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創立記念祭③
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「私、いつハルクさんに他のパーティに誘われてたんですか?」
「……いや、方便だから。セルビアが困っていそうだったから一芝居打ったんだよ。迷惑だった?」
「いえ、とても助かりました」
私とハルクさんはルーカスたちから解放されたあと、ダンススペースの手前で話している。
本当に助かった。
ハルクさんが乱入してくれなければ、私は困りっぱなしだっただろう。
「それよりハルクさん、あんな口調ができたんですね」
「演技だよ……。あんな歯が浮くようなセリフ、僕が素で言えると思う?」
ハルクさんの表情は心なしかげっそりしている。
どうやらかなり無理をしてくれていたらしい。
「そうですか。何にしても、ありがとうございました」
「どういたしまして。……まったく、今日のセルビアは特に綺麗なんだから、少しは気をつけておいてほしかったよ」
「……」
「セルビア?」
「い、いえその、……なんでもないです」
視線を逸らして誤魔化しておく。
不思議なことに、さっきダンスに誘われたときのようにアプローチを受けるより、今のハルクさんの何気ない誉め言葉のほうが効いた。
……そういう不意打ちは心臓に悪いのでやめてほしい。
ハルクさんの場合、絶対に狙ってやってないだろうし。
話題を逸らす意味も込めて私はこんな話を振った。
「えーっと、今さらなんですが、ハルクさんはどうしてここにいるんですか?」
「あー……ちょっと嫌な予感がしたから警備にね」
「嫌な予感、ですか」
そのフレーズは以前も聞いたことがある。
幽霊屋敷でリッチを倒したあと、ハルクさんはそう言ったのだ。
しかもその後迷宮が出現しているし、その予感はばっちり当たっている。
「……実は私も、少しだけそんな気がします」
服飾店の帰りの視線といい、胸騒ぎがする。
ハルクさんの心配は、残念ながら笑い飛ばせない。
「何ごともないことを祈ろうか」
「はい……」
まあ、明確な根拠があるわけでもなし。
それより今はこのパーティを楽しむことにしよう。
「ハルクさん、よかったら踊りませんか? 私、ダンスパーティに参加するの初めてなので踊ってみたいです」
せっかく参加しているのだから立っているだけではもったいない。
私の申し出にハルクさんは難しい顔をする。
「うーん、僕はダンスはさっぱりだからなあ」
「そうなんですか?」
「こういう場は出ないようにしてたからね。……仕方ない、今覚えるよ」
そう言ってハルクさんはダンススペースに視線を向ける。
踊っている人たちを十秒ほど眺めてから、ハルクさんはふむと頷いた。
「うん、だいたい覚えたかな」
「毎度思いますが、ハルクさんは物覚えがいいとかいう次元じゃないですよね」
私の知る限りダンスの習得とはそういう感じじゃない。
まあ、ハルクさんのことだから覚えたというのは本当なんだろうけど。
音楽の切れ目を狙ってスペースに入っていく。
曲はゆったりとしたテンポの円舞曲。踊りやすい曲で助かる。
「ここでこう、こう、こう……」
ハルクさんの動きに合わせてステップを踏む。
おお、すごい。完璧だ。本当にあの一瞬で踊り方をマスターしたらしい。
これなら安心だなー、なんて思っていた矢先だった。
急にハルクさんの動きが加速した。
「下がって、すり足、ここで短めのステップを……」
「……あれ? ちょっ、ハルクさんなんか速くなってませんか」
「ここで回転を……」
「わああああ」
記憶をたどるのに集中しているせいでハルクさんの動きが徐々に人間を超え始める。
私はとても合わせることができず、態勢を崩し――
「あ」
「わぷっ」
鼻先からハルクさんの胸板に突っ込んだ。
「ご、ごめんセルビア! 大丈夫!? 完全に自分の動きに集中しちゃってた……!」
「……」
「せ、セルビア? もしかして本当にどこか痛かったりとか」
「……ぷっ、ふふっ……」
「笑ってる!?」
私は息を整えてから顔を上げる。
「ご、ごめんなさい。ふふ、ハルクさんにも苦手なことがあるんだと思うと、なんだかおかしくて」
「……だからって笑わなくても」
どこか拗ねたように言うハルクさんの姿が新鮮だ。
