シーフな魔術師

極楽とんぼ

文字の大きさ
135 / 1,309
卒業後

134 星暦552年 紫の月 3日 呼び出し(2)

しおりを挟む
名目上ギルドの正メンバーからは抜けた俺は、定期的に変わる本部の位置は知らない。
だが、アスカに王都の下を散策する際についでに長を見かけたら場所を教えてくれと言ってあるので大体の場所は知っている。

長って意外と魔術師や幻獣の心眼サイトには目立つ人なんだよね。
魔術を発現させる能力は無いようだが、生命力・・・というか魔力は魔術師並みにある。
だから使用者の魔力を吸って稼動するような魔具だったら意外といい感じに使いこなせるかも。

・・・ま、それはともかく。

長はここ数日はカナバラ神殿のそばの酒場の下にいた。
俺が一人だったら下水道を通ってでも誰にも見慣れないルートを取るのだが、流石に学院長を連れて下水道を歩くのは躊躇われる。

しょうがないので俺と学院長に擬態イルズをかけて酒場を直接突っ切ることにした。

「お久しぶりです」
護衛に俺の召集状(左の薬指に穴の開いた手袋)を見せ、中に入った。
珍しく机から離れてソファでワインを飲んでいた長に声をかける。

「ハートネット学院長、説明も無く急な呼び出しに応じていただき、ありがとうございました。
ウィルも急に悪かったな」

学院長は小さく肩を竦めただけだった。
「願わくは、最近耳にする不穏な噂に関する答えをもらえると期待しているところだ。何が起きた?」

「どんな噂かは知りませんが・・・あれに関係ありそうですか?」
長がワイングラスで指したのは机の方だった。
反対側に回ったところで、床に転がった青が目に入る。

床に仄かに光る拘束結界の上に、ルシャーナ神の聖印を刻んだ鎖で縛られた、青の姿が。

「一体何が・・・」
長に尋ねようとして、青の異常に気がつく。

何かが青を浸食していた。
『青』というさまざまな色から出来上がった絵に上から薄い墨汁を重ね塗りして色を消していっているかのように、『青』の本質が霞んでいる。
代わりに見えるのは、悪寒を感じさせる・・・何か。

「悪魔憑き・・・か?」
学院長がつぶやいた。

悪魔憑きとは召喚術で呼び出した悪魔を自分もしくは他人に宿らせた状態を示す。
禁忌の一つであり、俺は見たことが無い。

「ハートネット殿もそう思われますか?」
長が疲れたように尋ねた。

「ここ1月ぐらい、人が姿を消しているんですよ。それだけでも嫌な予感を感じさせるのには十分なんですが、更に怖いことに最近、『急に聞き分けが良くなった』と言われる人間が数人いるような気がするんです。
青にもちょっと深読みしすぎだと笑われたんですけどね、一応調べさせていたら・・・。
今朝帰ってきた青が突然近寄ってきたかと思ったら対悪魔拘束結界が作動して、こうなったんです。
しょうがないから慌ててウィルにハートネット殿を呼び出してもらった訳です」

神殿の術というものは術者の能力で具現化するか、かけた後は『信心』というものが無ければあっという間に劣化する。
代わりにこの信心という糧があれば普通の魔術などとは比べ物にならないぐらい長持ちするのだが。

バカなのでない限り、自分の護身用の結界に信じていない神の結界を使ったりしない。
つまり、長は闇の神ルシャーナの信徒なのか。

意外~。
別に、闇の神といっても邪神などではない。
確かに闇の神から発した子神には邪神と化したものもそこそこいるが、ルシャーナ神そのものは健やかな眠りと安らぎを象徴する神として知られている。

ま、盗賊シーフが働きやすいよう、皆に安らかな眠りを賜えて下さい・・・というところかもしれないけど。

「悪魔憑きを払うには、魔術師よりも神官の方が向いている。その結界を張った人間を頼らなかったのか?」

「その知人も、姿を消した人間の一人なんですよ」
疲れたように答えながら長がワインを飲み干した。

自分の保護結界を張らせるほど信用していた知人に加え青まで失ったとなったら確かにショックは大きいだろうな。

「最近妙に聞きわけが良くなった人間って誰のことです?」
ここに実際に悪魔憑きの証拠がいるということは、何かが禁呪で行われているということ。
行動が明らかに変わった人間は真っ先に被害者として調べるべきだろう。

暗殺キルギルドの副長、アレサナ商会の長男、第2騎士団の副団長。
あと、皇太子妃候補のケレナ・ラズバリー嬢」

学院長が唸った。
暗殺キルギルド、王都有数の商会、更に王宮警備担当の騎士団。
極め付けに皇太子妃か?国を乗っ取るつもりなのか・・・。
アレサナ商会の跡取り息子と第2騎士団の副団長の噂だけしか聞いていなくても私は不安を感じていたというのに」

「ケレナ嬢はちょっとしたじゃじゃ馬で、皇太子妃なんて冗談じゃないと言っていたのにある日突然理想的な淑女に変身してラズバリー伯爵夫人を喜ばせたそうですよ」
長が皮肉げに付け加えた。

しっかし。
4人で国を乗っ取ることは出来ないが・・・。
商会と騎士団、皇太子を押さえ、最後の手段として暗殺もありとなると、陰から糸を引く人間はかなり有利に国を操れるかもしれない。

トップの人格が急に変わったら怪しまれるが、トップの片腕だった男が後を継いで上に立った際には少し印象が変わっても『立場が変わって一皮向けた』というところで見逃される可能性は高い。

それを狙って最初からトップから一段下の人間を悪魔を使って入手したとしたら・・・恐るべき計画能力と言わなければならない。


悪魔憑きもしくは悪魔による人のコントロールって解除できるんだっけ?
こういう禁呪は授業でもさらっとしかやら無かったから覚えていない。

ほんの3年の間に2回も禁呪にぶち当たるなんて、実は禁呪って思っていたよりもメジャーなのかもしれない。

・・・一度、きっちり対応策に関して調べておく方がいいかもしれないな。


しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

悪役令嬢が処刑されたあとの世界で

重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。 魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。 案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【毒僧】毒漬け僧侶の俺が出会ったのは最後の精霊術士でした

朝月なつき
ファンタジー
※完結済み※ 落ち着かないのでやっぱり旧タイトルに戻しました。  ■ ■ ■ 毒の森に住み、日銭を稼ぐだけの根無し草の男。 男は気付けば“毒漬け僧侶”と通り名をつけられていた。 ある日に出会ったのは、故郷の復讐心を燃やす少女・ミリアだった。 男は精霊術士だと名乗るミリアを初めは疑いの目で見ていたが、日課を手伝われ、渋々面倒を見ることに。 接するうちに熱に触れるように、次第に心惹かれていく。 ミリアの力を狙う組織に立ち向かうため、男は戦う力を手にし決意する。 たとえこの身が滅びようとも、必ずミリアを救い出す――。 孤独な男が大切な少女を救うために立ち上がる、バトルダークファンタジー。  ■ ■ ■ 一章までの完結作品を長編化したものになります。 死、残酷描写あり。 ↓pixivに登場人物の立ち絵、舞台裏ギャグ漫画あり。 本編破壊のすっごくギャグ&がっつりネタバレなのでご注意…。 https://www.pixiv.net/users/656961

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...