その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

文字の大きさ
2 / 55
One

しおりを挟む




 化学準備室を出ると、廊下で待ってくれていた唯葉が、心配そうに駆け寄ってきた。

那央ナオくんの話、随分長かったね。あのこと、何か注意された……?」
「うーん、特には。だけど、葛城先生って桜田先生の大学時代の後輩だったんだって。だから、うちの事情も少し知ってたっぽい」
「そっか。じゃあ、那央くんに助けを求めたのは正解だったね」
「それはどうかわかんないけど……。三上先生には一応事情を話しといてくれるって」
「それならよかった」

 わたしの言葉に、唯葉がほっとしたように息を吐いた。

 みなみ 唯葉ゆいはは、最近わたしに関して流れたウワサを知っても、変わらずにそばにいてくれる唯一の友達だ。普段はふわふわしてて優しいのに、いざと言うとき頼りになる。

 今日だって、唯葉のおかげで生徒指導室まで連行されずに済んで助かった。

 代わりに、化学準備室に三十分拘束されるハメになったけど……。それでも、家に連絡されたり、反省文を書かされずに済んだだけマシだろう。

「ありがとね、唯葉。そういえば、今日、先輩と約束してるって言ってなかったっけ?」

 お礼を言いながら、わたしはふと、昼休みに交わした会話を思い出した。

 唯葉は、ひとつ上の先輩と付き合っているのだが、今日の放課後はその先輩と一緒に買い物に行く約束をしていると言っていたのだ。デートの誘いはいつも唯葉のほうからなのに、今日は珍しく先輩のほうから誘ってくれたと嬉しそうに惚気ていた。

「約束、間に合う?」

 慌てて訊ねると、唯葉がふわっと笑って首を横に振った。

「約束の時間には遅刻してるけど、大丈夫。電話して事情を話したら、駅で待っててくれるって」
「え、わたしのせいで、先輩のこと待たせてるの?」
「だって、沙里のことが心配だったから……」

 唯葉が困ったように眉尻を下げる。

 わたしのことを心配してくれる唯葉は優しい。だけど、そのせいでデートを邪魔してしまったと思うと申し訳なかった。

「ありがとう。わたしはもう大丈夫だから、唯葉は今すぐ先輩のところに行きなよ」
「うん、でも、先輩はゆっくりでいいって言ってくれてるから、駅までは沙里と帰るよ」
「いいの? きっと先輩のことだから、待たせてるあいだに何人かの女の子に声かけられてるよ?」
「その可能性は高いけど……。でも先輩は、ちゃんと断ってくれてると思う」

 わたしが冗談半分、本気半分でそう言うと、唯葉がほんの少し頬をひきつらせた。

 唯葉の彼氏は、なんとなく中性的な雰囲気があるかっこいい人で。カフェやファーストフード店の椅子にひとりで座っているだけで女の子が引き寄せられるように近付いてくる。

 デートのとき、唯葉が彼氏との待ち合わせ場所に数分でも遅刻していくと、大抵の場合、知らない女の子に逆ナンされているらしい。

 唯葉の彼氏はクールで口数の少ないタイプだから、知らない女の子に絡まれても冷たい態度で断っているみたいだけど。それでも、彼氏が他の女の子に声をかけられるのは心配だろう。

「とりあえず、駅まで急ごうか」
「うん、ありがとう」

 助けてもらった分の埋め合わせにもならないけれど、唯葉の腕を引っ張って帰路を急ぐ。

「また明日。デート、楽しんできてね」
「うん、明日ね」

 駅前で唯葉と別れてから時間を確かめると、既に夕方の四時半を過ぎていた。

 化学準備室に三十分も拘束されたせいで帰宅時間が大幅に遅れてしまったけれど、今から地元の駅に戻ってそのままスーパーに寄れば、特売の時間にギリギリ間に合う。

 今日の夕飯は何を作ろうかな。

 スマホでレシピ検索をしていると、画面の上にSNSのDM受信の通知が届いた。

 深く考えずにそれを確認したわたしの眉間に、僅かにシワが寄る。捨てアカで送られてきたらしいDMには、わたしの悪口が書かれてあった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『大人の恋の歩き方』

設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日 ――――――― 予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と 合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と 号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは ☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の 予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*    ☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

同窓会~あの日の恋をもう一度~

小田恒子
恋愛
短大を卒業して地元の税理事務所に勤める25歳の西田結衣。 結衣はある事がきっかけで、中学時代の友人と連絡を絶っていた。 そんなある日、唯一連絡を取り合っている由美から、卒業十周年記念の同窓会があると連絡があり、全員強制参加を言い渡される。 指定された日に会場である中学校へ行くと…。 *作品途中で過去の回想が入りますので現在→中学時代等、時系列がバラバラになります。 今回の作品には章にいつの話かは記載しておりません。 ご理解の程宜しくお願いします。 表紙絵は以前、まるぶち銀河様に描いて頂いたものです。 (エブリスタで以前公開していた作品の表紙絵として頂いた物を使わせて頂いております) こちらの絵の著作権はまるぶち銀河様にある為、無断転載は固くお断りします。 *この作品は大山あかね名義で公開していた物です。 連載開始日 2019/10/15 本編完結日 2019/10/31 番外編完結日 2019/11/04 ベリーズカフェでも同時公開 その後 公開日2020/06/04 完結日 2020/06/15 *ベリーズカフェはR18仕様ではありません。 作品の無断転載はご遠慮ください。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

処理中です...