?

「よし、まずは大蝙蝠をたおしてエクスプローラーズになろう。僕が念の為、前に出るから、後ろでライトを蝙蝠に当て続けてね」

「わわわ、わかった」

 僕は急いで戦士装備になると彼女と共にダンジョンの通路へ歩き出す。

「まだしばらくは出てこないから、足下に気をつけて着いてきて」

「わわ、わかった」

 そろそろと思い【サーチ】を使うと、5メートル先に蝙蝠がいるようだ。

「あと、5メートルくらいの所にいるね、先に僕がお手本を見せるから次から真似をしてみてね?」

 小声で彼女に説明すると無言でうなずいた。僕は蝙蝠に近づいてさっとライトを当てると『ギーギーッ!!』と鳴き声を当てて天井から落ちてきた。床で苦しんでいてもライトを当て続ける。

「君が死ぬまで(ライトを)当てるのを止めない!!」

 既に蝙蝠を倒す事に慣れきっている僕は、好きな漫画の台詞を叫びながら倒した。

「こんな感じで安全に倒せるから」

「わわ、わかった、やややってみる」

 すぐに【サーチ】で次の蝙蝠を見つけると、念の為、僕が前に出て、彼女がその後ろからライトを蝙蝠に当てた!!

 さっきっと同じように鳴き声を上げて床に落ちたが、彼女も震えながらライトを当て続け、やがて蝙蝠は消えていった。

「ああ、何か聞こえる!!」

 おお、さっきまで鑑定にはレベルとか出ていなかったけれど、どうなっているかな?

【NAME:早瀬茜 LV:1 JOB:腐女子】

 ……は?

「やったでござる!! 拙者、エクスプローラーになれたでござるよ!! 真田殿、かたじけないでござるよ!!」

 彼女は喜んでいる……とても特殊な言葉遣いで。

【腐女子:一般的に嫌悪を抱かれやすい容姿、趣味を持つ特殊ジョブ。全体的な能力は低いが、精神的苦痛に対して鈍感になる。意図せずに特殊な言葉遣いになる】

 キモオタと説明一緒じゃん、手抜きしすぎだよ運営(かみさま)!!



「納得いかないでござる!! どうして拙者が腐女子でござるか!?」

「いや、そう言われても、説明にあったとおりで、自分の能力に近いジョブって事らしいよ。ほら、僕はキモオタだったわけだし」

「それなら拙者もキモオタになるはずでござる!! 決して腐女子じゃないでござるよ!! っていうか、何でござるかこのしゃべり方は!?」

「どもらずにハキハキ喋って早瀬さん見違えたよ」

「嬉しくないでござる!! 納得いかないでござる!!」

 僕としては早くレベルを上げて初期ジョブを変更できるようにしたいのだけれど、なかなか彼女は納得しないため、先に進む事ができない。

 よし、こうなったら昔TVで見たアレだ!!

「じゃあ、テストしよう。僕が手拍子を入れた後に言った言葉と反対の言葉を、テンポ良く答えて……試しにやってみるよ」

 パンパン

「前……この次早瀬さんが」

「後ろ……って感じで逆の意味を言うの。」

 実演を交えて早瀬さんに説明した。

「……こんな感じで行くよ? いい?」

「分かったでござる」

 パンパン

「起きる」

「寝る」

 パンパン

「上る」

「下りる」

 パンパン

「閉じる」

「開く」

 パンパン

「死ぬ」

「生きる!」

 要領が分かってきて元気に答える早瀬さん。

 パンパン

「浮く」

「沈む!」

 パンパン

「吐く」

「吸う!」

 パンパン

「攻め」

「受け!!」

「はい、残念ですが早瀬さんは立派な腐女子です。正しくは『守り』です」

「のおおおおおおおおおおっでござるぅぅぅぅぅぅぅっっ!!」



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