京助さんと夏生

神谷レイン

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18 告白

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 俺は手を伸ばして京助さんの頬に触れる。
 そして困惑顔の京助さんに俺は微笑んだ。

「京助さん、ごめん。今の、全部嘘なんだ」
「……ウソ?」
「うん。俺は結婚もしないし、生まれる予定の子供もいない。恋人すらいない、独身だよ」

 俺が本当の事を教えると京助さんはすぐに眉間に皺を寄せた。そして、その瞳が『どうして?』と強く訴える。
 だから俺は答えた。

「ごめん。俺、京助さんを試したんだ」
「試した?」

 京助さんは理解できないのか、オウム返しのように呟く。俺はそれに頷いた。

「うん。京助さんが……俺の事をまだ好いてくれているかどうか。まあ、後は俺に別れを告げずに勝手に消えちゃた仕返し」

 俺は悪戯っぽく笑って言った。でも京助さんはまだ俺の言葉を理解できていないようだ。だから、そのまま想いを告げた。この三年、ずっと伝えたかったことを。

「京助さん。……俺さ、あの本を読んで、そして大人になってわかったよ。どうして京助さんが俺の元を去ったのか。俺が子供だったからだよね。……そして俺の未来の為に去ってくれた。でも何も告げずに去られて、本を読んで京助さんの気持ちがわかっても、やっぱりすごく悲しかったよ。悲しくて眠れない夜もあった。だから京助さんの事を恨んで、嫌いになって、忘れてやろうって思った日もあったんだ」

 俺が言えば、京助さんは何も言わずに申し訳なさそうな顔で黙って聞いていた。でも、俺は京助さんを責めたいわけじゃない。それを経て、今があると教えたかった。

「でも、どんなに嫌いになりたい、忘れたいって思っても京助さんの事を嫌いになれなかったし、忘れられなかった。それにあの本を読めば、やっぱり京助さんに会いたいって思った。……けど同時に子供の俺じゃ、京助さんを幸せにできないんだってわかって……だから我慢したよ。この三年間、早く立派な大人になって、京助さんに子供だって思われないぐらいの大人になるまで。だから、もういいよね?」

 俺はそこまで言って、一呼吸置き、ずっとずっと伝えたかった一言を俺は口にした。

「京助さん。俺、あなたが好きです」

 俺はあの日、言えなかった言葉を京助さんに伝えた。
 そして京助さんは驚いた顔で息を飲み、俺に問いかけた。

「夏生。……本気で言っているのか?」

 信じられない。そう訴える瞳で俺を見つめた。でも、俺はその瞳を見つめ返す。

「うん、本気だよ。三年経った今、もっとおじさんになった京助さんを見たら気持ちも冷めるかもしれないって思ったけど……全然だった、ははっ」

 俺が笑って言うと、京助さんは俺から逃げるように一歩後ろに下がった。

「夏生、それは思い込みだ。俺が高校生の時に優しくしたから、それでそう思い込んでるだけなんだ。俺は夏生が思っているような男じゃない」

 京助さんは諭すように俺に言った。でも、もうそんなのどうでもいい。

「そうかもね。でも、俺はそれでもいいって思ってる。だって京助さんが好きな気持ちは変わらないし」
「それでもいいなんて……後悔することになるぞ」

 京助さんは脅すように言ったけど、俺は笑って答えた。

「もう後悔したよ。あの日、京助さんを引き留めなかった事、俺が子供だったから全部京助さんに背負わせて別れを選ばせた事。……だから、もう後悔しない為に俺はここにいる。京助さんに真っ直ぐに向き合って告げようって。だから、京助さんも俺を見てよ。京助さんだって、今も俺の事が好きでしょ?」
「なっ、俺は別に」
「京助さん、俺の事がどうでもよかったら普通はここに来ないよ。それに俺がさっき結婚するって嘘を吐いた時、傷ついた顔をしてた。自分がどんな表情をしているか、わからなかった?」

 俺が指摘すれば京助さんは隠すように顔に手を当てた。でも、もう遅い。

「京助さん。俺、もう騙されないよ」

 俺はハッキリと京助さんに宣言した。けれど、京助さんは往生際が悪かった。

「夏生、俺は……お前の、事なんて」

 そう言いかけるから、俺は京助さんの腕を咄嗟に掴み、名前を呼んだ。

「京助さん! 俺、もう大人になったよ? サキが言った通り、二十三歳の年まで待った! 京助さんが、周りの大人が子供だと思わないこの年まで!! だから……だから本当の事を言ってよッ!」

 俺が懇願する様に叫べば、京助さんは瞳を彷徨わせた。
 だから俺はこの時を逃すまいと必死に訴える。きっと今を逃せば、京助さんはもう永遠に俺の前に姿を現すことはないだろう。
 でも、もう一度置いて行かれるなんて冗談じゃない。

「京助さん、俺は京助さんが今でも俺の事を好いてくれてるって思ってる。けど、それが本当に俺の勘違いならそう言って。俺の事、何とも思ってないならそれでいい。三年もあったんだ、今、他に好きな人がいたとしてもいいんだ。でも、嘘ならどうか言わないで。……俺、今日けじめを付けに来たって言っただろ? この気持ちに今日、けじめをつけさせてよっ」

