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1.魔法契約編

21-1.魔法使いの晩餐会編1

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 ドミネロに連れていかれたスヴィーレネスを、俺たちは見ているしかなかった。
 仕切り直す為に保護施設へ戻った俺たちを、アドミスタさんが迎えてくれる。

「貴族会議とかまだあったんですか、懐かしい」
「格上の魔法使いを始末できそうな時に集まってるだけだろ、あんなの!」

 取り乱すエンヴェレジオさんに、俺は目を合わせられない。
 直接責められなくても、誰が原因かなんて分かり切っていたから。

(俺のせいで、スヴィーレネスが囚われた。碌に抵抗もできずに)

 凶暴さを正当化しないよう、スヴィーレネスは大人しく捕まるしかなかった。
 けれど本来はあんな魔法使いたちなど、一掃して余りある力を持っているのに。

「しかもあんな子供を担ぎ上げやがって。恥を知らないのか、アイツら!」
「オルちゃん。スヴィさんは簡単にやられないよ、少なくともすぐには殺せない」

 怒るエンヴェレジオさんと反対に、フィルトゥラムは俺を慰めていた。
 彼からも甘い魔力を感じるけれど、求めている人とはやはり違う。

「そこは俺も安心していいと思う、アイツは下手に手を出す方が危ない」
「でも無敵ではありませんから、早く助けないと。特級魔法使いも陥落はします」

 アドミスタさんの言う通り、スヴィーレネスも永久に戦い続けることはできない。
 抵抗できない状態で魔力を使い続ければ、やがて存在が保てなくなる。

「……解放しないと、スヴィーレネスを」

 誰にも聞かれないくらいの小さな声で、俺はぽつりと決意する。
 俺と出会ってしまったことが、結局原因なのだから。

(もう、本当に彼から離れないといけない)

 ずっと傷つくのが怖いと思っていたけど、本当の加害者は俺だった。
 弱さを振り翳して、盾にして、それでも耐えられずに逃げまわった結果。

(俺と会う前のスヴィーレネスに戻さないと。誰も勝てない、魂を灼く魔法使いに)

 あの日助けてくれた魔法は、今もこの胸に焼き付いている。
 だから奪ってしまったものを返して、過去を清算しなければならない。

 俺はスヴィーレネスに、心を寄せていい存在ではなかった。



 数多くの貴族を相手取るには戦力が足りないと、会議では結論づけられた。
 そしてここの組織は魔法使いを救済対象にしないから、助力も期待できない。

(でもどうしよう。俺には力もないし、これ以上迷惑掛ける訳にもいかない)

 会議解散後、俺は施設の空き部屋で蹲っていた。
 多少の魔法が使えたところで、足手まといになるのは分かっている。
 それが悔しくて俯くけど、窓が叩く音が聞こえて顔を上げた。

「お兄様、いる? こっち向いてよ」
「ドミネロ。俺、怒ってるからね」

 窓には魔法が掛けられたようで、ガラスにはドミネロが映っていた。
 彼は鍵を開けるように促してくるが、俺は首を振って拒否する。

(多分、窓はドミネロのいる空間と繋がってる。下手に開ければ面倒なことになる)

 ドミネロが干渉してくる様子はないから、多分俺が開錠しなければ攻撃できない。
 弟の目的がなにかは知らないが、話すだけならこのままで十分だと判断した。

「お兄様を置いて逃げたのは謝るよ、ごめん。でもさ、」
「そうじゃない。怒ってるのは、スヴィーレネスを嵌めたことに対してだ!」

 悪びれることもなく話しかけてくるドミネロに、俺は激高する。
 俺に関してはドミネロと同罪だし、謝られる必要もない。

 けれどスヴィーレネスは無関係で、こんな騒動に巻き込まれる謂れはなかった。

「そ、そんなに怒らないで! お兄様は、そんな人じゃない!」
(魔力威圧か。でも、もう負けてなんかやらない)

 いつもと雰囲気が違うことを察したのか、ドミネロが強い魔力威圧を掛けてくる。
 普段ならここで諦めるけど、彼は超えてはいけない一線に踏み込んでしまった。

「スヴィーレネスを、どこにやったの」
「っ、あ」

 相変わらず体は魔力に潰されるが、俺は床から弟を睨んでやる。
 慣れない眼差しを浴びたドミネロは、小さく悲鳴を上げた。

(睨んだだけで膝をついた。魔力じゃなくて、敵意に屈している)

 絶対に勝てないと思ってた弟が膝をついているけれど、心は晴れない。
 弟の声は震え、魔力に影響したのか窓に亀裂が入る。

「やだ、その目やめてよ! それにもう食べ始めたから、僕じゃ止められない!」
「……食べ始めたって、どういう意味」

 怒りで頭が煮立っていた俺だが、ドミネロの言葉に息が止まる。
 するとドミネロは再び立ち上がり、体勢を整えた。

「あの人は、魔法使いの晩餐会に出されたの。僕は興味ないけどさ」
「晩餐会って、魔力を喰われる儀式じゃ」

 体を魔力で構成しているスヴィーレネスにとって、それは致命傷だ。
 時間がないのは分かっていたけど、既に私刑が開始されていたなんて。

「うん。僕はお兄様のが大事だから抜け出したけど、とっくに始まってるよ」
(そん、な)

 全ての音が遠くなり、俺はふらふらと扉へと向かう。
 後ろからドミネロの声が追い掛けてくるが、もう構っている余裕はない。

「お兄様。僕、もうすぐあの人より強くなるよ。これで僕を選んでくれるでしょ」
「俺はスヴィーレネスを、強さで選んだわけじゃない」

 誘いを掛けるドミネロに、俺は振り向かないまま首を振る。
 確かに魔力なしは強い魔法使いに惹かれるけど、それは絶対じゃない。

「確かに惹かれたきっかけは強さだった、でも残った理由は違う」
「え、じゃ、じゃあなんで」

 スヴィーレネスが強いだけの存在なら、俺は恐怖に負けて逃げ出していた。
 そうならなかったのは、彼が決定権を渡してくれていたからだ。

「俺に、寄り添おうとしたからだよ」

 踵を返した俺は乱暴に窓を開け、ドミネロの襟を掴んで引き寄せる。
 精巧な装飾が千切れたけれど、そんなものはどうでもいい。

「晩餐会の場所を言え、ドミネロ」
「や、やだ、行かないでお兄様」

 まともに怒られたことがないドミネロは、既に涙目になっている。
 俺から逃げようと体を動かしているが、その抵抗は弱々しい。

「言わないなら、お前の事は嫌いになる」
「うあ、やだ、お願い! 言うから、それだけはやめて!」

 結局魔法なんて少しも関係ない、子供のような感情論にドミネロは屈した。
 彼が一番恐れていたのは、自身への関心が失われることだった。

「黄昏の、大聖堂。そこで晩餐会をしてる」
「分かった」

 俺は短く返事をして弟を放り投げると、踵を返して外に向かっていく。
 後ろから高い声が追いかけてくるけど、もう振り返る必要はない。

「ねえ! お兄様が行ったところで、どうせ死んじゃうよ!」
「それでいいんだよ」

 ドミネロが最後の抵抗とばかりに捨て台詞を吐くが、俺はそれを鼻で笑った。
 元から俺が、幸せな終わりを迎えられるとは思っていない。

 スヴィーレネスを自由にするなら、むしろ俺の存在は邪魔だった。
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