シーフな魔術師

極楽とんぼ

文字の大きさ
1,113 / 1,309
卒業後

1112 星暦558年 青の月 6日 創水の魔術回路(16)

しおりを挟む
「これと大匙一杯の砂糖を水に溶かして、その液体を各試作品に入れて振る?」
蒼流からの指示をシャルロが『はぁぁ?』と言う顔をしながら繰り返す。

ここ数日である程度効果があって有害では無い消毒ができる魔術回路の試作品が幾つか作れたのだが、今朝になって蒼流がシャルロに渡した粉と指示はイマイチ理解を超える内容だった。

『この粉は水で増えやすい菌を乾かした物で、濡れて休眠状態から覚醒して増えると緑色に見える性質がある。
菌は餌がある方が早く増えるから、多少の砂糖を水に入れて混ぜると結果が明らかになりやすいだろう』
蒼流が説明した。

へぇぇ。
砂糖が混じると菌が増えやすいんだ?
脂とか塩とかお酢が混じるとどうなるかちょっと興味があるが・・・まあ、あまり関係ないか。

しっかし、菌って粉の形状なんだ?
いや、至る所にあって今回は俺たちに与えやすい様に粉にしたんだろうけど、蒼流だったら水に溶けた状態でも持って来れただろうに。

増えすぎちゃったらダメだとでも思ったのかな?

まあ、取り敢えず。
「そんじゃあ全部にちょっとずつ入れて半日待つか。
・・・待っている間はどうする?」

半日ってちょっと微妙な時間なんだよなぁ。
「丁度いい。
今までの分の今年の収支報告書の詳細を確認してくれ。
私はその間に紺の月の収集計算をしておくよ」
アレクがぽんと手を叩きながら言った。

うげ~。
そう言えば、近いうちにあの元愛人女性とかシェフィート紹介から派遣される人間が定期的に来て書類作業を手伝うようになるんだったっけ。
そいつらが来た時に何も知らないと舐められるから、ちゃんと数字の流れとかどの位が通常なのかとか、理解しておく方がいいかも。

貴族な上に高位精霊から溺愛されているシャルロや、シェフィート商会のお坊ちゃんでこの工房の収支計算や契約をほぼ全て担っているアレクと違って、俺は単なるスラム出身の魔術師だからなぁ。
清早も中位精霊で助けてくれるけど、蒼流みたいな威厳には溢れてないし。

一応事業の共同経営者の一人だから面と向かってバカにはされないだろうが、内心『こいつだけ馬鹿なんじゃん』とか思われたら嫌だ。

とは言え。
まずは試作品のテストだな。

工房にはお茶の際に入れられるように砂糖が常備されているので、ポットに水と大匙一杯分の砂糖を入れた後に蒼流から貰った粉を放り込んでスプーンで適当に混ぜる。

考えてみたら、次にお茶を淹れるまでにこのポットを洗わないと多分危険だよな?

増えたら色が緑になるとは言っていたけど、人間がそれ飲んだらどうなるんだろ?
あまり緑な液体を飲みたいと思わないが。

「取り敢えず、直射日光の当たらない工房の奥に置いておこうか」
適当に混ぜた液体を各試作品に注ぎ、魔力を注いで消毒の魔術回路を起動してから奥の棚に並べて置く。

ついでに一つ、適当な容器にも液体を入れて横に置いておく。
試作品の中が全然緑になって無かったとして、それが魔術回路の効果なのか単に菌が増える時間が足りなかったのか、分からないと困るからな。

そんじゃあ書類に目を通しますか。

◆◆◆◆

「それじゃあ遂に!ご確認~!!」
ついつい泳ぎ勝ちになる目を無理やり書類に留めて今年分の収支の報告を確認し、パディン夫人に作ってもらった昼食を食べ、食後のお茶をゆっくり飲んだ俺たちは午前中に準備した試作品諸々の前に立っていた。

「トレーに敷いた白い布にまず消毒をしなかった容器の液体を流して緑っぽさの基準値にするぞ」
アレクがそう言いながら消毒しなかった容器を手に取った。

「ちゃんと緑になってるか?
上から見て全然変化が無いようだったらもう数刻待った方が良いかも」
書類を見るのはもう止めにしたいところだが、実験がちゃんと出来なかったら意味がない。

「・・・大丈夫。
緑になっている」
容器の蓋を開けて中を覗き込んだアレクが言った。

へぇぇ。
半日でそんなにはっきり見えるほど菌って増えるんだ?
見えない他の菌もどのくらい増えているのか、ちょっと気になるかも?

まあ、そんな菌の事を気にしないで今まで生きてきて平気だったんだから、無理に清潔さを保とうと意識する必要はないだろうけど。

変に菌とかが心眼《サイト》で見えなくて良かったかも。
半日でそれなりに増えるんだったら、気になって身の回りを確認し過ぎて落ち着かなそうだ。
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

悪役令嬢が処刑されたあとの世界で

重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。 魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。 案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【毒僧】毒漬け僧侶の俺が出会ったのは最後の精霊術士でした

朝月なつき
ファンタジー
※完結済み※ 落ち着かないのでやっぱり旧タイトルに戻しました。  ■ ■ ■ 毒の森に住み、日銭を稼ぐだけの根無し草の男。 男は気付けば“毒漬け僧侶”と通り名をつけられていた。 ある日に出会ったのは、故郷の復讐心を燃やす少女・ミリアだった。 男は精霊術士だと名乗るミリアを初めは疑いの目で見ていたが、日課を手伝われ、渋々面倒を見ることに。 接するうちに熱に触れるように、次第に心惹かれていく。 ミリアの力を狙う組織に立ち向かうため、男は戦う力を手にし決意する。 たとえこの身が滅びようとも、必ずミリアを救い出す――。 孤独な男が大切な少女を救うために立ち上がる、バトルダークファンタジー。  ■ ■ ■ 一章までの完結作品を長編化したものになります。 死、残酷描写あり。 ↓pixivに登場人物の立ち絵、舞台裏ギャグ漫画あり。 本編破壊のすっごくギャグ&がっつりネタバレなのでご注意…。 https://www.pixiv.net/users/656961

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...