 俺が懇願するように言えば、京助さんはしばらく黙った後、小さく息を吐いて、腕を掴んでいた俺の手をゆっくりと剥がした。
 だから京助さんの答えを貰うのが急に怖くなる。断られたら、どうしようって。

 でも、先に進むには勇気をもって一歩を踏み出さなければならない。でなければ良くも悪くも何も変わらない。

 だから俺はただただ息を飲んで、京助さんの言葉を待った。どんな言葉を告げられても、受け入れようって。
 けれど京助さんは、俺に言葉を告げるよりも先に手を伸ばした。
 
「え?」

 そう驚いた時には、俺は京助さんに力強く抱き寄せられていた。
 そして、ふわりと懐かしい京助さんの匂いが俺を包む。

「きょぅすけさ」
「どうして……どうして、俺なんだっ!」

 俺が名前を呼ぼうとすれば、京助さんは苦し気な声で俺に言った。それがあんまりにも悲痛な叫びのようで、俺は抱き締められながらただただ驚いてしまう。そして京助さんは俺の言葉を待たずに、俺の為に”現実”を告げてくれた。

「夏生、本当にわかっているのか? お前は若くて、俺の息子だっておかしくない。俺はもう四十半ばで、あと十年ちょっともすればすっかり爺だ。だから……俺といたって、いい事なんかない。一緒にいられとしても、子供はできないし、俺との関係に後ろ指差されるだろう。どんなに時代が変わっても、そういう奴は必ずいるからな。その度に、しなくてもいい辛い思いをする。酷い言葉に心傷つけられるんだぞ? ……それを本当にわかっているのか?」

 京助さんは苦し気な声で俺に言い、ぐっと手に力を込めた。だからわかる。これが京助さんの本心で、そして俺との別れを選んだ理由。

 俺に辛い思いをさせない為に。

 でも、もはや今の俺にはそれは大したことじゃなかった。京助さんがこれからも傍にいないことに比べれば。
 そして京助さんの今の言葉で、俺は勇気を持てた。

 こんなにも俺の事を想ってくれる人がいる。苦し気になりながらも、俺の為を一番に考えてくれる。だからこの先、何があっても俺は強くなれると思った。例え、酷い言葉を投げかけられようとも、立ち向かっていけると。

 でも京助さんは違ったようだ。

 抱き合っているせいで密着した熱い体から京助さんの不安が伝わってくる。
 だから俺は京助さんの背中に手を回して、そっと抱き締め返した。

「京助さん、ありがとう。俺の為を想ってくれて」

 俺がお礼を言えば、京助さんの体がぴくりと動く。でも、俺から離れたりしなかった。だから俺は落ち着いた声で語り掛けた。

「京助さん。きっと京助さんの言う通り、誰かに何かを言われる時があると思う。でも、俺にとってはどうでもいいんだ、そんな事。だって京助さんが、俺の事を大切に想ってくれてるから。それに子供が欲しいからって好きでもない相手と結婚して子供を作るなんて、俺、できないよ。そんなの相手にも失礼だし、その子の為にならない。なによりきっと俺はその子を愛せない。俺の一番好きは京助さんなんだ。だからね京助さん、京助さんと居る為に子供を得られないって言うのなら、俺は喜んで受け入れるよ。どうしたって人生は選んで生きていかなきゃいけない、全てが手に入るわけじゃないから。でもそれなら、俺は貴方を選びたいんだ」
「……夏生。だが俺はもう年だ、若くない」

 苦しく辛い声で言う京助さん。
 その声を聞いて俺は今更ながらに気がついた。
 俺はずっと、俺ばかりが京助さんのいるところへ追いつきたいと思っていた。でも京助さんも俺と同じところに来たいと願っていた事に。
 でもそれは叶わぬ夢なのだ。

「京助さん、俺もさ。何度も夢にみたよ。俺と京助さんが同い年だったらって、せめて年が近ければって。そうしたら京助さんと離れることはなかったのかなって。でも、もしも年が近くても京助さんと出会わなければ意味がないんだ。なら、俺は今の方がいい。なにより年齢差を理由に俺は京助さんを諦めることはもうできないんだ。……京助さん、俺は若いよ。だから年をとっても俺が介護してあげられるよ。今ならお買い得だよ、俺」

 俺は最後、少し冗談めいて明るい声を出す。でも返ってきた京助さんの声はまだ強張っていた。

「夏生。……本気、なんだな?」

 試すように問いかけるように俺に聞く京助さん。
 でも俺が答えはもう決まっている。あの三年前から。

「うん、本気だよ。この三年、色々と考えたよ。でもね、結局辿り着く答えはたった一つなんだ。京助さんと一緒にいたいって、それだけなんだ。だから……京助さん、俺とあの本のようにハッピーエンドになろうよ」

 俺は思いの丈をここぞとばかりに告げ、暫くの沈黙の後、京助さんの体が僅かに震える。どうしたんだろう? と不思議に思えば、俺の肩にぽたぽたと雨が降ってきた。



 でも空に雨雲はない。―――なら、どうして?
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