泣いて謝られても教会には戻りません! ~追放された元聖女候補ですが、同じく追放された『剣神』さまと意気投合したので第二の人生を始めてます~

ヒツキノドカ

文字の大きさ
38 / 113
連載

ハルクの過去

しおりを挟む
「二人とも、街に入る前に話したことを覚えてる?」

 『英雄広場』からの移動中、ハルクさんがそんな風に切り出した。

「シャンとタックを置いてきたときの話ですか?」
「この街が前に竜に襲われたことがあるっつってたよな」

 私とレベッカが言うとハルクさんが頷いた。

「そう、その事件。五年前、その事件の解決に僕は力を貸したんだ。その功績によって屋敷を与えられたり、銅像を建てられたりしたわけだね」
「「あー……」」

 私とレベッカが納得したように声を揃える。

 ハルクさんがこの街で英雄扱いされていたり、お屋敷を持っているのは以前この街で竜退治に貢献したからだったようだ。

 思えばハルクさんが街に入る前、頭に布を巻いて正体を隠そうとしていたのもそれが理由だったんだろう。
 ハルクさんがいるとわかれば街の住民が大騒ぎをするだろうとわかっていたからだ。

「そんなにヤバい事件だったのか?」
「そうだね。その竜は単体でも強かったんだけど……何より『数』が膨大だった。千体以上の竜が一度に襲ってきたんだ。この街は魔術結界があったから何とかなったけど、他の街ならあっさり滅んでいたはずだよ」
「せ、千体って……」

 それは群れという次元ではないような気がする。

「そういう能力を持つ相手だったんだ。本体は一体だけど、それが残っている限り何体でも無限に眷属の竜を生み出してくる。危険度で言えば迷宮の主と同じか、それ以上だろうね」

 迷宮の主と同じかそれ以上の危険度。
 普通なら冗談かと思うような話だけど、ハルクさんの表情は真剣そのものだった。

「け、けど、さすがハルクさんです。そんな怪物をやっつけたんですよね?」
「……それは」

 私が聞くと、ハルクさんはつらそうに目を伏せた。

「ハルクさん……?」

 ハルクさんの表情は今まで見たことのないものだった。
 その瞳にははっきりと後悔が滲んでいる。取り返しのつかない失敗を思い出すように、ハルクさんの表情は陰鬱だった。

 私たちが何も言えずにいると、やがてハルクさんはこう口にした。

「……倒したのは、僕じゃない。この街にはその時もう一人強い剣士がいた。竜の本体を倒したのはその人だよ」
「え? それじゃあハルクさんは……」
「僕は本体が生み出した眷属竜たちの相手をしてた。本体は街から離れた場所から動こうとしなかったから、『街の防衛』と『竜本体の討伐』はどうしても分担しなきゃならなかったんだ」
「……なるほど」

 何だか迷宮復活の時を思い出す話だ。
 あの時は私とハルクさんが迷宮に突撃して、エドマークさんや衛兵、騎士の人たちが街を魔物から守っていた。

 五年前のシャレアでは街の防衛をハルクさんが、大元の撃破をもう一人の剣士が担ったということらしい。

 千体の眷属竜が街を襲ったというなら、ハルクさんが街の防衛に当たるのは決しておかしなことじゃない。

「聞いてた感じ、その本体のほうも強そうだけどな。ハルク抜きでよく倒せたな」
「ああ、彼女のほうが強かったからね」
「「え?」」
「いや、だから、その時いたもう一人の剣士のほうが僕より強かったんだよ。圧倒的に」

 …………ハルクさんより強い剣士……?

「人間ではない、ということでしょうか」
「そうだな。人型の魔物だった可能性もある」
「いや、彼女は普通の人間だったよ」

 そんな馬鹿な! ハルクさんですらもう人間の域を超えているというのに!

 いや、まあ、五年前の話だし、昔のハルクさんは今ほど強くはなかったのかもしれないけど……それにしたってとんでもない話だ。

 驚く私たちに、ハルクさんは声を落として告げた。

「……けど、彼女は死んだ。竜の本体と相討ちになってね。『英雄広場』にあった像を覚えているかい? あの女性の像が竜を倒した人物なんだよ」
「そ、そうだったんですか」

 当時のハルクさんより強かったその剣士は、街を襲った竜の大元と刺し違えた。

 それほどまでに五年前にこの街を襲った脅威は大きかったのだ。

「広場って言やあ、ハルク、お前街の連中に『剣聖』って呼ばれてたよな? あれ何でなんだ?」

 レベッカがそんなことを尋ねる。

 確かにそれも気になっていた。さっきの広場の女性像が『剣神』――ハルクさんの今の通り名を彫られていたのかも。

「五年前まで僕の通り名は『剣聖』だったんだよ。けどその時に変えた。彼女の通り名である『剣神』を継いで、どうしてもその名前を残したかったんだ。そのくらい、彼女は立派な剣士だったからね」
「ハルクさんはその人を尊敬してたんですね」
「……そうだね。うん。凄い人だったよ」

