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四章

「商人の街・ゴールディ―ウォール」その①

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 東南の海岸沿いにある大きな街の名はゴールディ―ウォールというらしいが、別名は『商人の街』である。
 誰かに雇われるより自分で色々やりたいと思っていたから、その街で情報収集しながらこの世界の商売を学ぶつもりだ。早く仕事と住む場所を決めなくては。こっちに来てまでニートとか嫌だし、働く意欲満々ですから。

「ご主人、一応報告しておきますが、あのエルフの匂いがしなくなりました」
「えっ、そうなの」

 スカーレットから良いお知らせがあり後方を確認したら、確かにストーカーになりつつあったアンジェリカはいなくなっていた。飽きてどこかに行ってくれたのならありがたい。

「なんだか胸がざわつく……」

 上空に気配を感じて反射的に見上げる。
 太陽光のせいではっきりとは見えないが、何か巨大な生き物が下りて来た。シルエットは鳥っぽい。

「なっ⁉ こ、これって、鳩か?」

 眼前に降り立ったのはマイクロバスぐらいある巨大な鳥だ。流石異世界生物、スゲー大きさで圧倒される。

「どうだ、可愛いだろ。今そこで捕まえたんだぞ」

 巨大な鳩の首元から顔を出し言ったのは、勿論アンジェリカである。やはりまだいやがったか。

「私って昔から動物に好かれるのよねぇ」

 嘘つくんじゃねぇよ、この腐れ外道エルフが。可哀相に鳩さん恐怖で顔が引き攣ってるぜ。しかも涙目で頭には大きなコブができてるし。

「で、なにがしたいんだよ」
「アキトはゴールディ―ウォールに行くんでしょ。私も偶々、ホンと偶然に行くつもりだったから、これで一緒に連れて行ってあげるわよ。さあ乗りなさい」
「いえ、結構です。歩いて行きますので。アンジェリカさんはどうぞお先に行ってください」

 誰が乗るかよ。関わり合いたくねぇんだよ。分かれっての。まあ分かるような奴ならここまで警戒しないけど。

「なんでよ、この私が乗せてやるって言ってるのに。アキト、私に喧嘩売ってるのね」
「こらこら、なんでそうなるんだよ。どんな解釈の仕方だ。とりあえず落ち着け。魔力を高めるんじゃないよ。マジで怖いから」

 こいつホンと面倒臭い。バカとか天然じゃなく、ただただ思考がぶっ飛んでいる。どんな育ち方したらこんな生き物になるんだよ。
 てか女神様、こんな危ない奴に最強の力を与えたらダメでしょ。

「アキト、本当に乗らないのか?」
「え~っと……」

 ここはどう答えるのが正解なんだ。全然分からない。何を言っても面倒なことになりそう。

「あ、歩いて行こうかなぁ……なんて」
「でも、お前の奴隷はもう乗ってるけどな」
「ってコラ、クリス、乗ってんじゃねぇ‼」
「フカフカで快適なのにゃ」
「そういう問題じゃねぇし‼」

 何してくれてんだよ、このトラブル製造機が。ホンとにこいつは可愛いだけのド天然ニャンコだよ。精神的疲労半端ねぇわ。

「スカーレット、あのバカの尻を噛んでこい」
「御意」

 スカーレットはバトルの時のように疾風迅雷の動きでクリスの後ろに回り込み、デカい桃尻に噛み付いた。
 クリスは悲鳴を上げて痛がったが、あまりに声が大きかったため、アンジェリカに「うるさい」と言われて頭を殴られた。

「ふえぇぇぇん、皆がクリスチーナをイジメるのにゃぁぁぁん」

 自業自得だ。まあ結局は可愛いから許すけど。

「時間がもったいないし、早く乗りなさいよ。この先はモンスターが多い場所もあるし、普通に山越えしてたら何日かかるか分からないぞ。だけど一直線に空を飛んで行ったら二時間ぐらいで着くわよ」
「そんなに早く着くのか」

 向こうでやらなきゃいけないこともいっぱいあるし、ここは素直に乗るのが得策かもしれない。

「じゃあ、一緒に乗せてもらうよ。街までよろしくな、アンジェリカ」
「ふん、はじめから素直に従えばいいのよ。面倒臭い男ねぇ、まったく」

 コノヤロー、てめぇにだけは言われたくないんだよ。
 そして巨大な鳩の背中に乗せてもらい空の旅をすることになった。
 鳩は四人も乗せているのに軽々と空高くまで飛び上がり、南へと針路をとる。

「ははっ、風が気持ちい~。最高ー‼」

 思わず笑いが出てそう叫ぶほどに空を飛んでいるのは気持ちよかった。
 アンジェリカみたいに魔法を使って自在に飛べたら、もっと最高な気分なんだろうな。それでアンジェリカに訊いてみたんだけど、魔法を使える冒険者職業になれば人間でも空を飛べるとのこと。
 だがアンジェリカのように何時でも何処でも好きなだけ、自由自在に飛び回る事は人間には無理らしい。戦闘や非常時に数分間飛ぶのがやっとのようだ。人間では風の精霊の力を上手く使えないんだと。アンジェリカは森や精霊と深く関わりのあるエルフだから、簡単に精霊魔法が使える。でも俺は半分ドワーフの血が入っているし、もしかしたら風の精霊の力を上手く使えるかもしれない。
 とか考えているうちに、既に先程まで居た森は見えないところまで来ていた。やっぱ鳥の移動速度は凄い。ヨットなんて目じゃない。恐らく時速100キロオーバーだと思う。ちゃんとしがみ付いていないと風圧で飛ばされそうだ。
 それから何度か鳩の休憩をいれながら東南へと飛ぶこと二時間、少し高度を下げるとなにやら潮の香がしてきて、左を見れば海が広がっていた。
 海を見ただけなのにテンションが上がる。向こうの世界では海水浴とか行ったことなかったし色々楽しみだ。本当にこの世界に来てからワクワクドキドキが止まらない。

