その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

執念の探索結果

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「薬師リーナ様。 やっと、内密のお話が出来る事と成りました」

「内密ですか…… なにやら、不穏な響きですね」

「そうですか?」




 番頭さんに連れられて、御使者…… と云うより、通商条約締結のための使節団の控え室に入ったの。 いや、ほんと、ビックリするくらいの重防御をされていたわ。 多重の防壁と、各種の盗聴から護る為の術式、其の上、このお部屋でのお話が絶対に外に漏れないように、最上級の【沈黙サイレント】まで、打ち込まれていたんですもの。

 流石に、ティカ様は当然といった風に、あたりを見回して、微笑まれていたわ。 きっと、ティカ様が随行されるなら、他国でもこのくらいの重防御はされるのが、当たり前なのでしょうけれどもね…… それでも、凄い警戒よね。

 用意されていた椅子を勧められて、否応も無く座ることに…… もう、やだ…… なに、この対応…… 一国の使節団の一番偉い人なのよ、番頭さん…… なのに…… ね。 ティカ様の顔から又、表情が抜けるの。 ” 貴女、一体何をしたの? どうして、この対応に成るの? まるで、国賓としての対応じゃないの…… それに、さっき、聞いたわよ? なぜ、貴女に対して、上級王妃殿下が心安く、おことづけなんてされるのよ…… 全く、本当に貴女って人はッ!! ”

 言葉にしなくても判る。 判っちゃうのよ…… ティカ様の眼力が、先程から、もう最強度に上がっているんだもの…… はぁぁぁ、人選、間違っちゃったかな?

 椅子に座ると、早速ではありますがって、そう仰ってね。 番頭さんが、言葉を紡がれたのよ。 それが、さっきの言葉。 

 内密で話さないといけない様な事なんだ…… 出来る限り、ファンダリア王国の人に知られたくないって事よね。 なんだろう?




「薬師リーナ様は、我らの別の顔もご存知で御座いましょう。 ええ、「海運商会『暁の水平線ドーンホライゾン』」の者としての顔に御座います」

「ええ、勿論に御座います。 と云うよりも、わたくしにとって、番頭さんは番頭さん。 その節は、大変お世話になりました。 お国の重鎮様とは知らず、とても不敬な態度を取ってしまっていた事を恥じ入るばかりに御座います」

「いいえ、薬師リーナ様にとっての我らは、番頭であり、手代であり、甲板長であり、機関長でありましょう。 我らにとっても、其の方が話がしやすいのです。 今は、誰憚る事無く、お話が出来ましょう。 そうで御座いましょ? ロマンスティカ嬢」




 キラリと光る目。 其の眼力は、流石にお国の重鎮。 密やかな圧迫感なんか、ニトルベイン大公閣下にも通じる雰囲気を醸し出しているわ。 ティカ様も良くご理解されたみたい。 にこやかに微笑みながら、番頭さんに頷かれてね…… 言葉を紡がれるの。




「わたくしの知らない薬師リーナが居られるようですね。 色々な事情が御有りに成るようですし、わたくしは、ただこの場に同席し、お話を伺うまで。 何をお話に成るのかは、存じませんが、ご存分に」

「ははは、流石はニトルベイン大公家のご息女。 肝が据わっておいでだ。 薬師リーナ様、伺いたい事は、あの「穢れし森」での事と、それに付随し我が上級王太子妃殿下よりの、疑義についてなのです」

「……「穢れし森」での事をお聞きに成るのは、理解しましたが、上級王太子妃殿下の疑義とは?」

「はい…… 実は、王宮治癒師の者からも、少々聞き捨てにならぬ事を、聞き及びまして」

「と、いいますと?」

「ええ、王太子妃殿下の記憶の一部に混乱が見受けられるとの事に御座います。 王太子妃殿下の覚えていらっしゃる、ダクレール領での暮らしと、我が君が憶えていらっしゃる事に、少々齟齬が御座いまして…… 詳細にお調べ致しましたところ、記憶に改竄の跡があるとのこと。 由々しき問題ではあります。 何を改竄されたのか、どう改竄されたのか…… 妃殿下のお話には破綻する部分は御座いません。 ただ……」

「ただ?」

「ある部分に成ると、とても、記憶があやふやになったり、お聞きになった言葉を発せらた人物・・に相違が御座います」

「それは……」




 し、しまった!! 記憶の改竄をしたのは、ハンナさんだけだった! 周囲の人達に関しては、それ程、重要視してなかったし、そこまで深く関わりを持った憶えもなかった! エスカリーナが、光芒に消えたと、皆さんに強く印象付けたから、薬師リーナが、エスカリーナだって…… そう思う人なんか、居ないと…… そう思っていたのに……

 追い詰めるのは得策では無いと感じられたのか、番頭さんは話題を変えられたの。 緊張感がふわりと緩む。 でも、油断が全く出来ないわ。 じっくりと、番頭さんを見詰めながら、お話の行方を追うの。




