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Book 12
「執(しつ)恋」⑦
しおりを挟むわたしの脳裏に、昨夜の怖かった記憶が、ありありと甦ってきた。警察は、この周辺をパトロールしてくれるって言ってたのに……
くちびるを強く噛みしめる。
だけど、いくらなんでも警察だって、こんなに早くには対処できないんだろう。
わたしだって、まさか、昨日の今日でまたやって来るとは、夢にも思わなかった。
なんで……だれが来たかを確認せずに、ドアを開けてしまったんだろう。
——後悔してもしきれない。
だけど、とにかく……この場をなんとかしないと……っ!
とりあえず、わたしが今できることは、このドアを閉めることだ。
わたしは開け放ったドアの取っ手を握りしめ、必死でぐいぐい手前に引っ張った。痛めた左手首がずきずきしたが、そんなことは言ってられない。
なのに、原さんにドアを、がっ、と押さえられて、なかなか閉めることができない。
——ダメだ、びくともしない。
わたしは、凍りつく喉を励まして、大声をあげようとした。
そのとき——
「……井筒さん、昨夜のことを謝りにきたんです」
——え?
「これで、あなたの前に現れることはありませんから、最後に話を聞いてくれませんか?」
——今さら、何の話があるというのだろう?
「井筒さん、あなたはまだ自分の『夫』の葛城 慎一が、萬年堂の営業部で働いてると思ってるんですよね?」
——いきなり、なにを言いだすんだろう?
わたしは怪訝な顔で、原さんを見た。
「本当は昨日、このことを言うためにここに来たんです。そして、あなたとの『これから』を、話し合いたかったのですが……」
原さんは口惜しそうに顔を歪めた。
「井筒さん、あなたは騙されています。萬年堂の本社の第一営業部・営業一課には……葛城 慎一という名の社員はいません」
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