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Four
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しおりを挟む「ただいま」
那央くんに送ってもらって家に帰ると、母と健吾くんが玄関まで走り出てきた。
健吾くんは、ネクタイこそ外しているものの、シャツとパンツは仕事着のままだ。帰宅して着替える暇もなく、わたしのことを探してくれていたのかもしれない。
さすがに迷惑をかけたことはわかるが、気まずくて素直に謝れない。那央くんには「帰ったらすぐに、心配かけたことを謝れ」と言われたのに。最初の一言を、どう切り出せばいいのかわからなかった。
玄関に突っ立ったまま、母と健吾くんから顔をそらすと、母が助けを求めるように健吾くんに視線を向けた。
「とりあえず、上がりなさい」
いつもなら、母も健吾くんも優しい声音で軽く注意してくるだけで、怒ったりしないし、わたしが家を飛び出した理由すら訊こうとしない。だけど、今日の健吾くんの口調は普段よりも厳しかった。わたしを見下ろす視線も、いつになく鋭いような気がする。
なんとなく逆らえる雰囲気ではなくて、健吾くんに言われるままに家に上がる。
「あ、の……」
まずは謝らないといけない。事情はどうであれ、わたしから。上目遣いに、母と健吾くんの顔色を窺う。
「今まで、どこで何してた? 葛城に見つからなくても、帰ってくるつもりだった?」
だけど、何か言う前に、健吾くんが厳しい口調でわたしを問いつめてきた。
「え、っと。駅前のファーストフードで時間潰したりとか……」
「黙って家を出て行ったまま、何時間も連絡取れなくなって。お母さんや俺が心配してるって思わなかった? 沙里が自分勝手に飛び出して行ったのって、これで何回目?」
健吾くんの語気が、少しずつ強くなる。
「真由子さんのこと心配させて、葛城にも迷惑かけて。人を振り回すのもいい加減にしろよ」
最後は低い声で怒鳴られて、思わず肩がビクリと跳ねた。健吾くんが、怖い目でわたしを見つめている。
初めて出会ったときから、にこにこ笑っていることの多い健吾くん。うちの高校で先生をしていたときだって、健吾くんが本気で生徒を叱っているところは見たことがない。そんな彼の怒鳴り声を聞いたのは初めてだった。
「何か気に入らないことがあるなら、逃げ出したり、葛城に迷惑かけたりせずに、直接俺に言ってよ」
健吾くんが、強い口調でわたしを責めてくる。健吾くんはたぶん、わたしが家を飛び出した理由が彼にあると気付いているのだ。
だけど直接言えと言われても、母の前で本当のことを話せるわけがない。健吾くんのことが好きなわたしが、母に嫉妬しているだけなんだから。
「健吾くん、もうそんなに責めなくていいから。きっと、私が無意識のうちに、沙里の気に触ることを言ったんだと思う。ふたりとも、リビングでお茶でも飲んで少し落ち着いて」
母も健吾くんが声を荒げているのを見るのは初めてだったのかもしれない。母が健吾くんのことを宥めるように、腕に触れる。
だけど健吾くんは、母の顔も見ずにその手をそっと振り払った。
「真由子さんは何も悪くないよ。俺が真由子さんと沙里のバランスを崩した。全部、俺のせい」
健吾くんが、わたしを見つめながら表情を歪める。苦しげなその表情に、胸がズキッと傷んだ。
「健吾くん? 何言ってるの?」
「真由子さん、俺、しばらくここには帰ってこないようにする」
「帰ってこないって、どういうこと?」
顔色を変えた母に、健吾くんが悲しそうな目をして優しく微笑みかけた。
「しばらく、ふたりとは離れる。沙里にとってもそのほうがいいと思うから」
「沙里にとっても、って……。何かあったの?」
母が、わたしと健吾くんの顔を交互に見つめる。母の顔をうまく見ることができずに斜め下に視線を落とすと、健吾くんがふっと息を漏らした。
「ごめんね。だけど、これだけは信じて。俺は真由子さんのことが大好きだし、真由子さんと沙里のこと、大切に思ってるから」
わたしの目の前で、健吾くんが母の肩を抱き寄せた。
「け、健吾くん……」
母が焦って、健吾くんの胸を押しのけようとする。でも健吾くんは、母の肩を抱く手を離そうとはしなかった。
きっと、わざとだ。健吾くんは、彼にとっての一番が母であることをわたしに示そうとしている。
今まで何をしても笑って許してくれた健吾くんが厳しい口調で怒ったのも、わたしが彼の娘であることを伝えるための意思表示。
わたしの告白を曖昧な態度で躱して、なかったことにしようとしていた健吾くんだけど。母とわたしは違うのだとハッキリと線引きすることで、わたしの告白に対する返事しているのかもしれない。
わたしはもう、健吾くんのことを好きでいてはいけない。もしかしたら、いつかわたしに振り向いてくれるかもという幻想も、捨てないといけない。
きついな。きついけど、今までみたいに感情的に家を飛び出したりはできない。
健吾くんが苦しんでるから。母を困らせるから。それに、那央くんとも約束したばかりだから。
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