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連載
通りすがりの冒険者です
しおりを挟む「とにかく、ここは私のほうでなんとかしておきます。セルビアさんはとっととここを離れてください」
とりあえず自分と学院長に回復魔術をかけたあと、学院長はそう言ってきた。
いや、ここを離れろと言われても。
「私がやったことですし、後始末まで任せるのは……」
「こんな騒ぎを起こしたからにはすぐに生徒や他の教員が集まってきます。
貴方は潜入任務中なのですから、目立つのは厳禁でしょう。いいからさっさと行きなさい」
「……はい」
学院長の言うことはもっともなので大人しく従うことにする。
部屋を出る直前、ぽんと書類の束が飛んできた。
「学院長、これはなんですか?」
「編入手続きのための書類です。必要事項を書き込んでおいてください。
本当はここで説明するつもりでしたが……まあ、オズワルド先生に聞けばだいたいわかるでしょう」
軽くめくってみると、名前や身分、経歴なんかを書くもの以外はすべて埋められていた。
中には筆記試験の点数まで記入済みのものがあった。
筆記試験なんて受けてないけど、まあ、要するに免除ということなんだろう。
とはいえ一応確認しておくことにする。
「これをもらえるってことは、試験は合格ってことでいいんですか?」
「そもそもこの測定は試験というよりただの手続きなのですが……どのみち、魔力水晶を割るほどの魔力なのですから文句はありません。
あなたのような逸材を見つけてくるなんて、さすがオズワルド先生ですわね」
学院長が半ば呆れたようにそんなことを言う。
ともあれ、どうやらこれで正式に潜入任務を行う手はずが整ったということだろう。
「オズワルド先生の研究室は『工学棟』の二階にあります。中庭を突っ切って右に行けばすぐに見えますから、迷うことはないでしょう」
「わかりました」
そんなやり取りをしてから私は部屋を出た。
▽
「中庭は……こっちですか」
『第一学院』の中を移動していく。
さすが世界最高峰の魔術学院だけあって敷地は広いけど、中庭は『測定室』を出てすぐの窓から見えたので迷うことはなかった。
制服姿ではないせいか、通りかかる生徒や教師に視線を向けられつつも目的地を目指す。
「……ん?」
中庭に出たところで、私はこんな光景に遭遇した。
「お前、いつになったら俺たちの言ってることを理解するんだ?」
「お前みたいなやつが学院にいたら俺たち他の生徒の品位まで下がるんだよ」
「ただの七光りで入学できただけの分際で、俺たちと同等になったつもりか!」
……うわあ。
中庭の端にあるベンチの前に、数人の男子生徒が固まっている。
どうやらベンチに座っている誰かを取り囲んで威圧しているようだ。
なんという典型的ないじめの現場。
教会にいた頃も、ああいうのよくあったなあ……
「ほら、何とか言ってみろよ! それとも痛い目に遭いたいか!?」
ベンチを囲んでいる男子生徒の一人がこれ見よがしに火の玉を手に浮かべた。
ま、まさかあれを人に向かって撃つつもりだろうか。
彼の仲間たちもニヤニヤ笑いを浮かべるばかりで、止めに入るような気配はない。
……仕方ない。
「【上位障壁】」
「うおっ!?」
男子生徒たちの目の前に障壁を張り、放たれた火の玉を遮る。
彼らは突然現れた半透明の障壁にぎょっとしたけれど、すぐに私に気付いて怒鳴りつけてきた。
「誰だてめえ!」
「誰と言われても……えっと、通りすがりの冒険者です。それより、数人がかりで一人を取り囲むのはどうかと思いますよ」
「なんで冒険者がここにいやがるんだ!」
「それには色々と事情がありまして……とにかく一旦落ち着きましょう。ね?」
適当に素性は濁しつつ、やんわりと仲裁を試みる。
視線を横にずらすと、絡まれていた人物の姿が目に入る。
「…………!?」
庇われたのがよっぽど予想外だったのか、私を見て硬直しているのは小柄な女子生徒だった。
白にも見える銀髪を頭の左右でくくっており、なんとなく気弱な雰囲気を感じる。
ちなみに男子生徒の数は四人。
その人数でこんなにか弱そうな女の子を虐めるというのはどうかと思う。
いや、人数とか性別の問題でもないけれど。
「はっ、いい度胸だな! 俺たちがルーカス様と懇意にしてると知っての狼藉か!?」
男子生徒の一人が何やら誇らしげに言い放ってくる。
「ルーカス様、ですか」
「そうだ。俺たちはあのルーカス・ライオット様と友誼を結んでいるのだ!」
これでわかるだろう? と言わんばかりの表情。
残念ながら私にはそれが誰なのかさっぱりわからない。
オズワルドさんみたいな魔術学者とかだろうか。いや、でもそれだと説明の仕方に違和感があるし……
私が内心で首を捻っていると、男子生徒たちは私に詰め寄ってくる。
「わかったらどけ! 俺たちはその生意気な女に罰を与えなきゃならないんだよ!」
