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北辺の薬師錬金術士
映し出される、賢女の姿
しおりを挟む少しだけ、席を離れらたイグバール様。
難しい顔をされて、また魔法通信機の前に戻ってらしたの。 手には、魔法紙と筆記具。 椅子に腰を下ろされ、まるで尋問の様にお話を始められたの。 私が西方領域で何を成し、そして、どんな方法で特製の『 魔道具 』 を敷設して行ったのかもね。
そこから、使った魔石や『 魔道具 』 の量を私の報告から推し量っておられたのよね。 それで、使った量と敷設方法、そして、魔力の供給方法を聞き出された後、大きな溜息を漏らされたの。
〈 お嬢…… 想定外だぞ、それは。 そんな編みの目状に敷設するなんて、考えもしなかった。 それに、その魔力の供給方法…… 有り得んよ…… 全く…… 符呪師としての、俺の見地が根底から覆るぞ……〉
「だって…… 既に魔力線を使った、魔力の供給は始まっているのですよ? この通信だって、南西街道沿いに敷設された、魔法街灯を繋ぐ魔力線に載せているのですよ?」
〈いや、それにしても…… それに、お嬢に送った魔石と、『魔道具』のほとんどを使っているじゃ無いか。 アレは、北方辺境域で使うモノだと……〉
「問題はそれ程簡単なモノではありませんわ。 汚染が拡大して、万が一「西方禁忌の森」に汚染が広がったりしたら…… 異界の魔物が魔物暴走を、起こしかねません。 現状の軍の配備状況では、一旦始まってしまったら、西方辺境域は勿論の事、南方にも、そして、本領にも被害は拡大してしまいます。 それを止める、唯一の手段であり、起こり得る悲劇を止める事が出来る瞬間だったのです」
手元の魔法紙から視線を上げられ、ジロリと睨みつけられるイグバール様。 えっと…… その…… 怖いんですが……
〈…………それは、お嬢だけの考えか?〉
「いいえ、私だけの考えでは御座いません。 王宮魔導院特務局からの依頼でもあります。 ” 予測できる危機に対しての予防処置を ” と。」
〈……浜のおばばの、もう一人の弟子か…… たしか……〉
「ロマンスティカ様に御座います。 特務局に於いて、御呼びする時には、魔術士 ティカ様と」
〈そうか…… やはり、あの魔女が関わっていたんだな。 だからか……〉
魔女ってなによ、魔女って…… それに、何を納得されているのよ。 どういう事なのよ。 訳が判らないわ?
「えっ? 何でしょうか? 何か、ティカ様に?」
〈直ぐに浜のおばばが来る。 直接、聞きなさい。 その方が良い。 大目玉喰らう事に変わりないがね〉
ニヤリと笑うイグバール様。 おばば様がいらっしゃるの? 此処に? あぁ!! それで、ブギット様がお使いに出られたのねッ! おばば様を迎えに行かれてたんだ…… イグバール様…… 怖い事されるのね。 なんだか、背筋がゾクゾクしてきたわ。
〈 物資の用意はしよう 〉
「あ、有難うございます。 えっと、ちょっと懸念も…… 御代金は……」
〈お嬢が必要なものだ。 商会の金庫から出すよ〉
「でも、それでは、イグバール商会が…… かなりの負担に成りませんか? イグバール様の商会が傾く事も……考えられる程に……」
〈お嬢…… 忘れたのか…… 商会の持ち主が誰だったか? 俺は馬車屋だが、いろんな商売に手を広げて蓄財に励んだのは、この商会の真の商会長が必要な時に、必要なだけ金穀を準備するのが目的だぜ?〉
「真の商会長?」
〈そうさ。 イグバール馬車店を買ったの、忘れたか? お嬢の馬車を作り上げるのと引き換えに、俺の借金を全部支払ったのは、誰だ?〉
「えっと…… それは…… アノ時は……」
〈ブギットの旦那も一枚噛んでいるんだ。 ハンナと一緒に来たろ? アノ時、説明したろ? 忘れちまったか? ブギットの旦那と、俺と、お嬢で、ハンナが間に入って、商会を立ち上げる事にし事を。 ブギットの旦那にリーナが考えを提供した馬車の ” 緩衝装置 ” の事も在ったしな。 最初に考え付いたのはブギットの旦那さ。 お嬢をを…… ” 君 ” を…… 真の商会長とするってな。 今でも、ダクレールの商工ギルドの金庫の奥深くに、その設立証文は保存されているぞ? まぁ、ハンナが上手く、隠してくれてたって事だ〉
