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Book 11
「幸棲家」②
しおりを挟む原さんの狂気じみた雰囲気に、こちらの方が気が狂いそうなくらい怖くなった。
わたしは掴まれた手首をぶんぶん振って、なんとか振り解こうとした。
だけど、原さんの手がわたしの手首に食い込むようにつよく、力を込めてきた。
——い、いやだっ。こわいっ!
だれか——だれか……助けてっ!!
「あなたの家でゆっくりとこれからのことを話したかったんですけど……仕方ないですね。向こうに僕の車が停めてありますから。あ、車はあなたのために購入したんですよ。さぁ……僕の家に行きましょうか?」
原さんはうすら笑いを浮かべたまま、わたしの手首を引っ張って、向こうにあるという車の方へ連れて行こうとする。
——いやだ、こわい。
そんなとこへなんか行きたくない。
声を出して、助けを呼ばなくっちゃ。
でも——どうしても、声が出ない。
そのとき、向こうの角から一台の車がやってきた。
白っぽい光を放つLEDらしきヘッドライトが、わたしと原さんにカッ、と当たった。
いきなりのその光が夜目に眩しくて、わたしは手をかざして目を眇めた。
TOMITAのブリウスだった。
車は滑るようにわたしたちの前で停車し、あわただしくドアが開かれた。
「さ、櫻子……っ!」
中から飛び出てきたのは……シンちゃんだった。
突然のことに、原さんの手が緩んだ。
わたしは今度こそ、その手を振り払って、シンちゃんの胸に飛び込んだ。
シンちゃんはすぐさまその長い腕で、ぐっ、とわたしを抱きしめてくれる。
「……僕の妻に、なにをしてるんだ?」
シンちゃんは凛としたよく通る声で、原さんに問いただす。
「王子さま」から「皇帝」になった声だ。
普段のやさしくて温かみのある風情はカケラもなく、そこにあるのはただ冷徹な威圧感だけだ。
「櫻子になにをしている、と訊いているんだ!」
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