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 アリエルはアラベルと二人きりにされ気分が悪くなったので、アラベルを視界に入れず無言で湖を見つめた。

 なんの目的でエルヴェとアラベルはここへ来たのだろうかと考えていると、アラベルが勝手に話し始めた。

わたくし、昨日もエルヴェに誘われて王宮へ行ってましたの。そこでアリエルお姉様の話になったんですわ。それで、わたくしもオパール様とルーモイの別荘に行ってみたかったとうっかり言ったものだから、エルヴェが今日ここまで連れてきてくれたんですのよ?」

「そう、よかったわね。なら、貴女も楽しんで」

 森の方へ向かった二人の姿が見えなくなると、アリエルはアンナと湖畔を散歩することにした。
 本当は別荘へ戻りたかったが、ヴィルヘルムに声もかけずに勝手に戻ってしまうのは失礼だろう。

「アリエルお姉様、せっかく湖に来たのですもの一緒にボートに乗りませんこと?」

 アラベルの誘いにアリエルは悪寒がした。二人きりでボートに乗ったら突き落とされかねない。

「あら、アラベルは殿下と一緒に乗ったらどうかしら? その方がわたくしと乗るより楽しいですわよ」

 するとアラベルは頬を染め、エルヴェとヴィルヘルムが行った森の方に一瞬だけ視線を向けると前方を見つめ呟く。

「ハイライン公爵令息はわたくしがエルヴェとボートに相乗りしたらどう思うかしら?」

 そしてはっとした様子でアリエルを見た。

「アリエルお姉様、ごめんなさい。ハイライン公爵令息はアリエルお姉様のお友達でしたわね。でも、同じ顔ならどちらを選ぶかなんてわかりませんわよね?」

 そう言って微笑んだ。

 アリエルは呆れてため息をつくと、アラベルを無視してアンナに声をかけようとした。

 するとその瞬間、アラベルがわざとらしくよろけてアリエルにぶつかり、アリエルがバランスを崩すと軽く突き飛ばした。
 アリエルはその場に転倒し、ぬかるんでいる場所へ思い切り尻餅をついた。

「アリエルお姉様、ごめんなさい! わざとではありませんのよ?」

 アラベルは大きな声でそう言ったが、今のはどう考えてもわざとだった。

「お嬢様! 大丈夫ですか?!」

 アンナが駆け寄る。

「大丈夫よ、ドレス以外はね」

 アリエルはアンナの手を借りて起きあがるとため息をついて言った。

「アラベル、貴女本当に幼稚ね」

 そう言うと、状況がわかっておらず呆気に取られているアンナに向き直る。

「アンナ、別荘に戻るわ。行きましょう」

「お嬢様、よろしいのですか?」

「構わないわ。ドレスも汚れてしまったし、ハイライン公爵令息もお許しになるでしょう」

 そう言うとアンナにドレスの泥のついた部分をつまんで見せた。その背後からアラベルが瞳を潤ませてアリエルに訊く。

「アリエルお姉様、わたくしはどうしたら?」

 アリエルは微笑んで返す。

「せっかく来たのですもの、貴女はゆっくり楽しんだらどうかしら?」

 そう言って、ハイライン家のメイドにヴィルヘルムへの伝言を残し別荘に向かって歩き始めた。

 別荘に戻るとオパールに見られる前にドレスを着替えようと素早く部屋へ戻るつもりが、途中でオパールに見つかってしまった。

「お姉様?! そのドレスどうしたんですの? お兄様は?!」

「心配しないで、ちょっと転んでしまっただけですわ。怪我もありませんし、とりあえず屋敷内が汚れてしまわないようにドレスを着替えてきますわね?」

 そう言って部屋に戻り着替えて、オパールのいる客間へ向かった。

 客間ではオパールが険しい顔でメイドから湖でなにがあったのか話を聞いているようだったが、着替えてきたアリエルに気づくとアリエルに抱きついた。

わたくしがあの場に残っていれば、お姉様にこんなことさせませんでしたのに! わたくしのせいですわ!」

 アリエルは優しくオパールの頭を撫でる。

「オパールのせいではありませんわ。わたくしの不注意ですもの」

 アリエルがそう答えると、オパールはアリエルに抱きついたまま顔を見上げる。

「違いますわ、メイドから聞きましたのよ? お姉様は卑劣なことをされたのでしょう? わたくし絶対に許せませんわ!」

 アリエルはメイドがオパールにどのよう説明をしたのか気になったが、あえてなにも言わずに微笑んで返した。

 それは前回、言い訳をすればするほどアリエルは自分の立場を悪くしただけだったからだ。

 むくれているオパールを愛らしく思いながらアリエルは言った。

「でも、こうしてオパールと一緒にいられる時間ができたんですもの、わたくしはそれでも良かったと思いますわ」

「お姉様、本当?」

「もちろんですわ。今日はオパールの好きなことをして過ごしましょう」

 そう答えると、オパールは満面の笑みを浮かべた。

「でしたらわたくし、お姉様に刺繍を教えてもらいたいですわ!」

「そんなことでよければ、いくらでも」

 アリエルは微笑むとメイドに刺繍道具のかごを持ってくるように言い、オパールとソファに座った。

 その時、ヴィルヘルムが部屋の入り口に立っているのに気づいた。その背後にはエルヴェと少し不満そうなアラベルもいた。

「お兄様、見損ないましたわ! お姉様を守らないなんて! お姉様はとても酷いことをされたんですのよ?!」

 ヴィルヘルムの姿を見ると突然オパールがそう言って怒り、エルヴェがそれを制した。

「私がヴィルヘルムに話があって呼び出したんだ、彼ばかりは責められない」

 そこで、背後にいたアラベルが一歩前に出た。

「アリエルお姉様はなんと仰ったかわかりませんけれど、悪いのは全てわたくしなのです。わたくしがよろけたばかりに……ごめんなさい」

 そう言って頭を下げた。するとオパールはアラベルを一瞥いちべつし、怒りを抑えるように前方のなにもない空間を見つめた。
 
「お姉様はなにも言いませんでしたわ。わたくしはお姉様付きのメイドになにを見たのか聞いただけです」

 アラベルは目に涙を溜めて訴える。

「あぁ、ではアリエルお姉様はご自分でそのメイドにことの経緯を説明されたのですね?」

 オパールは鼻で笑うと、アラベルを冷たい目で見つめる。

「貴女、なにが仰りたいのかしら? お姉様にはわたくしが護衛のメイドを付けてることを伝えてませんのよ? 今回は守れませんでしたけれど。だからお姉様がメイドに経緯を説明することなんてできませんわ」

 そう言うとアリエルに向き直る。

「お姉様、護衛のこと黙っていてごめんなさい」

 アリエルはかぶりを振った。

「そんなことで怒ったりしませんわ。ありがとうオパール」

 オパールは物言いたげなアラベルを無視してエルヴェとヴィルヘルムに向き直る。

「お姉様はエルヴェよりお兄様に相応しいと思ってましたけれど、こんなことでは安心して任せられませんわ!」

 するとアラベルは泣き出した。

「きっとオパール様はなにか誤解されているのですわ」

 オパールはアラベルを睨んだ。

「名前で呼ばないでちょうだい! 貴女にそれを許可した記憶はありませんわ!」

 そう言われたアラベルは、酷く傷ついた顔をすると部屋を飛び出していった。
 エルヴェはため息をつくと、そばにいたメイドにアラベルを追いかけるように指示しアリエルの前にひざまずいた。
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