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 アリエルはエルヴェを見つめ返す。

「だからあんなにわたくしが邪険な態度をしてもエルヴェは怒ったりしなかったのですね……」

 エルヴェは悲しげに微笑む。

「君を怒る権利は私にはない。それに対し君が私に怒りを覚え、嫌い邪険にするのは当然のことだった」

 そう言うとエルヴェはアリエルの手を握った。

「私は君にどう償っても許されないことをした。だが、それでもなお私は君を手放すことができないんだ。君が私を嫌い、顔も見たくないと言っても、それでも、それでも私は君のそばにいたい。君を手放すことができない。許してほしい。君を愛している。愛しているんだ……。できれば一生かけて君のそばでその罪を償いたい」

 そう言ってアリエルの頬に触れた。アリエルは目から大粒の涙をこぼしながら震える手で頬に触れるエルヴェの手を握った。

わたくしはもうとっくにエルヴェを許してますわ」

 するとエルヴェはアリエルを引き寄せ、力強く抱きしめた。

「アリエル、ありがとう」

 そうしてしばらくお互いの存在を確かめ合うように二人は抱き合っていた。

 エルヴェはアリエルからそっと体を離すとアリエルを見上げ、手を差し出した。

「アリエル・ファン・ホラント、君を心から愛しています。私と結婚してくれませんか?」

 アリエルはそっとその手をつかむ。

「はい……」

「アリエル、ありがとう」

 そう答えるとエルヴェはポケットからブローチを取り出す。

「これを……」

「これはあの時のブローチ」

「そうだ。これをもう一度受け取って欲しい」

 そう言うとエルヴェはアリエルの胸にそのブローチを着け、アリエルを引き寄せるとそっと唇を重ねた。





 後日、アラベルとシャティヨン伯爵の処刑が執り行われた。アラベルは最後の最後まで反省の色はなく、両親の面会も断りずっとアリエルに執着し続け、裁きの場や処刑場にアリエルを連れてくるよう要求したが、それが叶わないと分かると逃げ出そうとして暴れたそうだ。

 詳しく話を聞こうとするアリエルにエルヴェは悲しそうに微笑む。

「君はなにも知らなくていい」

 そう言われ、アリエルはそれ以上の細かいことは聞かないことにした。

 それから間もなくアリエルとエルヴェは婚約し、盛大にその発表が執り行われることになった。
 アリエルは今度こそエルヴェのエスコートで胸にはあのブローチを着けて婚約発表の場へ向かうこととなった。

 会場には二人揃って足を踏み入れると、仲睦まじい二人を見た出席した貴族たちは、この国の行く末は安泰だろうと口々にし、盛大に二人を祝福した。

 しばらく挨拶周りをすると、エルヴェは申し訳なさそうに言った。

「アリエル、すまない。少し君から離れることを許して欲しい。国王陛下に呼ばれている」

「寂しいけれど、仕方ありませんわ。早く戻ってきて下さいませ」

 俯きながらアリエルがそう返すと、エルヴェはアリエルを抱きしめた。

「理性がもちそうにないな。あんまり可愛らしすぎるのも問題だ」

 そう言うとエルヴェは人目もはばからず、アリエルに軽く何度もキスをすると、近くにいたファニーを呼びつけた。

「アリエルを頼む、国王陛下に呼ばれているのでね」

「オッケー! まかせといてよ!」

「アリエル、すぐに戻ってくる」

 エルヴェはそう言って数歩踏み出したところで立ち止まると振り返った。

「言い忘れたがファニー、アリエルに手を出すようなことがあれば……」

「はいはい、僕はまだ生きていたいから、そんなことしませ~ん。早く行ってきなって」

 エルヴェはそう言われ一瞬不機嫌そうな顔をしたが、アリエルに微笑むとその場から離れた。

 アリエルはファニーに言った。

「エルヴェは少し過保護なんですわ」

「う~ん、あれは過保護って範囲かな~?」

 そう言うと、改めてアリエルに向き直る。

「そうそう婚約おめでとうございます、未来のプリンセス。君の婚約のお陰で僕はますます忙しくなりそうだよ~」

 ファニーはアリエル専属のデザイナーになることが決まったのだ。

「そうですわね、これからもよろしくお願いしますわ。それにしてもファニー、わたくしってばまだちゃんと先日のお礼もしていませんでしたわね。あの時は匿ってくださって本当にありがとうございました」