「罰? この人が何か悪いことでもしたんですか?」
「その女の存在自体が罪だ!」
「ええ……」
もしかして特に理由はないんだろうか。
何にせよ、話し合いのできる雰囲気ではなさそうだ。
「このままこれを続けるなら、教師を呼んでくることになりますけど」
「はっ、何もわかってないんだな。呼びたいなら呼べばいい。俺たちには関係ない」
ううむ、これも駄目ですか。
なんで彼らがここまで強気なのかはわからないけど、虚勢を張っている様子はない。
これじゃあ本当に教師を呼んできても無駄かもしれない。
どうしようなあ、これ。
別に私がどうこうする必要もないんだろうけど、このまま見て見ぬフリをするのには抵抗がある。
何か穏便に済ませられる方法は……
あ、そうだ。
「――あなた方は全能神ラスティアをご存じですか?」
「は、はあ? そりゃ知ってるけど……急に何だよ」
唐突な私の質問に困惑したように頷く男子生徒たち。
ラスティア教はかなり大規模な宗教なので、私のいた国の外でも信仰する人は多い。
どうやら彼ら名前くらいは聞いたことがあるようだ。
私は平坦な口調で続ける。
「全能神ラスティアは人々の争いをもっとも嫌います。かの神に忌まれた者は加護を失い、死後冥神エルシュの世界に引きずり込まれることでしょう。
エルシュの作り出す世界は邪悪でおぞましいものです。
常人が目の当たりにすれば、泣きわめき正気を失ってしまうほどに」
「な、なんだよお前……なに言ってんだよ」
私の頭の中にあるのは祈祷の際の光景だ。
魔神が聖女候補たちに見せてくる精神汚染。
魔神を通して冥神の世界を垣間見るあれは、常人では耐えられるものじゃない。
淡々と言葉を発する私に男子生徒たちが気圧されたように顔を引きつらせる。
「要するに」
そんな彼らに私は視線を合わせた。
瞳から生気を抜き、髪を垂らして、口元をわずかに緩めて――
「こんな真似を続けていると地獄に落ちますよ、ということです」
「「「………………!!」」」
男子生徒たちはぞっとしたように目を見開き、数歩後ずさる。
「お、おい。なんかヤバいぞこいつ!」
「もう行こう! 早く逃げた方かいい気がしてきた!」
「今日のところはこのくらいにしといてやる!」
そんな捨て台詞を残して男子生徒たちはだだだーっ! と逃げ去っていった。
……おお、案外なんとかなるものですね。
やっぱり私の虚無顔(教会やら祈祷やらのことを思い出していると自然とそうなる)は、かなり威圧感があるようだ。
思えばハルクさんや初対面のシャンも、これを見たときちょっと引いていたような。
とはいえ、まさかいじめっ子が逃げ出すほどだとは……自分でやっておいてなんだけど、あの反応はちょっと傷つく。
私は絡まれていた小柄な女子生徒のほうを振り返る。
「勝手なことをしてすみません。とりあえず、この場は何とかなったと――」
「――なんでわたしを助けたりしたんですか?」
私の言葉を遮って女子生徒が言葉を発した。
その視線は何かを疑うような、どこか剣呑なもの。
「え? い、いえ、ただ困っていそうに見えたので」
「それだけですか? 本当に? あの雰囲気の中割って入っておいて?」
「ほ、本当にそれだけです」
「他に何かわたしを助ける理由があったんじゃないですか? わたしに恩を売ろうって思っていたんじゃないんですか?
そうでなければ、わたしを助ける意味なんてありませんし」
疑いのまなざしを私に向け続ける女子生徒。
な、なんでこんなに私は警戒されているんですか。
一応、絡まれているところを颯爽と助けたつもりだったんだけど……
「本当に私はただここを通りかかっただけですよ。なにも含むところはありません」
「……そうですか」
とりあえず正直に答えておくと、女子生徒はベンチから立ち上がった。
「助けてくださってありがとうございました。それじゃあ、わたしはこれで」
そして早口でそう告げると、女子生徒は銀髪を揺らして走り去っていった。
最後まで私と視線を合わせることなく。
銀髪少女の後ろ姿を見送りながら、私は思わず呟く。
「…………もしかして私、怖がられてたんでしょうか」
違うと信じたい。
▽
ちなみにその少しあとのこと。
「あれだけ目立つなと言っただろうがこのバカが……!」
「す、すみません! ですがあれには事情があって――」
「ほう、では聞かせてもらおうか。どんな事情があれば測定室を爆破した挙句、中庭で揉め事まで起こす事態になるのか」
「謝りますからその殺傷力の高そうな魔道具をしまってくださいオズワルドさん!」
研究室で合流したのち、事情をすでに知っていたオズワルドさんに私は筒型魔導具(『魔力銃』という魔力を飛ばす武器らしい)を突き付けられる羽目になった。
……そうなりますよね! やっぱり!
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