その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

南方の大国の思惑

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 さても、さても、トンデモナイ ” 御使者 ” の方々。




 その方々のお顔を見ることが出来たのは、何にもまして、嬉しい事なんだけれど……  この王太子府に呼び出された原因を考えると、ちょっと、頭が痛いわ。

 だって、先程…… 王太子殿下がお言葉を述べられたでしょ? この方々の聞きたい事は、「穢れし森」での出来事。 まぁね、詳細に報告は上げたのよ。 第四軍経由でね。 でも、やっぱり、薬師錬金術師リーナとして、書けない報告も有ったんだもの。

 特に、ギフリント砦から、エスコー=トリント練兵場に帰還する時に、「穢れし森」の周辺探索を実施したって部分は。 単に偵察を実施して、森の外周部…… ファンダリア王国と接する場所に、何の問題も無かったって、そう報告書に書いたのよ。



 あの時、あの場所であった事は絶対に表に出せないしね。



 それで、御使者の方々がお聞きになりたいのは、どの部分なのか、其れすら判らないんだもの、困惑を抱えてしまうわ。

 慶び事を聞いた後でなんだけれど…… ちょっと身構えてしまったの。 ウーノル殿下が気を取り直し、私を見詰めながら、言葉を紡ぎだされるの。




「薬師リーナ。 御使者の方々と面識があったか」

「はい。 ベネディクト=ペンスラ連合王国の上級王太子殿下の有らせられます、ルフーラ=エミル=グランディアント殿下が、その資質を見極められる、彼の国の審査過程に於いて…… に御座います。 此方の方々は、「海運商会『暁の水平線ドーンホライゾン』」、「快速大型魔法動力帆船『テーベル』」にて、上級王太子殿下の手足となり、精励されておられました方々。 矮小なる我が身では御座いますが、南方辺境領、ダクレール領に於いて、少々問題が発生いたしました折、治療のお手伝いをしたまでに御座います」




 私の言葉に、眉を顰めるのは、御使者の筆頭様。 うん、海運商会『暁の水平線ドーンホライゾン』」の番頭さんだったよね、この方。




「少々? それは、過小評価と云うものでしょう。 薬師リーナ殿。 貴女が成した事、上級王妃リッカ殿下も、たいそう高く評価されておられます。 どうぞ、その様に申される事無きように。 我が国と、ファンダリア王国が共に手を携え、良き商売相手と成る光を導いたのは、貴女では有りませんか。 忘れませんぞ、あの秘匿泊地での貴女のお言葉は」




 眉を顰められたまま、彼は、そう御口にされるの。 でも、それは…… 成り行きだから。 あれで、私…… エスカリーナが光芒の中に消える事が出来たんだから。 皆が納得できる、エスカリーナの最後だったんだから。


 私の為でも有ったのよ……




「薬師リーナ。 君はやはり、「」だった。 そうか…… ベネディクト=ペンスラ連合王国との穏やかな交流の影に君が居たのか。 そうか…… 南方よりの報告書に記載されている事柄に、多々、疑義があったが、それも、其の筈か。 ダクレール男爵、いや、南方辺境侯爵 ウルフラル=ドス=アレンティア卿が、敢えて秘匿されたのか。 そうであろうな、ドワイアル卿」

「……不徳の致す限り。 アレンティア卿の報告書に様々な秘匿事項があることは理解しておりましたが、全ては、薬師リーナを護らんが為の事かと。 一介の庶民が成す事とすれば、あまりにも……」

「信じられぬ報告と成るな。 詳細な調査が入り、薬師リーナの行動を掣肘し、もって、辺境領における数々の献身もままならなくなる…… そう、感じたのだろうな。 考えられるな。 それに、名声が高くなれば、目を付ける者達も出て来るであろうしな。 そうであろう、デギンズ助祭」

「……まったく持って、お言葉の通りに御座います」




 そうか…… アレンティア侯爵閣下は、本領での聖堂教会の動きも又、良くご存知だったのだしね。 きっと…… おばば様も絡んでいるのよね。 ダクレール男爵閣下とも…… なにか、お話されていたのかもしれないし…… 南方領での私は、皆さんに護って、護って、護り抜かれていたって事。 

 心の中がとても、暖かくなってきたわ。




「御使者殿、それで、の対価に、何を薬師リーナに聞かれるのか?」




 いよいよ、本番ね。 事情聴取って事なのよね。 なんだろう…… ちょっと、思いつくだけでも、色々ありすぎて、怖いもの。

 ほら、ティカ様の目付きが変わっている…… 言うなれば、” 何をヤラカシテ居たの? トンでも無い事なの? ” って、目付きよ…… いや、そちらの方が怖いわよ……




「ウーノル王太子殿下に於かれては、誠に申し上げにくい事なのでは有りますが、我が君の妃で有る、ハンナ=ダクレール=グランディアント殿下よりのたっての  に、御座います。 この衆人環視の下では、少々差し障りの有る内容に御座いますれば、わたくしと、薬師リーナ様のみの二者にての、お話とさせて頂きたく」

「なんと! それは、本気で仰っておられるのか?」

「はい。 少々込み入ったお話で御座います。 詳細は、我が王家の秘匿事項の御座いますれば…… 誠に申し訳御座いません。 ただ、ウーノル王太子殿下に奏上出来る事は、この聞き取りは、決してファンダリア王国の秘事に関するものでは御座いません。 また、貴国の不利益に成るような事でも御座いません。 上級王太子妃殿下の私事ともいえる事柄なのです。 我が君、ルフーラ=エミル=グランディアント殿下の宸襟に、妃殿下が大きく存在し、妃殿下の ” ご要望 ” を、叶えられるならば、通商条約に於いて、如何なる事であっても受け入れよ、との思し召しなので御座います。 何卒…… 何卒…… 薬師リーナ殿との個人面談…… お人払い、お願いしたく存じ上げます」

