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 舞踏会でやっと王太子殿下に会える。彼はわたくしのことを覚えていてくれているだろうか?

 アリエル・ファン・ホラント伯爵令嬢は舞踏会を一週間後に控えて、エルヴェ・ド・モンフォール・アスチルベ王太子殿下と再会できることに胸を踊らせていた。

 この先大きな裏切りがあり、自分が断頭台の露と消えることも知らずに……。




 以前アリエルがエルヴェと会ったのは八年前、アリエルがまだ六歳の時のことだった。

 アリエルの父親であるフィリップ・ファン・ホラント伯爵は、ディオン・ド・モンフォール・アスチルベ国王陛下と親しくさせてもらっていて、時折王宮のお茶に招待されることがあった。その時一緒についていったアリエルは、王宮の庭で三つ年上のエルヴェに遊んでもらったことがあったのだ。

 いつもは双子の妹のアラベルも一緒に来るのだが、その日はアラベルは母親と出かけてしまい、留守番をしていたアリエルとフィリップだけで行くことになった。 

 せっかくついてきたものの、同世代の令息や令嬢がいるわけでもなく、フィリップとディオンは難しい話をしておりずっとおとなしく隣に座っていたアリエルは退屈でしょうがなかった。

 わたくしもお母様と出かけたかったな……。

 何度目かのあくびを噛み殺しながらそんなことを考えていると、その様子に気づいたようにディオンが声をかけた。

「アリエル、庭で遊んできたらどうかな? 王宮の庭は迷路のようになっていてきっと楽しいぞ」

 ディオンみずからアリエルが庭に出る許可をだしたので、頷くとアリエルは喜んで庭へ向かっていった。

 色とりどりの花々が咲き乱れ、綺麗に刈り込まれた庭木の間を本物の迷宮のようだと思いながら歩いていると、一人の少年が立っているのに気がついた。

 アリエルはその少年にどう接すれば良いかわからず、思わず立ち止まる。するとこちらに気がついた少年がアリエルに笑顔を向けた。

「やぁ、君はどこから来たのかな?」

「あの、国王陛下よりお許しをもらって来ましたの」

「そうか、君がそうなんだね」

 アリエルは言われている意味がわからず、どう答えたらよいかと困惑しながら黙っていると、少年は微笑んで言った。

「こんにちは、私はエルヴェ」

 その名を聞いてアリエルは相手が王太子殿下だと気づいた。そして、粗相そそうがあれば怒られると思い緊張しながら答えた。

「はい、えっと……こんにちは」

 そう言ってぎこちないカーテシーをした。

 うまくできたかしら?

 心の中でそう呟きながら、エルヴェを見るとまだ優しく微笑み続けていたので、とりあえずは合格だったのだろうとほっとした。

「せっかく会ったのだから私は君と少し話をしたいのだが、いいかな?」

 そう言われ、アリエルは頷くとエルヴェが差し出した手をつかんだ。

 話をしてみると、エルヴェは知識が豊富でいろいろなことを知っていて、質問をすればそのすべてに答えることができた。

 そんなエルヴェはとても優しく、アリエルが質問責めにしてもひとつひとつ丁寧に受け答えし、さらにはアリエルを子供扱いすることなくずっとレディとして扱い、紳士な態度で接してくれた。

 アリエルは気がつけばそんなエルヴェに夢中になっていた。

 庭を案内してもらいながら植物の名前を教えてもらったり、初めて聞くような物語を聞かせてもらったりと、アリエルにとっての楽しい時間はあっという間に過ぎた。

「ベル! もう帰るぞ!」

 背後からフィリップが呼ぶ声がした。

 ”ベル“とはアラベルの愛称なのだが、フィリップはよく名を呼び間違えることがあったので、アリエルは気にも止めずに返事を返した。そしてもうそんな時間なのかとがっかりした。

 そしてエルヴェに向き直ると、離れるのが悲しくてエルヴェの服の裾をつかんで引っ張りながら言った。

「帰りたくないですわ。また遊んでくださる?」

 そう言って小首をかしげて見上げる。

「私も楽しかったからまた会いたいところだが、明日から遠くへ勉強しに行かなければならないんだよ。帰ってきたらまた会おう」

「そうなんですの? では帰ってこられたらわたくしを王太子殿下のお妃にしてくださいませ!」

 元気よくそう言うと、エルヴェはクスクスと笑ったが頷いた。

「わかった、君をお妃にする」

「本当ですの?」

「本当だよ」

 そう答えるとエルヴェは少し考えて自分のホワイトラブラドライトのブローチを外し、恥ずかしそうに顔を反らしているアリエルに手渡した。

「これがその約束の証」
  
 そのブローチの石は乳白色だが透明度が高く角度によって美しくブルーに光った。手のひらに乗っているブローチを見つめたあと、顔を上げるとアリエルは言った。

「こんな高価なものをわたくしがいただいてもよろしいのですか?」

「もちろん。君は私の妃になるのだろう? ならばそれを持つ権利がある」

 そう言って微笑んだ。アリエルは自分だけ証をもらうのは不公平だと思い、自身の首からお気に入りの、雪の結晶モチーフの小さなネックレスを取り外してエルヴェの手のひらに乗せた。

「では王太子殿下はこちらをお持ちください。これはわたくしのお気に入りのペンダントですの」

 するとエルヴェはそのネックレスをじっと見つめたあとアリエルの顔を見た。

「大切なものなのだろう? 私に渡してしまっていいのか?」

 アリエルは頷く。

「だからこそ王太子殿下に渡すのです。それにわたくしが持っていてもいずれなくなってしまうので」

 その時、もう一度フィリップがアリエルを呼んだ。

「どこだ?! 返事をしなさい!」

「お父様、今行きます!」

 アリエルは振り向きそう答えると、エルヴェに向き直り一礼した。

「では御前を失礼いたします」

 そう言ってエルヴェに一礼すると、フィリップのもとへ急いだ。




 それから数年、一度もエルヴェと会うことはなかったが、約束は果たされなくとももう一度エルヴェと会うことをアリエルは心待ちにしていた。

 だが、その気持ちは踏みにじられることとなった。

 心待ちにしていた舞踏会で久しぶりに会ったエルヴェはアリエルを冷えた眼差しで見つめ、挙げ句妹のアラベルに興味を示したのだ。

 更に失意の中、アリエルはアスチルベ国の国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』を盗んだとして投獄されてしまうのだった。

 『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』は五百カラット以上はある、透明度が高くクラリティも高いホワイトラブラドライトで、不思議な力を持っているとされており初代の国王陛下はこの力を使ってこの国を建国したと言い伝えられていた。

 『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』を窃盗したとなれば貴族でも極刑が言い渡されるほどこの国にとって大切なものなのだ。

 アリエルは捕らえられた時、冤罪えんざいなのだから証拠があるはずがなく直ぐにでも疑いは晴れるだろうと思っていた。

 だが、その予想に反してアリエルの罪は晴れることなく、しかも裁判で無罪を主張するアリエルの前に思いもよらぬ人物が証言台に立ったのだった。
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