狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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3章 幸せの形は人それぞれ

42話 拗らせシノちゃん

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その日、琳太郎と晴柊はあのまま2人でベッド眠った。琳太郎は晴柊を包み込むようにして抱いた。一足先に眠りにつく晴柊の寝顔を見ながら、琳太郎は思い返していた。晴柊が望んで自分の元にいることを選んでくれた。それだけで琳太郎はこの上ない幸せを嚙みしめていた。


自分とは何もかも真逆のような彼に、琳太郎は惹かれていたと同時に、その執着心と独占欲を蔓延らせていた。そんな自分を選んで受け入れてくれた彼を今度こそは離したくないと、眠る晴柊を見て思った。


お人好しで、誰にでも平等で、純粋で、真っ直ぐな晴柊が可愛くて愛おしくて仕方がない。


琳太郎は自分の気持ちをもう一度自覚すると、晴柊を抱く腕に力が入る。眠っていた晴柊が少し苦しそうに呻いたが、起きる様子は無かった。そのまま、琳太郎と晴柊は2人で朝まで眠った。



先に起きた晴柊は時計を見ると11時を過ぎていることに気付き、思わず勢いよく身体を起こした。寝過ぎた、と思い横を見ると、まだ眠っている琳太郎がいた。この衝撃で起きないとは、いつも眠りの浅い琳太郎だったが今日はよく眠れているらしかった。


晴柊は、昨日自分の気持ちを言葉にしたことで、スッキリした気分だった。自分がどう思っているのかも、琳太郎がどう思っているのかも、知れて良かった。自分はここにいたいし、ここにいていいんだと思うと、今まで居場所のなかった晴柊にとって、それは何よりも嬉しいことだった。


「組長、組長!いますか!?」


そんな静かな寝室に、声が響き渡る。寝室のドアを慌てて開けて入ってきたのは、日下部だった。琳太郎が予定の時刻を過ぎても現れなかったことに、何かあったのではないかと慌てて飛んできたらしかった。寝室のベットで、起きている晴柊と眠る琳太郎を視界に入れた日下部は、また驚いたような反応をする。


「日下部さん、組長いました!?…………え、お前、なんで…」


日下部の後に続いて入ってきたのは篠ケ谷だった。2人ともぽかーんとしている様子だった。騒がしさに琳太郎が目を覚ましたようだった。


「朝からうるさい…」

「琳太郎、もう昼。………2人ともおはよう。」


晴柊が困ったように笑った。この様子だと、昨日の一連の事件は皆に伝わっていて、ここにいるはずのない自分が琳太郎とベットにいることに驚いているのだろうと、晴柊は察した。睡眠が浅い琳太郎が寝坊しスケジュールをすっぽかしたということに驚く余裕もないほど、2人は驚き固まっていた。


「琳太郎、仕事あるんだろ。起きないと。」


不機嫌そうな琳太郎が起き上がる。そして、まるで甘えるように晴柊に抱き着いた。部下の前で晴柊に密着することなど今まで無かったのだが、琳太郎はもう隠すことも我慢することも止めていた。そのデレデレ具合に更に困惑したような2人に、晴柊はただ苦笑いするしかできなかった。


その後は大変だった。榊、天童、遊馬も集結し、てんやわんや状態。根掘り葉掘り晴柊と琳太郎に何があったのか、どうしてこういう状況になったのか聞いた。琳太郎は寝起きが悪いから機嫌が悪いし、当たり障りなく晴柊が事情を説明していた。


「でも、ハルちゃんが戻ってきてくれて良かったぁ~。もう会えないってなったとき、本当に悲しかったもん~。」

「いきなりすぎて本当に慌てたよ。トラなんて昨日一日仕事に身入ってなかったしなぁ。」

「これからは見張り役とか監視役とかそんな厭味ったらしいもんじゃなくて、れっきとした世話役として傍にいれるの、嬉しいな。」

「おい琉生、いつからこのアホにそんな入れ込んでんだ?くそ嫌ってたじゃねえかよ。」

「人は変わる。お前が頑固すぎるだけだよ、アホ。」

「はぁ!?テメエ!!」


榊が晴柊に甘えるようにして話しかけてくれる。素直な榊は、晴柊に甘えるように声を掛けた。その後ろから、天童が昨日1日事務所内が大騒ぎだったことを話してくれる。そして、流れるようにまた遊馬と篠ケ谷が喧嘩している。とんだ自分のトラブルで迷惑をかけてしまったのは申し訳なかったが、あれが無ければ今日からのこの琳太郎との関係は生まれなかったのだから、悪くは無かったのかもしれないと思う。


