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Chapter 2
醜聞 ④
しおりを挟む当時、八坂 今日子は青文字系雑誌の専属モデルが主で、女優としてはこれからだった。
その八坂との熱愛記事は、彼女の所属する芸能事務所によって握り潰された。
しかし、その交換条件として彼女の事務所が出版社側に提示したのは、すでにベストセラー作家になっていた神宮寺がその雑誌のコラムを連載してゆくゆくはその出版社からエッセイ本を出すことと、清純派で売っていた彼女のグラビアでのオールヌードとその出版社からヘアヌード写真集を出すことだった。
神宮寺はもちろん、女優の方もこれから先も芸能界で生き抜くためにその「仕事」を引き受ける。
そして——二人は破局を迎えた。
その後、彼女の「体当たり」の写真集が各方面に大きな反響を与え、やがて江戸時代の遊郭という苦界に身を落とす女の一生を描いた文芸大作が原作の映画の主役に大抜擢される。
現在、彼女は三〇代になり、今や日本を代表するトップ女優にのし上がっていた。
「……まだ極秘ですが、風間 優雅と結婚秒読みらしいですよ」
彼は女子に人気の雑誌で、毎年「抱かれたい男」の第一位に輝いている超人気イケメン俳優だ。
池原は、これ見よがしに神宮寺を見たあと、栞に目を移してニヤリと笑った。
けれども——栞は首を傾げるだけだった。
「えーっと……名前だけ聞いても全然顔が思い浮かばへんのですが、たぶん顔を見たら……どんな人なんかわかるんとちゃうんかなぁ?」
栞はテレビをほとんど見ないのだ。
だから、実はリビングはおろか、どこにもテレビを置いていないこのログハウスでも、不自由さをまったく感じなかった。
読書をし始めると、文字どおり「寝食を忘れる」タイプで、子どもの頃からテレビを観る習慣がない。
「えっ?もしかして、君……あの八坂 今日子も風間 優雅も知らないの?」
池原が呆然とした顔で栞を見る。
「生憎だったな、こいつはテレビを観ない。それに、ガラパゴス級の『ど天然記念物』だ」
神宮寺はさも愉快そうに破顔した。
——先生のご機嫌は直らはったみたいやけど。なんか、あたし、ディスられてない?
「あ、日本映画は観ぃひんのですけど、イランの映画が好きで、ネットでチェックしてたら、たまにN◯KのBSで放映するんですよ。そういうときはテレビを観ます!」
栞は自分だってテレビを観ていることをアピールした。
「イラン映画ってフランス映画のようなオシャレ感は皆無ですけど、本当に低予算で制作られてるんで、脚本のおもしろさで勝負!って感じなんですよ。それに、俳優さんたちの素朴でリアリティのある演技がまさに『ありのままの人間』を表現してて、だからこそ『これぞ、映画!』って思い知らされるんです。それから、世界的にはカンヌでパルム・ドールを獲らはった故アッバス・キア◯スタミ監督が有名ですけど……あ、私は受賞作の『桜桃の味』よりも『友だちのうちはどこ?』のような子どもたちがメインの話の方が好きなんですが……ほかにもすごい監督がいたはって、あたしが特に好きなのは『運動靴と赤い金魚』のマジ◯ド・マジディ監督で、子どもたちの心の機微を描くのが上手な……」
しかし、いつの間にか、栞はイラン映画のすばらしさを力説していた。そもそも、テレビには興味がないから語れる材料がない。
「……もう、わかったから」
神宮寺は手を伸ばして、栞の頭をぽんぽん、とした。
「『ど天然記念物』って……こういうこと?
……あれっ……調べさせたところによると……彼女……確か……旧帝大の博士課程を修了してるん……だったよな……?」
当惑と困惑の混じった池原の声が聞こえてきた。
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