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魔術学院2年目
034 星暦550年 赤の月 9日 頼まれ事
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俺には家族はいない。
それで困ったことも多かったが、場合によっては家族というのはいない方がマシなこともあるようだ。
「盗賊ギルドに伝手があるって本当か、聞いていいかな」
真剣な顔をしたアレクが俺の部屋に来て尋ねた。
今日の授業で見かけなかったと思ったら・・・何か問題が起きたのかな?
「そんな話、どこで聞いたんだい?」
こいつのことは気に入っているから場合によっては手伝ってやってもいいが・・・。
余程のことがない限り、魔術関係の知り合いに昔のことは知られたくない。
下町の人間だと知られているのは別にかまわないが、盗賊出身だなんて知られたら、誰かが何かを無くすたびに盗んだのかと疑われかねない。
「去年の萌葱の月にウィルが休んだ日があっただろ?禁呪の噂がたった頃に。
父が魔術院の知り合いから聞いた話では、どうもあの事件では盗賊ギルドと学院長と宮廷魔術師とが協力して禁呪に手を出していた魔術師を見つけ出して対処したらしいんだ。
学院長が盗賊ギルドと直接コネがあっても不思議ではないが・・・。
あの日に君が休んでいて、しかも部屋にいなかったから。もしかしてウィルも関与していたのかな、とね」
おやおや。
「お見舞いに来てくれたのかい?」
親切心は嬉しいけど、この場合はあまり・・・有り難くないかも。
盗賊ギルドに関係しているかもと思っていても、俺に対する態度には全く偏見も疑惑もなかったから信頼してもいいかもしれないが。
「偶々熱冷ましの薬を持っていたから、いるかなと思っただけなんだけどね」
薬というのは安くは無い。
死にかければ学院の方でもそれなりに対処してくれるが、『ちょっと具合が悪い』程度は誰も助けてくれず、ある意味かなり辛くても放置される可能性が高い。
そんな時に熱冷ましの薬を持ってきてくれるというのはとても有難い親切心だ。
例え必要なかったとしても。
「まあ、下町出身だからね。それなりに裏社会の人間とも面識はあるよ。
だけどそれを言うなら、大商人であるアレクの親父さんだって裏社会の人間と伝手はそれなりにあるだろ?」
アレクが首を横に振る。
「父ではなく、長兄なんだ。
ウチの実家では、15歳で成人したらビジネスを任されて、才覚を示すことでシェフィート家のビジネスの中でのポジションを得るんだ。
私は魔術師の才能があったから学院を卒業するまでは保留だけど。
卒業した暁には家業に参加するか、魔術師として独立するかを決めることになっている」
へぇぇ。
それなりにシビアなんだね、こいつの実家。
才能がない場合はどうなるんだろ?政略結婚の餌にでもされるのかな?
「長兄は数年前から西の方の貿易ルートを任されていた。あちらは薬関係の原料が色々豊富だからルートと供給源を開拓して着実にビジネスを広げてきたんだが・・・。
先日、社印が盗まれた」
中規模程度のビジネスならば大抵の契約は普通の判子を使う。
だが、シェフィート家ぐらいの大商人になったら当然ビジネスごとに社印を使うのだろう。
社印は魔具の一種だ。
登録した人間が息を吹きかけて押せば押した印が煌めく。
更に重要な契約の場合は登録者の血を蝋に混ぜて押せば社名が立体像として浮き上がるようになる。
つまり契約印としては極めて偽造しにくい訳だ。
腕のいい魔術師に金を出せば社印そのものを複製することは可能だが、製造者情報が不可避に印にも残るので裁判で契約印の正当性を争うことになった場合は、基本的に印にのこる製造者情報から偽造はばれてしまう。
だからビジネスにおいて、社印に対する信頼は絶大だ。
「何か大きな契約でも結ぶところだったのか?」
普通の日常的な契約だったら別に社印を態々使う必要は無い。
だが、大きな契約を締結する直前に社印を盗まれたら・・・契約締結が遅れるだけでなく、シェフィート家(もしくはアレクの長兄)の面子は丸潰れだ。
「そう。新薬の販売に関して大々的に合弁企画を合意する直前だったんだ」
「で、親父さんに知られずに犯人を見つけて社印を取り返すのに手伝いが欲しい訳?」
アレクがため息をついた。
「犯人は・・・次兄だろう」
あらま。
「えげつない兄貴だね」
アレクの口元が微かに歪んだ。
「商売人としての才能は長兄の方があると思う。だが・・・次兄の方がこういった人を陥れることに関しては思い切りがいいんだ」
「ライバルの足を引っ張るのも商売の重要な才能の一つじゃない?」
アレクが再び首を横に振った。
「シェフィート家ほどの大商人がライバルを陥れるような商売をしていたら、国の経済の為にならないと私は思っている。そう言うことをするなら、最終的にはライバルをどんな手でも潰して独占市場を形成するのが一番儲かるという結論になるからね」
なるほど。
「じゃあ、社印を取り返すとして。次兄を敵に回してもいいの、それともアレクが手伝っているって知られない範囲だけの手伝い?」
アレクが大きく息を吸った。
「私は魔術師になる。だから次兄のライバルにはならない。
ここで長兄を助けても・・・多分最終的には許してくれると思う。
許してくれないというのなら・・・そんな手段で長兄を陥れた次兄を私も許さない」
「つまり、お前が関与しているとバレてもいい訳だ」
「構わん」
ふ~ん。
「分かった。ちょっと今晩にでも知り合いに話を聞いて来るよ。」
本当は無料で手伝いなんてしないんだけどさ。
アレクとの友情に対する投資と思うことにするか。
それで困ったことも多かったが、場合によっては家族というのはいない方がマシなこともあるようだ。
「盗賊ギルドに伝手があるって本当か、聞いていいかな」
真剣な顔をしたアレクが俺の部屋に来て尋ねた。
今日の授業で見かけなかったと思ったら・・・何か問題が起きたのかな?
