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ウィナーズ

3-11「巧美様……昨日はお楽しみでしたね」

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 忘れて欲しくないってどういう事? 僕は前は例に漏れずに黒歴史ノートを作っていた事があったから自分も含めて忘れたいよ。

「巧美様が初めてですわ……わたくしがあのように我を忘れてしまったなんて」

「そ、そうなのかお?」

「今までわたくしの前に現れた殿方はどの方も……確かにお顔の作りは整っていらっしゃる方は多かったですが、皆わたくしの容姿や家柄、スレイヤーズとしての活躍を褒めて下さりました。でもどの方も同じようなお話しかされませんでしたわ」

「ん~~っ」

 ちょっと話し声が大きかったのかな? 隣にいる美百合が寝ぼけて僕の腕枕に頬を擦り付けている。
 僕等はそのまま美百合が起きないよう静かにした。しばらくするとエリザが語り始める。

「……そんな殿方とご一緒してもわたくしの心が動いた事はございません。どうしてかは分かりませんでしたし、そう言う物だと感じていました」

「…………」

「巧美様のお話を聞いて今になって分かりました。どの殿方もわたくしの中身……心を見ていなかったと言う事なのですね」

 僕は黙ってエリザの話を聞いていた……無意識なのかエリザは僕の腕を撫でている。くっ、くすぐったい。

「そんな殿方達と同じ様な事をわたくしが巧美様に伝えても、心を動かす事はできませんね」

「そ、そう、それが言いたかったんだお」

 いやー、うまく説明出来ない事をわかりやすく直してくれたよ……本当だってば。やっぱりいきなり結婚とかではなくて段階を経ていかないとね……その予定は無いけれど。

 例えば海辺で追いかけっこしてキャッキャウフフとかもしたいし……ギャルゲーだってそうだよね?
 まぁ、いきなり最初から恋人や夫婦だったりするゲームとかもあるけれど、僕はゆっくりと恋を積み重ねていく方が好きなんだよね……そこ、キモいとか言うなし。

 なんかゲームに例えてしまったけれど、この状況って端から見たらまるでギャルゲーだよね?
 もっとも僕が主役になった途端、純愛で恋愛な一般ゲームから、催眠術で女の子をもてあそぶタイプのエロゲーにしか見えなくなるけれどね。

「巧美様は今までの殿方と違って家に取り入ろうとする訳でも無く、異性としてアピールしてくる訳でも無く、毎日が……学校生活もダンジョンの探索もとても楽しそうにしていて、わたくしにとって何もかも新鮮でしたの」

 僕がお馬鹿な妄想を繰り広げている間にもエリザの話は続いている。
 確かに虐められ虐げられていた生活から一変したから、毎日楽しいと感じていたね。

 それにしてもエリザの話はギャルゲーでもあるあるな展開だよね? ちょっと新鮮な主人公が特別に見えて、やがて友達から恋人にステップアップしたりするやつ。

 でも現実はそんなに甘くないとキモオタは心得ておりますとも。本気になって僕もエリザも傷つかないようにちゃんとボーダーラインを引いて接すれば大丈夫だ、うん。

「巧美様と過ごす毎日はとても新鮮で、まるでわたくし自身が普通の学生であって、名家では無い普通のスレイヤーズのように感じられましたの。きっとこの方とならって思ったのですわ……だから焦ってあのようなはしたない真似をしてしまいました」

 エリザは思い出したのか声が小さくなっていった。恥ずかしさに耐える美少女……暗くて見えないのが残念だ。

「そっかお……僕もエリザみたいな美少女から慕われるようなシチュエーションに嬉しくないって言ったら嘘になるお……でも……」

「分かっておりますわ巧美様、わたくしはもう焦ったりは致しません。ゆっくりとクラスメイトとして、スレイヤーズの仲間として時間を重ね、ちゃんとお互いの心が通い合ったら……その時にまたお答えを聞かせていただきますわ」

「わかったお……それじゃあ、明日からは元通りだお」

 今は僕という”珍しいキモオタ”を新鮮に感じているだけだと思う。時間が経てばなんて事の無い”ただのキモオタ”と分かるだろう。もしも状況に流されてエリザと結婚しても、そこに待っているのは破局しか無いだろう……そうなったら僕のグラスハートは耐えられない。

 僕の心も守りつつエリザの将来も守った……これが最適解なのだ。欲望に負けずによくやったよ僕。

 何にせよ、これで愛のない結婚ルートは回避だ……でも、やっぱり勿体なかったなぁ。
 お嬢様で美少女でキモオタでもOKなんて女の子は二度と現れないのだろうな。最初は気になった縦ロールも今となってはアリ寄りのアリだし。
 あ~これで僕が30歳になったら魔法使いのジョブが増える事は確定的に明らかだ。

 再び考え事をしていた僕の隣でエリザが身を起こした……なんだろう? トイレかな? だけど僕は相変わらず美百合の枕になっているので動く事は出来ない。

「お伝えしたい事はお話し出来ましたので、わたくしは自分のお部屋に戻りますわ……巧美様はわたくしがいると眠れないのでしょう?」

「も、もちろんだお、まだ心臓がドキドキしてるお」

「意識して下さって嬉しいですわ。名残惜しいですが明日もダンジョン探索です、明日も頑張りましょうね」

「わかったお、また明日からよろしくだお」

「それではおやすみなさい、巧美様……っっ」

 え? あれ? 頬に覚えのある感触……暗くてよくわからなかったけれどエリザが僕のほっぺにチューしてきた!? 人生2回目!?