 懐かしむように言うハルクさん。

 世界最強の冒険者と言われるこの人が憧れるような剣士がかつてはいたのだ。
 けれどその人物は死んでしまって、代わりにハルクさんが継承した『剣神』という名前だけが残った。

「この街で『剣聖』って呼ばれてるのはその時の名残ってわけか」
「そうだね。僕が『剣神』を名乗り始めたのはこの街を出た後だから」

 そこまで話して、こほん、とハルクさんは咳ばらいをする。

「とりあえず事情はそんな感じ。長く話しすぎたね。そろそろ屋敷に着くころだよ」

 話を打ち切ってハルクさんは足を早めた。

「あの、ハルクさん」
「何だい?」
「いえ、その……何でもありません」

 私は質問しかけて、口をつぐんでしまう。

 ハルクさんの話には納得できた。けど、一つだけ気になっていることがある。

(……ハルクさんがあんなに落ち込んだ顔をしたのは、単に『尊敬できる人』を亡くしたというだけの理由なんでしょうか)

 ハルクさんは冒険者だ。魔物と戦うこの仕事では数えきれないくらい犠牲者も出ているだろう。
 そういう仕事柄、冒険者はある程度仲間の死に慣れているはず。

 なのにさっきのハルクさんの表情はひどくつらそうだった。

 ただ街で知り合っただけの剣士が死んでしまっただけで、ハルクさんがああも落ち込むだろうか。


 もしかして、その先代『剣神』は――ハルクさんにとって、もっと特別な人だったんじゃないだろうか。


「セルビア、どうかした?」
「だ、大丈夫です。すみません、行きましょう」

 私はそんな疑問を抱えつつ、前方のハルクさんに声をかけられて移動を再開するのだった。
しおりを挟む
感想 651

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人
ファンタジー
「お前のような女が聖女であるはずがない!」 婚約者の王子に、身に覚えのない罪で断罪され、婚約破棄を言い渡された公爵令嬢セレスティナ。 罰として与えられたのは、冷酷非情と噂される「氷の辺境伯」への降嫁だった。 それは事実上の追放。実家にも見放され、全てを失った――はずだった。 しかし、窮屈な王宮から解放された彼女は、前世で培った知識を武器に、雪と氷に閉ざされた大地で新たな一歩を踏み出す。 「どんな場所でも、私は生きていける」 打ち捨てられた温室で土に触れた時、彼女の中に眠る「豊穣の聖女」の力が目覚め始める。 これは、不遇の令嬢が自らの力で運命を切り開き、不器用な辺境伯の凍てついた心を溶かし、やがて世界一の愛を手に入れるまでの、奇跡と感動の逆転ラブストーリー。 国を捨てた王子と偽りの聖女への、最高のざまぁをあなたに。

地味で無能な聖女だと婚約破棄されました。でも本当は【超過浄化】スキル持ちだったので、辺境で騎士団長様と幸せになります。ざまぁはこれからです。

黒崎隼人
ファンタジー
聖女なのに力が弱い「偽物」と蔑まれ、婚約者の王子と妹に裏切られ、死の土地である「瘴気の辺境」へ追放されたリナ。しかし、そこで彼女の【浄化】スキルが、あらゆる穢れを消し去る伝説級の【超過浄化】だったことが判明する! その奇跡を隣国の最強騎士団長カイルに見出されたリナは、彼の溺愛に戸惑いながらも、荒れ地を楽園へと変えていく。一方、リナを捨てた王国は瘴気に沈み崩壊寸前。今さら元婚約者が土下座しに来ても、もう遅い! 不遇だった少女が本当の愛と居場所を見つける、爽快な逆転ラブファンタジー!

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

この国を護ってきた私が、なぜ婚約破棄されなければいけないの?

ファンタジー
ルミドール聖王国第一王子アルベリク・ダランディールに、「聖女としてふさわしくない」と言われ、同時に婚約破棄されてしまった聖女ヴィアナ。失意のどん底に落ち込むヴィアナだったが、第二王子マリクに「この国を出よう」と誘われ、そのまま求婚される。それを受け入れたヴィアナは聖女聖人が確認されたことのないテレンツィアへと向かうが……。 ※複数のサイトに投稿しています。

役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く

腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」 ――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。 癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。 居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。 しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。 小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。

団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました

毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作 『魔力掲示板』 特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。 平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。 今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。 2025/9/29 追記開始しました。毎日更新は難しいですが気長にお待ちください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。