「そんな話、どこで聞いたんだい?」
こいつのことは気に入っているから場合によっては手伝ってやってもいいが・・・。
余程のことがない限り、魔術関係の知り合いに昔のことは知られたくない。
下町の人間だと知られているのは別にかまわないが、盗賊出身だなんて知られたら、誰かが何かを無くすたびに盗んだのかと疑われかねない。
「去年の萌葱の月にウィルが休んだ日があっただろ?禁呪の噂がたった頃に。
父が魔術院の知り合いから聞いた話では、どうもあの事件では盗賊ギルドと学院長と宮廷魔術師とが協力して禁呪に手を出していた魔術師を見つけ出して対処したらしいんだ。
学院長が盗賊ギルドと直接コネがあっても不思議ではないが・・・。
あの日に君が休んでいて、しかも部屋にいなかったから。もしかしてウィルも関与していたのかな、とね」
おやおや。
「お見舞いに来てくれたのかい?」
親切心は嬉しいけど、この場合はあまり・・・有り難くないかも。
盗賊ギルドに関係しているかもと思っていても、俺に対する態度には全く偏見も疑惑もなかったから信頼してもいいかもしれないが。
「偶々熱冷ましの薬を持っていたから、いるかなと思っただけなんだけどね」
薬というのは安くは無い。
死にかければ学院の方でもそれなりに対処してくれるが、『ちょっと具合が悪い』程度は誰も助けてくれず、ある意味かなり辛くても放置される可能性が高い。
そんな時に熱冷ましの薬を持ってきてくれるというのはとても有難い親切心だ。
例え必要なかったとしても。
「まあ、下町出身だからね。それなりに裏社会の人間とも面識はあるよ。
だけどそれを言うなら、大商人であるアレクの親父さんだって裏社会の人間と伝手はそれなりにあるだろ?」
アレクが首を横に振る。
「父ではなく、長兄なんだ。
ウチの実家では、15歳で成人したらビジネスを任されて、才覚を示すことでシェフィート家のビジネスの中でのポジションを得るんだ。
私は魔術師の才能があったから学院を卒業するまでは保留だけど。
卒業した暁には家業に参加するか、魔術師として独立するかを決めることになっている」
へぇぇ。
それなりにシビアなんだね、こいつの実家。
才能がない場合はどうなるんだろ?政略結婚の餌にでもされるのかな?
「長兄は数年前から西の方の貿易ルートを任されていた。あちらは薬関係の原料が色々豊富だからルートと供給源を開拓して着実にビジネスを広げてきたんだが・・・。
先日、社印が盗まれた」
中規模程度のビジネスならば大抵の契約は普通の判子を使う。
だが、シェフィート家ぐらいの大商人になったら当然ビジネスごとに社印を使うのだろう。
社印は魔具の一種だ。
登録した人間が息を吹きかけて押せば押した印が煌めく。
更に重要な契約の場合は登録者の血を蝋に混ぜて押せば社名が立体像として浮き上がるようになる。
つまり契約印としては極めて偽造しにくい訳だ。
腕のいい魔術師に金を出せば社印そのものを複製することは可能だが、製造者情報が不可避に印にも残るので裁判で契約印の正当性を争うことになった場合は、基本的に印にのこる製造者情報から偽造はばれてしまう。
だからビジネスにおいて、社印に対する信頼は絶大だ。
「何か大きな契約でも結ぶところだったのか?」
普通の日常的な契約だったら別に社印を態々使う必要は無い。
だが、大きな契約を締結する直前に社印を盗まれたら・・・契約締結が遅れるだけでなく、シェフィート家(もしくはアレクの長兄)の面子は丸潰れだ。
「そう。新薬の販売に関して大々的に合弁企画を合意する直前だったんだ」
「で、親父さんに知られずに犯人を見つけて社印を取り返すのに手伝いが欲しい訳?」
アレクがため息をついた。
「犯人は・・・次兄だろう」
あらま。
「えげつない兄貴だね」
アレクの口元が微かに歪んだ。
「商売人としての才能は長兄の方があると思う。だが・・・次兄の方がこういった人を陥れることに関しては思い切りがいいんだ」
「ライバルの足を引っ張るのも商売の重要な才能の一つじゃない?」
アレクが再び首を横に振った。
「シェフィート家ほどの大商人がライバルを陥れるような商売をしていたら、国の経済の為にならないと私は思っている。そう言うことをするなら、最終的にはライバルをどんな手でも潰して独占市場を形成するのが一番儲かるという結論になるからね」
なるほど。
「じゃあ、社印を取り返すとして。次兄を敵に回してもいいの、それともアレクが手伝っているって知られない範囲だけの手伝い?」
アレクが大きく息を吸った。
「私は魔術師になる。だから次兄のライバルにはならない。
ここで長兄を助けても・・・多分最終的には許してくれると思う。
許してくれないというのなら・・・そんな手段で長兄を陥れた次兄を私も許さない」
「つまり、お前が関与しているとバレてもいい訳だ」
「構わん」
ふ~ん。
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本当は無料で手伝いなんてしないんだけどさ。
アレクとの友情に対する投資と思うことにするか。
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