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1.魔法契約編

17-2.魔力抑制剤と欠乏症編2

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 いつの間にか近くに来たフィルトゥラムが、アドミスタさんの肩越しに顔を出す。
 二人はお互いに対して言及しないから、以前からの知り合いなのかもしれない。

「補給って、フィルトゥラムから魔力を貰うの?」
「それだと拒否反応起きる可能性あるし、俺が殺されちゃうから。薬での接種だよ」

 特級魔法使いの所有物に手を出す気はないのか、フィルトゥラムは首を振る。
 代わりに彼は小瓶を取り出し、俺に手渡してきた。

「はい、植物から抽出した魔力補給剤。ちゃんと飲んで、でも飲みすぎもダメ」

 透明に輝く液体からは、無機物特有の濁りのない魔力を感じる。
 けれど色も匂いもついておらず、嫌悪も魅力も抱かなかった。



 そして補給剤に伸びかけた手を下ろし、服の裾を握りしめてやり過ごす。
 既に指示された量は服用しているのに、欠乏感がまだ体に残り続けていた。

(フィルトゥラムは、ちゃんと足りる量を渡したって言ってたのに)

 彼のことを疑っているわけじゃない、けれど症状は一向に治まっていなかった。
 失った魔力を求めてしまう、いわゆる魔力欠乏症に俺は悩まされている。

(スヴィーレネスの魔力が抜けてきた証拠だから、いい兆候ではあるんだけどな)

 力みすぎたのか爪が皮膚に食い込んで、鈍い痛みが遅れてやってきた。
 それでも気が紛れるなら安いものだ、完全には解決しないけど。

(魔力、魔力が欲しい。どうにかして手に入れられないかな)

 薬の過剰摂取を予防する為か、近くには調合道具も素材も置かれていない。
 しかし居ても経ってもいられなくて、俺はふらふらと施設内を歩きだす。

「オルディール君、どこに行くんだ!?」
「っ、エンヴェレジオさん」

 出歩いていた俺に気づいたエンヴェレジオさんが、慌てた様子で駆け寄ってくる。
 外出は禁止されてないが、一応患者だから目が届く場所にいてほしいのだろう。

「外は危ないから、中にいてくれ。退屈かもしれないけど」
「違う、魔力が足りないんだ」

 体が欠けたものを求めて疼き、どうしようもないことを訴える。
 埋められるのはスヴィーレネスだけなのに、彼はいなくなってしまった。

「フィルトゥラムに薬、貰わなかったのか?」
「貰ったけど、もっと欲しくて」

 過剰摂取を避けた結果、症状は治まらずに悪化の一途を辿っている。
 助けを求めてエンヴェレジオさんに縋りつくが、彼は首を横に振るだけだった。

「ごめん、俺じゃ対処できない。一緒にフィルトゥラムのところに行こう」

 俺を抱え上げたエンヴェレジオさんが、医務室に向かって歩き出す。
 近づいた分だけ彼の魔力を感じるけど、やはり俺の求めている物とは違っていた。



 医務室に担ぎこまれた俺は、フィルトゥラムによって魔力保有率の測定をされる。
 けれど異常は見当たらないようで、彼は何度も首を捻っては考え込んでいた。

「オルちゃんの魔力は足りてるよ、規定値は越えてる」
「じゃあなにが足りてないんだ? 魔力なしの情報は少ないから、分かんねぇな」

 魔力なしは弱ればそのまま死ぬ事がほとんどだから、診察を受ける事すら稀だ。
 だから記録は残されておらず、結果として解決の手立ても見つからない。

 しかし二人と一緒に診察結果を眺めていると、ふと魔力の気配を感じた。

(見つけた、スヴィーレネスの魔力だ)

 抱き上げられた時は本人の魔力に紛れていたが、近くに求めていた魔力を感じる。
 だから俺は壁に立て掛けられていたそれを抱き寄せて、頬擦りをした。

「オルディール君、待って! それ、俺の杖だから!」
「散々スヴィさんを殴ってたから、魔力が付着してるのかな」

 二人が見ている前だったけど、求めていたものを見つけた俺は我慢出来なかった。
 量は僅かだけれど、ちゃんとスヴィーレネスの魔力を感じられて安心する。

「魔力欠乏症って、やっぱり怖いな。オルちゃんがこんなになるなんて」
「普段は警戒心強いのにな、やっぱり外に出せる状態じゃない」

 大人たちがなにか言っているが、俺には良く分からない。
 今はこの魔力に触れられるなら、なんだって構わない。

(あ、もっと強いスヴィーレネスの気配がする)

 玄関が開く音がして、同時に強くて濃い魔力を感じた。
 俺は杖を手放し、今度は扉に向かって駆け出す。

「アイツよりによって今、帰ってきたのか!?」
「オルちゃん止まって、行っちゃダメ!」

 一番最初に気づいたフィルトゥラムの手をすり抜けて、俺は部屋を走り出る。
 目指すは玄関、そして俺をこんな風にした魔法使いのところ。

「……ヴェレジオ、戻りました。どこにいるんですか」
「なんで、最初に俺を呼ばないの」

 廊下から飛び出してきた俺を見ると、スヴィーレネスは露骨に狼狽えた。
 手を伸ばしては引っ込め、どうしていいのか分からなくなっている。
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