まあ、考えてみればハルクさんがダンスを苦手に思うのも当然かもしれない。
踊るときはパートナーに合わせて動きを調整する。
ハルクさんぐらい運動能力がずば抜けていると、相手に合わせるのも大変だろう。
「ではこうしましょう。私がリードしますから、ハルクさんはそれに合わせてください」
「セルビアはダンスができるのかい?」
「教会で習いましたからね。まあ、実際に男性と踊るのは初めてですが」
淑女教育の一環として、最低限の振りつけくらいは習得済みだ。
「左手を出してください」
「う、うん」
ハルクさんが差し出してきた手を取る。
「で、右手は私の肩のあたりに」
「……近くない?」
「こういうものです。あ、背筋は伸ばしてくださいね」
最初の姿勢を取ったら、音楽に合わせて決まったステップを踏んでいく。
うん、習ったのは何年も前だけどちゃんと体が覚えているようだ。
テンポさえわかれば問題ないようで、ハルクさんもきっちり私の動きに合わせてくれる。
少し踊れば、周りと遜色ないダンスを披露することができた。
「やっぱりハルクさんはすごいですね。もう動きを覚えてしまっています」
「……」
「ハルクさん?」
私が再度声をかけると、ハルクさんはふとこんなことを言った。
「なんというか、セルビアはちょっと頼もしくなったね」
「……? ダンスがですか?」
「それだけじゃなく、何というか全体的に。こう言ってはなんだけど、シャレアに来る前とは別人のようだよ」
ハルクさんの表情は素直に感心しているようだった。
どうやらお世辞を言っているわけではなさそうだ。
「まあ、この街に来てから色々ありましたからね。危険人物がいるかもしれない学院に潜入したり、模擬戦したり、ダンジョンで巨大な蛇に襲われたり」
「…………今回はセルビアばかりに大変な思いをさせてごめん……」
「い、いえそれはいいんですが」
ハルクさんが本気で落ち込んでいそうなので慌ててフォローしつつ、言葉を続ける。
「ですが今回のことで、私もちょっとは成長したのかもしれません。なので、これからはハルクさんも私を頼ってくれていいですからね!」
「――」
私が言うと、ハルクさんは少し驚いたような顔をして、やがて小さく笑った。
「そうだね。そうさせてもらうよ」
「はい!」
そんなやり取りをしつつ、私たちはしばらくダンスを楽しむのだった。
しばらく踊ってから、スペースの外縁部に戻ってくる。
「……だんだん視線が気になってきたね」
「そうですね……」
踊っているときからどうも注目されている気がする。
視線の大半は、ハルクさんを独占している私への嫉妬だろう。
ハルクさんはこの街の人にとって憧れの的だ。そんなハルクさんをいつまでも占有するのは少し気が引ける。
「仕方ありません。一旦別れましょうか」
「でも、それだとセルビアが困らない?」
「うーん……あ、そういえばオズワルドさんは来てないんですか?」
オズワルドさんなら頼めば少しくらい踊ってくれるような気がする。
しかしハルクさんは首を横に振った。
「いや、オズワルドは街の警備を担当してるんだ。今頃警備ゴーレムの整備をしてるはずだよ」
「そうですか……」
残念ながらオズワルドさんは不在のようだ。街の警備のためなら仕方ないけれど。
「じゃあ、レベッカと一緒にいることにします」
「あ、レベッカも来てるの? それならそのほうがいいだろうね」
「それとハルクさん、よかったらロゼを誘ってあげてくれませんか」
「ロゼっていうと……この間中庭の調査の時にいた?」
「はい」
すっかりはぐれてしまった友人のことを思い出しながら頷く。
ロゼはハルクさんのファンのようだったし、きっと喜んでくれるはず。
「わかった、誘ってみるよ。それじゃあまた後で」
「はい」
そんなやり取りをして私はハルクさんと別行動をとることにした。
「…………結局逃げきれませんでした……」
私はパーティ会場の外で力なく呻いた。
ハルクさんと別れたあと、レベッカを探し、気の強い彼女と一緒にいることでダンスの誘いを回避していた。
けれど追加で『因子改良した最高級豚の丸焼き』が出てからレベッカがそっちに夢中になってしまい、取り残された私は結局十人以上の男子とダンスをすることになったのだ。
……とても疲れた。
途中でルーカスに再突撃された時にはもう帰ろうかと思ったほどだ。
ルーカスからは再び愛の告白を受けたので、慎んでお断りしたところ、彼は泣きながら走り去ってしまった。