「……ルフーラ殿下の ” 唯一 ” でしたね、妃殿下は。 しかし、其れほどまでにとは…… 」

「情深き漢なのです。 敵に廻せば、悪鬼羅刹もかくやと云う漢。 しかし、その心に重きを置くのは、” 人の情 ” なのです。 我が国が何ゆえ、商業国家と云われるか。 その真髄がそこに有り申します。 信義を重んじ、契約を遵守し、決して裏切らぬ商魂。 まつりごととしての、悪辣非道さは有しては居られますが、常には、その爪を隠されておられる方に御座います。 その方が、何にもまして、信義を忠誠をささげられる方が、妃殿下に御座いますれば、この度の通商条約に於いても、妃殿下の ” ご要望 ” を第一義に置かれるのも、無理も無いと、小官は考えております」




 大きく目を見開き、驚きを隠せていない王太子殿下。 やがて、目を閉じ、熟考のあと、お言葉を紡がれるの。




「………… ドワイアル卿、ニトルベイン卿、ミストラーベ卿、フルブラント卿。 宜しいか?」




 渋い顔をしているウーノル殿下。 なんかトンデモナイ事に成っているわよね。 ハンナさん…… 其れほどまでに、重要人物になっていたの? 国母と云う事って、そんなに…… 上級王太子殿下の ”唯一”。 ハンナさんの性格は良く知っているけど…… けれど…… けれど…… 御威光って感じになっちゃってるのね。



 はぁぁぁぁ……

 遠くに行かれたのね……




  ――――― ハンナさん。




 各寮の大臣である、ドワイアル大公閣下、ニトルベイン大公閣下、ミストラーベ大公閣下、フルブラント大公閣下が、それぞれに頷かれるの。 重たい空気が流れているわ。 一介の薬師が、其れほどまでに、ベネディクト=ペンスラ連合王国の上層部に重く見られているって…… 普通じゃ考えられないものね。

 私が語ることが出来るのは、「穢れし森」の出来事だけ。

 そこには、ファンダリア王国の国家機密なんて…… ないしね。 本領の事柄でない事が、ニトルベイン大公閣下が頷かれた原因。 フルブラント大公閣下は、私が第四軍で何をしていたか、詳細にご存知だし…… ドワイアル大公閣下に関しては、南方辺境領での出来事を誰よりもご存知なんだしね。

 ミストラーベ大公閣下は…… まぁ、目先の通商条約に於いての優位を獲得できるのなら、私がどうなろうと、どうでもいいって感じね。 そうでしょうね。 でも、後ろに座ってらっしゃる、財務寮 調査局のリベロット=エイムソン=ミストラーベ宮廷伯爵と、財務寮 執行局 局長補佐アーノルド=テムロット=ミストラーベ伯爵の御顔ったら…… 

 苦虫を一片に何匹も口の中に放り込んだような御顔…… だったのよ。 通商条約ともなれば、色々とあるのでしょうね。 それが、私の言葉で有利にも不利にもなるんですもの。 そんな顔にも成るわよね……



 番頭さんが私に振り返り、にこやかなお顔で言葉を綴られたの。




「薬師リーナ殿。 お許しが出たようです。 我らが控えの間に、同道してくださいませんか?」

「よ、宜しくお願い申し上げます。 ただ、わたくしが言上いたします事柄は、「穢れし森」での事柄のみと。 それと、私一人では、ファンダリア王国のお歴々の方々も…… ウーノル殿下もご納得頂けないと思います。 何卒、もう一方…… もう一方だけは、ご同行させていただけませんでしょうか?」

「…………」




 渋い御顔の番頭さん。 でもね、私が要らない事を…… 口にすべき事で無い事を口にする可能性だって有るじゃないですか。 それに、後から絶対に尋問されますもの。 何をしゃべったのかって。 だから、私が報告する事が嘘偽りが無いと証する人だって、必要なんですもの。

 ジッと番頭さんの目を見詰める。

 やがて、頭を振り、番頭さんは諦めたように言葉を口にされたわ。




「変わりませんね、薬師リーナ様は。 本当に強き意志をお持ちだ。 では、どなたを?」

「はい、  ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン大公令嬢を。 ニトルベイン大公家のご令嬢にして、王宮魔導院、特務局 第四位魔術士。 ウーノル王太子殿下の信任厚い、お方なれば…… お願いいたしましても、宜しいでしょうか?」

「……判りました。 ジェイ。 貴様も来て貰う。 同行されるのが、王宮魔導院、特務局 第四位魔術士ならば、王国魔導官 第三席 ジェイ=ザウール=ゴメスティアンも必要だ」

「御意に」

「ウーノル王太子殿下。 宜しいですかな?」

「御使者殿、承知した。 ティカ、頼む」

「御意に」




 私にはわかる、怖~い顔をした、ティカ様が席を立たれて、私の側に来られたの。 冷気さえ纏われているのかと思うくらいの雰囲気よ。 ゴ、ゴメンって。 わ、私一人じゃ、対応できないんだモノ…… 心から、信頼できるのって…… こんな異常な状態の対応が可能なのって……

 ティカ様くらいしか、思いつかないんだもの!!

 ゆ、許してよ……

 ほんとに、ゴメンって!!



 使節団の控え室に向かう、私を含めた四人……






 市場に向かう、子豚の気分を存分に味わう事が出来たわ……







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