「ほら、見えてきたわよ、アキト。あれが商人の街と称される、ゴールディ―ウォールよ。思ってたよりずっと大きいでしょ。ここより大きな街って他の大陸に行ってもないかもね」
「あぁ、でっかい街だから驚いてるよ。それに凄く綺麗な街並みだし」

 こりゃ凄い。本当に広大で建物が密集している中央部だけで五キロはありそう。
 日本では小さい普通の町かもしれないが、人口が多くないと思われるこの異世界ではトンでもなく大きな街だと思う。
 町並みはヨーロッパ風で赤やオレンジ系で統一された屋根が美しく、いい雰囲気を作っている。まるで地中海の有名な観光地のようだ。
 奥には山がそびえ街を見下ろすように大きくて立派な、貴族の屋敷っぽい建物が幾つもある。その中には神殿らしきものもあった。西側の山の部分はずっと遠くまで続いており広大な面積だが、その山々も街の一部ならもう大きさが分からない。
 海岸沿いには夥しい数の船が停泊し、漁業や貿易が盛んなことが分かる。もしかしたらこの辺りの海はモンスターが出ないのかもしれない。
 街の中には海に繋がる大きな川もあり、中央部から離れたところには湖も見えた。そして西側の広大な山々を除いて街全体を囲むように、高くて頑丈そうな城壁と呼べるものが作られている。恐らくモンスター対策だろう。
 上空からのぱっと見、城以外は何もかもそろっている大都会だ。海、街、山、という並びはテレビで見た神戸の地形に似ているかもしれない。
 街に見とれていたその時、アンジェリカは巨鳩を街から少し離れた森の中に着地させた。

「お前デカくてパワーありそうなのに飛ぶの遅いな。もう帰っていいぞ」

 全員が降りた後、アンジェリカは悪びれる様子もなく偉そうに言った。少しは感謝しろ、この暴君エルフが。

「鳩さんありがとう。本当にお疲れ様でした」

 心から感謝の言葉を発した。すると鳩さんは「クルックー」と鳴きながら会釈した。ように見える。
 なんて礼儀正しい子なんだろ。どこぞの鬼畜エルフには見習ってほしいものだ。

「送ってくれてありがとうなのにゃ。フカフカのベッドで寝てるみたいで気持ちよかったにゃ」

 クリスは鳩さんに抱きついて言った。

「ご主人を目的地まで送っていただき感謝です」

 スカーレットは優しく撫でながら言う。
 我が家の奴隷は二人ともちゃんとしてるね。相手が動物であっても感謝してお礼を言えるんだから。
 挨拶の後、鳩さんはアンジェリカの方を見ることもなく、そそくさと飛び上がり北の方へと消えた。

「ちょっとアキト、なんだか分かんないけどカチンときたんだけど。いま凄く暴れたいんだけど」

 ちょっ、その鬼の形相やめてぇ、超怖い。てかどこに引っ掛かってんだよ。鳩に優しく接したからって嫉妬すんじゃないよ。

「私にお礼がないとかおかしくないか」
「ありがとうございました」
「なんかその言い方ムカつく」
「なんでだよ」
「顔もムカつく」
「……」

 しるかっての。俺にどうしろってんだ。また可愛いとか言ってほしいのかよ。どうせ「はうっ」とか発してきょどるくせに。こうなったらもうダメ元で逃げるしかない。

「よし、街はすぐそこだ、行くぞお前ら」

 猛ダッシュして逃げその場にアンジェリカを放置した。
 勿論、優秀なスカーレットはタイミングよく合わせ、すぐ後ろについて来ている。だが駄目な方の天然星人猫娘は案の定逃げ遅れ、尚且つズッコケた。

「コラー、逃げるなぁ‼」

 逃げながらチラっと後ろを確認したら、アンジェリカがクリスのケツを蹴り上げているのが見えた。
 ごめんクリス。だが生贄としてはグッジョブ。お前が自力で追いつくことを願ってるぜ。街の入口の門のところで待ってるからな。
 逃走に成功した俺たちはそのまま森を走り抜け、街に続く道に辿り着く。この辺りからは街に向かう旅人や冒険者たちの姿があった。

「もうすぐそこだし、ここからは歩くとするか。クリスを置いてきたけど、やっぱ待ってやらないとな」
「はい、ご主人。しかしあのバカ猫は既に死んでいるかと思われますが」
「コラコラ、真顔で言うな。いくら狂暴でも、天然ボケの猫相手に本気で怒って無茶はしないだろ」
「金色の破壊神に理性や常識があるとは思えませんが」
「お、おう、言われてみればそうだな。村を破壊したばかりだし」

 スカーレットが真顔で感情を乗せず言うから少し怖くなったけど、流石に大丈夫だと思う……多分。
 てかあんなバカをやっちゃったら一生の恥でしょ恥。鬼畜戦歴とはいえ汚点を残すことになるっての。とか考えながらゆっくりと歩いていたら、あっという間にゴールディ―ウォールの入口まで辿り着く。
 眼前までくると城壁や門の巨大さがよくわかる。門の周りの一番高い部分は十五メートルはある。
 確か壁に使われている石は特殊な硬いもので、更に魔法で強化されておりトンでもなく頑丈だと、鳩の上でアンジェリカが言っていた。






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