唯一危惧していた、あの青年のことは、寝る前に琳太郎が晴柊に話してくれた内容によれば、日下部と篠ケ谷が直接話を付けに行ったらしかった。封筒に入った札束=口封じ代と共に、「あの時見たことは全て忘れること。そしてもう関わらないこと。誰かに話せばその時は…」と、半ば脅しの様にも聞こえるが、青年は抵抗することもなく素直に受け取り和解をしてきたらしい。そこはしっかりとヤクザである。


賑やかな朝に、晴柊は笑顔を零した。


それから、篠ケ谷を残し琳太郎含む他のメンバーは仕事に向かって行った。自由の身になったといっても、今度は正真正銘琳太郎のお気に入りとなったことで、次は敵対組織に狙われる危険性があるのだった。そのため、世話役兼見張り役から世話役兼ボディーガード要員は以前同様つけることとなった。


晴柊にとってそれは1人ぼっちよりも嬉しいし、自分のせいで拘束してしまうことに少し罪悪感も感じたが、琳太郎が「それもアイツらにとって立派な仕事だから気にしなくて良い。」と、フォローしてくれた。


しかし、晴柊を取り巻く環境はがらりと変わった。まずは、首輪と足枷が無くなったこと。そして、ちゃんと上下服を着るようになったこと(室内でしか生活しないのでスウェットが多いのだが)。監視カメラが玄関以外取り外されたこと。セキュリティの観点から玄関のカメラは付けたままにしているらしい。


それから、晴柊は琳太郎の許可があれば世話役付きで外に出られるようになった。しかし、敵対組織との関係や情勢などを踏まえ危険だと判断した時や、何か危害が及ぶ可能性のある場所は禁じられた。


しかし、晴柊は嫌な気はしない。ヤクザの傍にいるとはそういうことだし、琳太郎のそれは晴柊を守るためだと分かっていたからだった。琳太郎の傍にいられるなら、多少の不自由ぐらいどうってことはなかった。


「お前さぁ、なんなの。せっかく俺たちと縁切れるってなったのに離れないなんて、バカだろ。」

「うん、きっとバカなんだと思う。でも、それでいいんだ。俺、琳太郎の傍にもシノちゃんたちの傍にもいたいからさ。」


にこりと晴柊が向かいに座る篠ケ谷に笑顔を向けた。壊れかけるくらいならいっそのこと壊れてしまえばいいと思っていた。琳太郎の支配下になればいい、と。しかし、結局晴柊は支配下に堕ちきるどころか、まるで最初の頃と変わらないまま琳太郎の手綱を握っていた。どんなに不安定になっても、普通なら心が折れきるところでも、晴柊はそうはならなかった。


「変な奴。」


昼食を取る晴柊に、篠ケ谷はそう言い放つと、よくわかってなさそうな晴柊は首を傾げた。しかし、琳太郎がそれを望んでいるのなら従うまでだと、篠ケ谷は思った。自分と似ていると晴柊に自分を重ね合わせたことがあったが、今はそうは思わない。似ていたのは境遇だけで、晴柊と自分は全く違う道の辿り方をした。篠ケ谷は一度自分を殺した後、そのままこの世界に身も心も堕として生きてきた。そして、まさに全身全霊をかけて薊琳太郎に尽くしている。それを不幸だとも、悪いことだとも思ってはいない。それが今の篠ケ谷にとって生きがいであり、心からの「幸せ」であるのだ。


しかし、晴柊は一度全て壊されても、「自分」を完全に押し殺すことはなかった。野瀬晴柊は野瀬晴柊のまま、琳太郎を受け入れた。篠ケ谷にとってそんな晴柊を見ていると、もしかしたらこうなっていたかもしれない別の世界戦の自分を見ている様な気分になるのだった。それは不思議と苛立ちはせず、むしろ心地の良いものに近かった。似ている様で、似ていない晴柊の存在は、篠ケ谷もそれなりに好いている。それを誤魔化すように悪態をついているのだった。
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