「そ、それは……」
〈だから、金の事は心配するな。 かなり、儲けさせてもらったしな。 イグバール商会も今じゃ、ダクレール領だけじゃなく、海の向こうの国でも、ちっとは名が知られる様にもなったんだ。 兄貴たちも、もう、何も言えない位にな。 すべては…… すべては、ドン底だった俺に、救いの手を差し伸べてくれた、” お嬢 ” のおかげさ。 信には信を。 イグバール商会の ” 座右の銘 ” だしな。 気にせず、ジャンジャン使え〉
「…………あ、有難く、本当に、有難く……」
涙が零れ落ちそうになったの。 無理を承知で、お願いして…… 対価は王都の方々に付け回すつもり在ったのよ。 でも、それが簡単にはいかない事だって承知しているわ。 イグバール様にトンデモナイ負担をお願いする事だって、予見してた。
それを、こんな形で…… なんだか…… ほんとに…… もう……
両手を組んでウルウルしていた私を、笑顔で見詰められていたイグバール様。 アノ時…… 貴方に出会えたこと、精霊様に感謝申し上げます。
〈……で、お嬢。 物資は用意できるが、そっちに運ぶのはどうする? まぁ、荷馬車は用意できる。 詰め込むのだから、符呪で最大容量を確保する事も出来るが…… そんな遠い場所だから、こちらから出すにしても……〉
「輸送については、ご心配なく。 こちらで、それは手配できますので」
〈手配? 遠い上に、難所もある。 荷が確実にそちらに届く保証何て……〉
「有りますわ。 ええ、有るのですよ、イグバール様。 エスト…… お伝えして」
後ろについていた、エストを振り返りながら、彼女に輸送について、歴史ある、西方辺境域の「暗殺者ギルド」の総本山が保証してくれた事を伝えて貰ったの。 シルフィーと二人して、一歩前に出て、説明してくれたわ。
目を丸くして…… 絶句するのよ、イグバール様。 説明を終えるエスト。 その横にはシルフィー。
通信越しにでもわかる、二人の只物ではない雰囲気。
そして、何にもまして、彼女たちの私を見る目。
ふぅ…… と、大きく息を吐き出されるイグバール様。 その視線は何かとても…… 驚きに満ちていたの。 と、同時に、トンデモナイ生き物を見るような、そんな視線すら…… 私に投げかけていらっしゃったんの。
〈お嬢には…… 善き朋が居るのだな〉
「ええ、大切な友誼を結びし方々ですもの。 互いに見詰め、そして、歩みを共にする……」
〈そうか…… それは、良かった。 安心したよ。 また、一人で何処までも突き進んでいるんじゃ無いかとね。 友誼を結びし朋は、何物にも代えがたい宝だ。 大切にな〉
「はい! 勿論です!」
私の返答に、イグバール様はにこやかに微笑まれたの。 そうね、シルフィーやラムソンさん、エスト、そして、第四〇〇特務隊の皆さんがいらっしゃるから、私は私で居られた。 今までも、そして、これからも…… ね。 なんだか、ちょっぴり、しんみりとしちゃったの。
でも、そんな、ほんわかとして、安らいだ心は、私を叱る大きなお声と共に吹き飛んだわ。
―――― ええ、吹き飛んだのよ。
〈 馬鹿者がぁッ!! あんた、何を考えて居たんだいッ!! こんなに、混乱を増大させるなんてッ!! おかげで、こっちまで大変ね目に合わされるんだよッ!! ええ どうなんだいッ!! こっちに戻っているんだったら、何故来ない?! 一発、殴らないと、割に合わないよッ! ええ、何処に居るんだいッ! 早く来なッ!〉
駆けこまれて来た、おばば様。 ブギットさんの姿も見えた。 エカリーナさんも顔をのぞかせていたわ。 相当に御怒りのご様子ね。 おばば様の…… お師匠様の絶叫とも云える、大きな声が魔導通信機から流れ、目を怒らせ、憤怒の表情を浮かべる……
懐かしいお師匠様の姿が……
――― 魔法通信機から映し出されたのよ。
「お師匠様! おばば様!! 会いたかった! 御話したかった!! リーナです! 薬師錬金術師、リーナですッ!!!」
私は、おばば様とお話が出来る激情に、感情を制御する事も出来ず……
私は…… そう無意識に叫んでいたのよ。
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