「お礼なんていいって! それにしても、ちゃんとレイディーが婚約してほっとしたような、少し寂しいような。君には僕の右腕として、パートナーとしても一緒に世界を旅したかったんだけどな~」

「ありがとう。お世辞でも嬉しいですわ」

「お世辞か……ま、いっか。それに僕は策士王子がレイディーが刺繍したハンカチを持ってたって気づいた時から、絶対にあの策士王子はレイディーのこと手放さないだろうって思ってたしね~」

「そうだったんですの?」

「そうだよ~。僕が策士王子と初めて会ったときさぁ~、策士王子の持ってたハンカチの刺繍が見事だったから思わず『そのハンカチ見せてくれ』ってお願いしたんだよね。そしたらあの王子『お前のような奴に大切なこのハンカチを触らせるわけがない』とか言っちゃってさぁ、触らせてもくれなかったんだよね~。まさか君が刺繍したものだったとはね~。知ったときは驚いたよぉ」

 アリエルは恥ずかしくなり、俯いた。

「照れてるぅ? 可愛いなぁ~」

 そんなことを話していると、向こうからヘンリーが歩いてくるのが見えた。
 ヘンリーはアリエルの前までくると軽く会釈した。

「アリエル、婚約おめでとう」

「ヘンリー、ありがとう。なんだかとても久しぶりに会った気がしますわね」

「そうかもしれない」

 すると、ヘンリーは突然周囲を見回した。アリエルは不思議に思い尋ねる。

「ヘンリーどうしたんですの? 誰か探してますの?」

 ヘンリーは苦笑した。

「王太子殿下が近くにいらっしゃらないことを確認していたんだ。殿下は僕が君と話をするのを嫌がるだろうからね」

「どういうことですの?」

「舞踏会の時に忠告されたんだ『君に近づくな』と」

 アリエルはあの舞踏会の日、自分が屋敷へ帰ったあとなにがあったのかをこの機会に訊いておこうと思った。

「そうですわ、ヘンリー。ずっと訊こうと思ってましたの。あの日、わたくしが帰ったあとなにかありましたの?」

 ヘンリーは驚いた顔でアリエルを見つめた。

「君は叔父様からなにも聞いていないのか? あの日は君を見送り、一度広間へ戻ろうとしたところで王太子殿下に遭遇した。かなり息を切らして、僕を見つけると『アリエルをどこへ連れていった』と言われてね。君は帰ったと言ったらかなり落ち込んでいたよ」

 そこまで話すと、周囲に聞かれないように少し小声で話を続ける。

「その後が大変だった。僕は君との関係を問い詰められ、一緒にいたことを責められた。流石に僕も少しむっとしてしまってね。大人げなく『アリエルは僕の婚約者になる話もでている』とうっかり言ってしまったんだ」

 アリエルはそれを聞いて驚いてヘンリーを見つめる。

「なぜそんな嘘を?」

 ヘンリーは困った顔をした。

「嘘ではなくてね、もしも王太子殿下がアラベルを気に入れば、僕は君に婚約を申し込むつもりだった。実は父にも叔父様にも、すでに許可はもらっていたんだよ」

「でも、あの日他に婚約者がいると言ってましたわよね?」

「それは、君と婚約できなかった時の話だ」

「知りませんでしたわ」

「時がきたら僕からちゃんと君に伝えたかったから黙っていた。まぁ、それは叶わぬ夢だとその後すぐに知ることになったわけだが」

「どういうことですの?」

「王太子殿下に宣言された『アリエルは他の誰にも渡すことは絶対にない、諦めろ』とね。それで、あの日僕は失意のうちにそのまま屋敷へ帰ることとなった」

 アリエルはなんとなく申し訳ない気持ちになった。
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