青春ヒロイズム

碧月あめり

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4.イチゴミルクの奇跡

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 ◇◇◇

 えーっと、イチゴミルク。イチゴミルク……。

 紙パックジュースの自動販売機で、普段は買わないイチゴミルクの購入ボタンを押す。

 続けて、自分用に甘さ控えめのカフェオレを買うと、取り出し口から紙パックをふたつ引っ張り出す。

 急いで教室に戻ろうと勢いよく振り向いたとき、近くにいた他の生徒に肩がぶつかった。

「うわっ」

 男子生徒の低い悲鳴が聞こえてきて、ドキッとする。


「最悪。コーラ被った」

「俺の上履きにもかかったんだけど」

 顔をあげると、不快そうに眉を顰めた男子二人が私のことを睨んでいた。上履きの色からして、ふたりとも三年生の先輩だ。

 私がぶつかってしまったほうの人が、持っていた紙コップを反対の手に持ち替えて、手の甲を濡らしたコーラの水滴を振り落とす。

 どうやら彼らは、隣の自動販売機で紙コップの飲み物を買っていたらしい。そんなに激しくぶつかったつもりはないけれど、私がぶつかった人の制服のシャツには大きめのコーラのシミができていた。


「あの……、すみません」

 謝りながら、スカートのポケットに入れていたポケットティッシュをおずおずと差し出す。

 小さく会釈して去ろうとしたら、ぶつかったほうの人がポケットティッシュを振り払って私の手首をつかまえた。

「いや、もっとちゃんと謝れよ。俺ら、制服も足もベタベタなんだけど」

 ぶつかったほうの人が、私を見下ろして凄む。私を睨む目も低い声も怖かった。


「だからティッシュを……」

 地面に落ちたティッシュを横目に震える声でそう言ったら、彼が私をバカにするように鼻で笑った。


「いや、ティッシュじゃなくてさ、汚れたシャツと上履き、あとジュース代。それくらい弁償しろよ」

「そんなこと言われても……」

「財布持ってんだろ?」

「持ってますけど、今日はそんなにお金持ってないし。かわりに、これじゃダメですか?」

 私は迷った末に、今買ったばかりのイチゴミルクとカフェオレを震える手で差し出した。

 自分と村田さん用に買ったものだけど、村田さんの分はあとでまた買いなおすしかない。

「こんな甘いのいらねーよ」

 けれど、差し出したふたつの紙パックは地面に叩き落とされてしまった。その衝撃で、イチゴミルクのパックの角がぐしゃりと潰れる。

 私が顔を引き攣らせると、そこまでの一連の流れを見ていたもうひとりの先輩が、ニヤニヤと意地悪く笑った。

 確かに、ぶつかった私が悪いけど、こんなふうに絡まれるなんて最悪だ。

 地面で潰れたイチゴミルクのパックを見遣りながら、こんなことになるなら、余計なことをしなければよかったかなと後悔する。

 野宮さん達の村田さんに対する嫌がらせなんて、いつものように見て見ないふりをしておけばよかった。村田さんが泣きそうでも、放っておけばよかった。

 そうすれば、こんなふうにガラの悪い先輩達に絡まれずに済んだのに。

「貸せよ、財布」

 目の前の先輩が、無言で俯く私の手から乱暴に財布を奪い取る。そいつが私の許可なく勝手に財布を開けようとしたとき、後ろから声がした。


「なに女の子にたかってんですか、先輩たち」

「は?」

 目の前の先輩たちが、同時に怪訝な顔をする。

 よかった、他に生徒がいたんだ。ほっとして振り向くと、そこに星野くんが立っていた。


「お前には関係ないだろ」

 私がぶつかったほうの先輩が、星野くんを無視して財布を開ける。財布の中身を見たあと、彼が私を睨んで小さく舌打ちをした。

「何だよ、全然持ってねーじゃん」

 だから、さっきそう言ったはずだけどな。心の中でつぶやく私の前で、先輩が財布からなけなしの財産を抜き取ろうとする。

 そのとき、足早に進み出てきた星野くんが、先輩から私の財布を奪い取った。


「だから、女の子にたかるなって言ってんだろ」

 星野くんの声が低く響く。

 どちらかと言うと温厚なイメージがある星野くんが、怒気を含んだ声を出すから驚いた。

 目の前にいる先輩達も、星野くんの声に一瞬怯む。

 だけど。

「何だよ、お前。じゃぁ、お前が代わりにシャツ代払ってくれんの?」

 すぐに威勢を取り戻して、星野くんに突っかかってきた。

「先輩たちこそ、こんなことしてていいんですか? 今、この辺でいっぱい体育祭の練習してるから、先生たちも見回ってますよ?」

 星野くんがふたりの先輩たちの顔を交互に見て、少し口角を引き上げる。


「ここ使って練習できるのはあと三十分だからなー」

 そのとき、食堂の裏の中庭から見回りの先生の大きな声が聞こえてきた。


「今日食堂の周りを見回ってるのは、生徒指導の高嶋先生みたいですよ」

 生徒指導って、編入の挨拶のときに校長先生の横にいた強面の先生のことか。その顔を思い出していると、それまで威勢の良かった先輩たちの顔色が変わった。


「おい、もう行こうぜ」

 私がぶつかったほうの先輩が、もうひとりにせっつかれて小さく舌打ちする。そうして不機嫌そうに私たちを睨みながら、足早に去っていった。
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