「我が商会に於いて、キャラバンを組み、様々な場所に商いに伺います。 なにも、人族だけでは御座いません。 我らの商売は広く、其の手はとても遠くまで届きます。 ファンダリア北東部。 居留地と呼ばれる、森に住まう、獣人の方々も、重要な顧客に御座います。 既に一年弱前、「穢れし森」が、” 小さき魔術師 ” により、” ブルシャトの森 ” へと、回帰いたしました」

「はい…… 其の事については……」

「ええ、薬師リーナ様が、マグノリア王国の公女リリアンネ殿下、御一行を安全に・・・ファンダリア王国、王都ファンダルにお迎えした、あの時に御座いますよね。 光の柱が二本…… 魔力爆発といえる、その状況により、彼の地の魔力が擾乱され、暫くは長距離【遠話】も、通じなくなりましたな。 いや、あの時は、大変でした」

「……誠に、申し訳なく」

「いえいえ。 このことに寄って、我らは重大な、情報の欠片を手に入れることが出来ましたのでね。 あの、光の柱の詳細に関しては、我が商会の手の者が調べ尽くしました。 妖精結界が張り巡らされた、” ブルシャトの森 ” への侵入は不可能では御座いましたが、彼の地に出入りが出来る、獣人族の方々とは我らと商いが御座います。 そして、彼らは云うのです。 ブルシャトの森は、聖地であると。 年に一度、盛大に精霊様にお祈りを捧げる事に成ったと。 そして、精霊様と、偉大なる穴熊族の王、バハムート陛下の魂に祈りをささげるのだと」

「……はい。 左様で御座いますね。 わたくしも、護衛隊の獣人の方々にそう伺いました。 なんでも、「ブルシャトの森」の再生を祝うための『祈り』と」




 薄っすらと…… そう、薄っすらと番頭さんが微笑む。 言うなれば、我が意を得たりってお顔ね。 なんなのかしら?




「森の再生を成した、小さき魔術師の名…… 秘匿されし、その魔術師の名を聞きだすには、相当に骨が折れました」




 ニッコリと微笑まれるの。


      や……    ヤバイ……


 バハムート陛下のお言葉…… なんとか、秘匿できると思ってたんだけどなぁ…… で、でも、それが私って、判ってないよね。 まだ、そこに繋がってないよね。 ね、ね、そう云ってよ、番頭さん!!




「妃殿下に於かれましては、その名をずっと探されておられました。 我が商会や、他家の商会が、遠く海を渡り、情報を集め続けておられました。 詳細に小さき欠片さえも…… そして、見い出した名なのです。 我が君、我が君の唯一が、其の存在を諦めず、捜し求めた方の名……

 ―――― エスカリーナ=デ=ドワイアル様

 秘匿されし、ファンダリア王国の王女。 今は無き、エリザベート=ファル=ファンダリアーナ妃殿下の忘れ形見。 我が王太子妃殿下が心を砕き、慈しみ、育て上げられた、慈しみの尊きお方。 其の名を、見い出されたのです」




 しっかりと私を見詰める番頭さん。 柔らかな視線の中に、とても硬いものが含まれるの。 その名が現れた時に、一番近い場所にいたのが私。 




「で、ですが…… わたくしは、其の場所に行ってはおりませんわ。 二度の魔力爆発の内、一度目はわたくしの目の前で起こりましたが、二度目は森の中。 その時には、森の外に居りましたでしょ? だから……」

「薬師リーナ様。 そうなのです。 貴女様が軍にご報告された報告書では、そうなりましょうな…… 様々な断片、そして、執念といえる我が王太子妃殿下の分析により…… リーナ様、貴女は、あの時、あの場所に居られた。 そして、ギフリント砦より、エスコー=トリント練兵場に帰還される、空白の一晩。 正に焦点となる日にございますな」

「ツッ!」




 こ、この人達…… 何処まで…… 何を知っているというの…… エスカリーナは光芒の中に消えたのよ。 今、ここにいるのは、薬師リーナ。 庶民の薬師なのよ。 皆さんの記憶の中にのみ存在し、光芒に消えたのは、エスカリーナなのよ。

 なのに……

   なのに……

     なんで……

       いまさら……




「薬師リーナ様。 ここで、お話した妃殿下の『 疑義 』に繋がります。 確証は何も有りません。 ご否定されても、なんら問題は御座いません。 貴女が何者であっても、上級王妃殿下、我らが君、王太子妃殿下…… そして、我らとて、貴女に対する『 信義 』は、小揺るぎも致しません。 薬師リーナ様。 このお話は、この場限りとさせて頂きます。 妃殿下の記憶と、我が君の記憶を詳細につき合わせ…… そして、確証は御座いませんが、妃殿下に於かれましては、確かめたくある事。 


 薬師リーナ様。 貴女の秘匿されしお名前は……



 ―――― エスカリーナ=デ=ドワイアル姫様 



 に御座いましょうや?」




 絶句する。 なにも云えない。 ええ…… なにも…… 顔色が変わるのが判る。 プルプルと振るえている手。 ど、どうしよう…… どう応えよう…… 真っ白に成る頭の中。 ここで…… ここで、暴露されてしまうと…… わたし…… 私は……

 握り締めた、真っ白になっている拳に、手が重なるの。

 優しく、強く、握り締めてくれたのは……









 ―――― ティカ様だった。






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