少しだけ申し訳なかったけど、まあルーカスなのでいいことにする。
そんなイベントも乗り越え、疲れた私はこうして休憩をしているのだった。
――と。
「……ッ! ここでもですか」
勢いよく振り返る。
例によって何も見当たらない。けれど確実に誰かに見られていた。
「誰ですか! 私に用があるなら出てきてください!」
声を張りあげても返事はない。
……いい加減、気のせいでは済ませなくなりつつある。
ハルクさんに相談したほうがいいかもしれない。
私が会場に戻ろうとすると、ちょうど出てきたばかりの人物と視線が合った。
「なんだ、ロゼですか」
「う、うん。そうだけど。……何かあったの?」
「……いえ、なんでもないです。すみません」
出てきたのはロゼ。手には水の入ったグラスを持っている。
一瞬さっきの視線について共有しようかと思ったけど、それはハルクさんに相談してからでも遅くない。
バーティの楽しい雰囲気を台無しにしても申し訳ないし。
ロゼは首を傾げながら、手に持ったグラスを渡してくる。
「はい、これお水。セルビア、さっきたくさん踊って疲れただろうから」
「ありがとうございます。助かります」
丁度喉が渇いていたので、ありがたくいただくとしよう。
ロゼから受け取った水を飲んでいると、ロゼがこんなことを言った。
「さっきハルク様がダンスに誘ってくれたよ。セルビアが頼んでくれたんだってね」
「いえいえ。ロゼは前にハルクさんに憧れてると言ってましたから」
「うん、そうだね」
ロゼはにっこりと笑って頷いた。
どうやらハルクさんは約束通りロゼと踊ってくれたようだ。あとでお礼を言っておかないと。
ハルクさんに頼んだ甲斐あって、ロゼもこんなに笑顔で――
「――セルビアが他の男に群がられている間、わたしはお情けで声をかけてくれたハルク様と踊ることができた。
周りに不釣り合いだって失笑されながら。
とっても惨めな気分だったよ」
「……え?」
最初、ロゼの発した言葉の意味がわからなかった。
それを徐々に理解して、私はぞくりと背筋を震わせる。
「ろ、ロゼ……? どうしてそんなことを言うんですか? 私はただ、」
「喜んで欲しかったって? 余計なお世話だよ、上から目線の気遣いなんて。綺麗な顔も、強い魔力も、人望も、名声も、わたしにないものを全部持ってるくせに!」
普段のロゼからは考えられないほどに強い語気。
その瞳には私に対する強い憎悪を感じた。
殺意と言い換えてもいいほどの。
目の前の光景が理解できない。
どうしてロゼは私のことをそんな目で見るのかわからない。
「――ぁ」
ぐら、と視界が揺れる。不可解な眠気がいきなり私を襲っていた。
「薬が効いてきたみたいだね。駄目だよ、人からもらったものを簡単に飲んだりしたら」
ロゼが嘲笑うように言った。
まさか、さっきの水に睡眠薬でも入っていたんだろうか。
「ロ、ゼ。私たち、友だちじゃ……」
「違う。わたしは、あなたのことを友達だなんて一度も思ったことはなかったよ」
吐き捨てるような返答。
それを聞いた直後、私の意識は途切れた。
「……いや、方便だから。セルビアが困っていそうだったから一芝居打ったんだよ。迷惑だった?」
「いえ、とても助かりました」
私とハルクさんはルーカスたちから解放されたあと、ダンススペースの手前で話している。
本当に助かった。
ハルクさんが乱入してくれなければ、私は困りっぱなしだっただろう。
「それよりハルクさん、あんな口調ができたんですね」
「演技だよ……。あんな歯が浮くようなセリフ、僕が素で言えると思う?」
ハルクさんの表情は心なしかげっそりしている。
どうやらかなり無理をしてくれていたらしい。
「そうですか。何にしても、ありがとうございました」
「どういたしまして。……まったく、今日のセルビアは特に綺麗なんだから、少しは気をつけておいてほしかったよ」
「……」
「セルビア?」
「い、いえその、……なんでもないです」
視線を逸らして誤魔化しておく。
不思議なことに、さっきダンスに誘われたときのようにアプローチを受けるより、今のハルクさんの何気ない誉め言葉のほうが効いた。
……そういう不意打ちは心臓に悪いのでやめてほしい。
ハルクさんの場合、絶対に狙ってやってないだろうし。
話題を逸らす意味も込めて私はこんな話を振った。
「えーっと、今さらなんですが、ハルクさんはどうしてここにいるんですか?」
