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化学準備室を出ると、廊下で待ってくれていた唯葉が、心配そうに駆け寄ってきた。
「那央くんの話、随分長かったね。あのこと、何か注意された……?」
「うーん、特には。だけど、葛城先生って桜田先生の大学時代の後輩だったんだって。だから、うちの事情も少し知ってたっぽい」
「そっか。じゃあ、那央くんに助けを求めたのは正解だったね」
「それはどうかわかんないけど……。三上先生には一応事情を話しといてくれるって」
「それならよかった」
わたしの言葉に、唯葉がほっとしたように息を吐いた。
南 唯葉は、最近わたしに関して流れたウワサを知っても、変わらずにそばにいてくれる唯一の友達だ。普段はふわふわしてて優しいのに、いざと言うとき頼りになる。
今日だって、唯葉のおかげで生徒指導室まで連行されずに済んで助かった。
代わりに、化学準備室に三十分拘束されるハメになったけど……。それでも、家に連絡されたり、反省文を書かされずに済んだだけマシだろう。
「ありがとね、唯葉。そういえば、今日、先輩と約束してるって言ってなかったっけ?」
お礼を言いながら、わたしはふと、昼休みに交わした会話を思い出した。
唯葉は、ひとつ上の先輩と付き合っているのだが、今日の放課後はその先輩と一緒に買い物に行く約束をしていると言っていたのだ。デートの誘いはいつも唯葉のほうからなのに、今日は珍しく先輩のほうから誘ってくれたと嬉しそうに惚気ていた。
「約束、間に合う?」
慌てて訊ねると、唯葉がふわっと笑って首を横に振った。
「約束の時間には遅刻してるけど、大丈夫。電話して事情を話したら、駅で待っててくれるって」
「え、わたしのせいで、先輩のこと待たせてるの?」
「だって、沙里のことが心配だったから……」
唯葉が困ったように眉尻を下げる。
わたしのことを心配してくれる唯葉は優しい。だけど、そのせいでデートを邪魔してしまったと思うと申し訳なかった。
「ありがとう。わたしはもう大丈夫だから、唯葉は今すぐ先輩のところに行きなよ」
「うん、でも、先輩はゆっくりでいいって言ってくれてるから、駅までは沙里と帰るよ」
「いいの? きっと先輩のことだから、待たせてるあいだに何人かの女の子に声かけられてるよ?」
「その可能性は高いけど……。でも先輩は、ちゃんと断ってくれてると思う」
わたしが冗談半分、本気半分でそう言うと、唯葉がほんの少し頬をひきつらせた。
唯葉の彼氏は、なんとなく中性的な雰囲気があるかっこいい人で。カフェやファーストフード店の椅子にひとりで座っているだけで女の子が引き寄せられるように近付いてくる。
デートのとき、唯葉が彼氏との待ち合わせ場所に数分でも遅刻していくと、大抵の場合、知らない女の子に逆ナンされているらしい。
唯葉の彼氏はクールで口数の少ないタイプだから、知らない女の子に絡まれても冷たい態度で断っているみたいだけど。それでも、彼氏が他の女の子に声をかけられるのは心配だろう。
「とりあえず、駅まで急ごうか」
「うん、ありがとう」
助けてもらった分の埋め合わせにもならないけれど、唯葉の腕を引っ張って帰路を急ぐ。
「また明日。デート、楽しんできてね」
「うん、明日ね」
駅前で唯葉と別れてから時間を確かめると、既に夕方の四時半を過ぎていた。
化学準備室に三十分も拘束されたせいで帰宅時間が大幅に遅れてしまったけれど、今から地元の駅に戻ってそのままスーパーに寄れば、特売の時間にギリギリ間に合う。
今日の夕飯は何を作ろうかな。
スマホでレシピ検索をしていると、画面の上にSNSのDM受信の通知が届いた。
深く考えずにそれを確認したわたしの眉間に、僅かにシワが寄る。捨てアカで送られてきたらしいDMには、わたしの悪口が書かれてあった。
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