「ほっぱわぁぁっっ!? くぁwせdrftgyふじこlp!?」

「しいっです、巧美様……美百合様が起きてしまいますわ」

「だだだ、だって、えええ、エリザが……」

「ふふ、わたくしの初めてですわ……巧美様の事を心からお慕い出来るように頑張りますわ」

「あ、焦らずに行くんじゃ無かったのかお? 順番おかしいお、友達はほっぺにチューなんてしないんだお!」

「あら? それはお勉強不足でしたわ。これからはもっとゆっくり意識していただけるように致しますわ」

 絶対嘘だ!! こんなに強烈な先制攻撃を忘れる事なんて出来ないよ!! 僕の心臓ハートは先程とは比較にならないほど震えていてヒートに燃え尽きそうだ……これでは明日エリザの顔をまともに見られないよ!!

 混乱している僕に構わずにエリザはベッドから出ると「おやすみなさい、また明日ですわ」と……眠れない原因だったエリザが別の眠れない原因を置いて……出て行ってしまった。

 ……目がギンギンに覚めてしまっている……僕の夜はまだまだ続きそうだよ。



 朝が来た……ダンジョンであるはずなのに窓の外がちゃんと明るくなっている。ついでにスマホの目覚ましも振動しながら朝を教えてくれていた。
 昨日は眠れるかどうか心配だったけれど、そんな事は無用とばかりにいつの間に寝ていた。もしかしたらキモオタのジョブがそうさせたのかな?

 美百合を起こさないように僕の腕と枕を入れ替える。洗面所で顔を洗おうと鏡を見る……当たり前だけどアニメや漫画みたいにキスマーク等は無い……あれは夢だったのかもしれない。
 いや、そうだ、夢だったと思おう。そうすれば変にテンパったりしないだろう。

 顔を洗ってからスキルを使い【アルティメットキモオタフォーム】に着替える。まだ美百合は寝ているな。

「美百合、朝だよ……顔洗って着替えておいで」

「ん~~おにぃ~~おはよ~」

 美百合を揺すって起こすと眠そうに枕を持って自分の部屋に戻っていった。たぶん寝起きは良い方だから二度寝はしないだろう。
 僕はそのままリビングに向かった……キッチンには執事が朝御飯を作ってくれているようで、その匂いに反応してお腹が自己主張を始めている。

「おはようだお、朝からどうもありがとうだお」

「おはようございます巧美様……お嬢様は支度をなさっております」

 昨日の話は知らないのかな? 知っていたら怖いな~、とにかく平常を装って変に思われないようにしなくては。

「巧美様……昨日はお楽しみでしたね」

 ビキッ!! っとまるでガラスにヒビが入ったような緊張感が走る。え? バレている? いや、でも僕は悪くないですよ? ちゃんと自制しましたよ?

「え、えーと、なな、何のことを言っているんだお?」

「巧美様の元に向かってから深夜になってもお嬢様が戻られない時点で察する事は出来るかと?」

「おおお、お楽しみなんて事は、しししし、していないんだお! そ、そう、美百合も一緒にいたからやましい事は何も無いんだお、あとで確認して貰ってもいいんだお!」

「申し訳ございません、ジョークでございますよ。それに仮に何かがあったとしてもあるじが望んだ事を私がどうこう言ったり等は致しません。仮に巧美様の方から……と言うのも、お人柄は分かっているつもりですから信頼しております」

 相変わらず分かりにくいバトラージョークだ。でもその信頼が痛い……やましい事はしていなくても、やましい事を教えたりしたのはセーフなのだろうか?

「お嬢様は家のために優秀な血を残さねばなりません……そこに本人の恋愛事情は考慮されません。歴代の党首様方もそうでした」

「え?」

「今の、巧美様とご一緒のお嬢様は毎日がとても楽しそうです……お嬢様の伴侶として望まれる優秀な血だけではなく、心も寄り添える人物なら私は何も言う事はございませんよ」

「で、でも僕は……」

「もちろん強制などは致しません。お嬢様もいつまでこの国にいられるかも分かりませんし、一般の学生の立場では先の事など考える事は出来ないでしょう」

「……」

「ですから、どうかありのままの巧美様でいて下さい。心の思うままに……それが若さの特権でございます」

 会話をしながらもキッチンでよどみなく朝食の準備を続ける執事のセバスチャン。言葉の端からエリザを想う肉親に近い愛情を感じるよ。

「わかったお、僕はついこの間までスレイヤーズでも何でも無いカースト底辺の学生だったお。でも、エリザがそんな僕と一緒に楽しいと思ってくれるなら、僕も友達として一緒に……そばにいるお」

「……それで十分でございます」

 顔を上げてこちらを見た執事の顔に穏やかな笑みが浮かんでいた。


「ただし……婚前交渉などがあった場合、怒ったりなどは致しませんが問答無用で責任を取っていただきます」

「…………」



 いい話だったのに最後に釘を刺された!! ほっぺにチューまではセーフだよね?



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第15回ファンタジー小説大賞にエントリーしました。
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火、木、土(ストックにゆとりがあれば日)の週3~4回更新となります。

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