「あー……ちょっと嫌な予感がしたから警備にね」
「嫌な予感、ですか」
そのフレーズは以前も聞いたことがある。
幽霊屋敷でリッチを倒したあと、ハルクさんはそう言ったのだ。
しかもその後迷宮が出現しているし、その予感はばっちり当たっている。
「……実は私も、少しだけそんな気がします」
服飾店の帰りの視線といい、胸騒ぎがする。
ハルクさんの心配は、残念ながら笑い飛ばせない。
「何ごともないことを祈ろうか」
「はい……」
まあ、明確な根拠があるわけでもなし。
それより今はこのパーティを楽しむことにしよう。
「ハルクさん、よかったら踊りませんか? 私、ダンスパーティに参加するの初めてなので踊ってみたいです」
せっかく参加しているのだから立っているだけではもったいない。
私の申し出にハルクさんは難しい顔をする。
「うーん、僕はダンスはさっぱりだからなあ」
「そうなんですか?」
「こういう場は出ないようにしてたからね。……仕方ない、今覚えるよ」
そう言ってハルクさんはダンススペースに視線を向ける。
踊っている人たちを十秒ほど眺めてから、ハルクさんはふむと頷いた。
「うん、だいたい覚えたかな」
「毎度思いますが、ハルクさんは物覚えがいいとかいう次元じゃないですよね」
私の知る限りダンスの習得とはそういう感じじゃない。
まあ、ハルクさんのことだから覚えたというのは本当なんだろうけど。
音楽の切れ目を狙ってスペースに入っていく。
曲はゆったりとしたテンポの円舞曲。踊りやすい曲で助かる。
「ここでこう、こう、こう……」
ハルクさんの動きに合わせてステップを踏む。
おお、すごい。完璧だ。本当にあの一瞬で踊り方をマスターしたらしい。
これなら安心だなー、なんて思っていた矢先だった。
急にハルクさんの動きが加速した。
「下がって、すり足、ここで短めのステップを……」
「……あれ? ちょっ、ハルクさんなんか速くなってませんか」
「ここで回転を……」
「わああああ」
記憶をたどるのに集中しているせいでハルクさんの動きが徐々に人間を超え始める。
私はとても合わせることができず、態勢を崩し――
「あ」
「わぷっ」
鼻先からハルクさんの胸板に突っ込んだ。
「ご、ごめんセルビア! 大丈夫!? 完全に自分の動きに集中しちゃってた……!」
「……」
「せ、セルビア? もしかして本当にどこか痛かったりとか」
「……ぷっ、ふふっ……」
「笑ってる!?」
私は息を整えてから顔を上げる。
「ご、ごめんなさい。ふふ、ハルクさんにも苦手なことがあるんだと思うと、なんだかおかしくて」
「……だからって笑わなくても」
どこか拗ねたように言うハルクさんの姿が新鮮だ。
まあ、考えてみればハルクさんがダンスを苦手に思うのも当然かもしれない。
踊るときはパートナーに合わせて動きを調整する。
ハルクさんぐらい運動能力がずば抜けていると、相手に合わせるのも大変だろう。
「ではこうしましょう。私がリードしますから、ハルクさんはそれに合わせてください」
「セルビアはダンスができるのかい?」
「教会で習いましたからね。まあ、実際に男性と踊るのは初めてですが」
淑女教育の一環として、最低限の振りつけくらいは習得済みだ。
「左手を出してください」
「う、うん」
ハルクさんが差し出してきた手を取る。
「で、右手は私の肩のあたりに」
「……近くない?」
「こういうものです。あ、背筋は伸ばしてくださいね」
最初の姿勢を取ったら、音楽に合わせて決まったステップを踏んでいく。
うん、習ったのは何年も前だけどちゃんと体が覚えているようだ。
テンポさえわかれば問題ないようで、ハルクさんもきっちり私の動きに合わせてくれる。
少し踊れば、周りと遜色ないダンスを披露することができた。
「やっぱりハルクさんはすごいですね。もう動きを覚えてしまっています」
「……」
「ハルクさん?」
私が再度声をかけると、ハルクさんはふとこんなことを言った。
「なんというか、セルビアはちょっと頼もしくなったね」
「……? ダンスがですか?」
「それだけじゃなく、何というか全体的に。こう言ってはなんだけど、シャレアに来る前とは別人のようだよ」
ハルクさんの表情は素直に感心しているようだった。
どうやらお世辞を言っているわけではなさそうだ。
「まあ、この街に来てから色々ありましたからね。危険人物がいるかもしれない学院に潜入したり、模擬戦したり、ダンジョンで巨大な蛇に襲われたり」
「…………今回はセルビアばかりに大変な思いをさせてごめん……」
「い、いえそれはいいんですが」
ハルクさんが本気で落ち込んでいそうなので慌ててフォローしつつ、言葉を続ける。
「ですが今回のことで、私もちょっとは成長したのかもしれません。なので、これからはハルクさんも私を頼ってくれていいですからね!」
「――」
私が言うと、ハルクさんは少し驚いたような顔をして、やがて小さく笑った。
「そうだね。そうさせてもらうよ」
「はい!」
そんなやり取りをしつつ、私たちはしばらくダンスを楽しむのだった。
しばらく踊ってから、スペースの外縁部に戻ってくる。
「……だんだん視線が気になってきたね」
「そうですね……」
踊っているときからどうも注目されている気がする。
視線の大半は、ハルクさんを独占している私への嫉妬だろう。
ハルクさんはこの街の人にとって憧れの的だ。そんなハルクさんをいつまでも占有するのは少し気が引ける。
「仕方ありません。一旦別れましょうか」
「でも、それだとセルビアが困らない?」
「うーん……あ、そういえばオズワルドさんは来てないんですか?」
オズワルドさんなら頼めば少しくらい踊ってくれるような気がする。
しかしハルクさんは首を横に振った。
「いや、オズワルドは街の警備を担当してるんだ。今頃警備ゴーレムの整備をしてるはずだよ」
「そうですか……」
残念ながらオズワルドさんは不在のようだ。街の警備のためなら仕方ないけれど。
「じゃあ、レベッカと一緒にいることにします」
「あ、レベッカも来てるの? それならそのほうがいいだろうね」
「それとハルクさん、よかったらロゼを誘ってあげてくれませんか」
「ロゼっていうと……この間中庭の調査の時にいた?」
「はい」
すっかりはぐれてしまった友人のことを思い出しながら頷く。
ロゼはハルクさんのファンのようだったし、きっと喜んでくれるはず。
「わかった、誘ってみるよ。それじゃあまた後で」
「はい」
そんなやり取りをして私はハルクさんと別行動をとることにした。
「…………結局逃げきれませんでした……」
私はパーティ会場の外で力なく呻いた。
ハルクさんと別れたあと、レベッカを探し、気の強い彼女と一緒にいることでダンスの誘いを回避していた。
けれど追加で『因子改良した最高級豚の丸焼き』が出てからレベッカがそっちに夢中になってしまい、取り残された私は結局十人以上の男子とダンスをすることになったのだ。
……とても疲れた。
途中でルーカスに再突撃された時にはもう帰ろうかと思ったほどだ。
ルーカスからは再び愛の告白を受けたので、慎んでお断りしたところ、彼は泣きながら走り去ってしまった。
少しだけ申し訳なかったけど、まあルーカスなのでいいことにする。
そんなイベントも乗り越え、疲れた私はこうして休憩をしているのだった。
――と。
「……ッ! ここでもですか」
勢いよく振り返る。
例によって何も見当たらない。けれど確実に誰かに見られていた。
「誰ですか! 私に用があるなら出てきてください!」
声を張りあげても返事はない。
……いい加減、気のせいでは済ませなくなりつつある。
ハルクさんに相談したほうがいいかもしれない。
私が会場に戻ろうとすると、ちょうど出てきたばかりの人物と視線が合った。
「なんだ、ロゼですか」
「う、うん。そうだけど。……何かあったの?」
「……いえ、なんでもないです。すみません」
出てきたのはロゼ。手には水の入ったグラスを持っている。
一瞬さっきの視線について共有しようかと思ったけど、それはハルクさんに相談してからでも遅くない。
バーティの楽しい雰囲気を台無しにしても申し訳ないし。
ロゼは首を傾げながら、手に持ったグラスを渡してくる。
「はい、これお水。セルビア、さっきたくさん踊って疲れただろうから」
「ありがとうございます。助かります」
丁度喉が渇いていたので、ありがたくいただくとしよう。
ロゼから受け取った水を飲んでいると、ロゼがこんなことを言った。
「さっきハルク様がダンスに誘ってくれたよ。セルビアが頼んでくれたんだってね」
「いえいえ。ロゼは前にハルクさんに憧れてると言ってましたから」
「うん、そうだね」
ロゼはにっこりと笑って頷いた。
どうやらハルクさんは約束通りロゼと踊ってくれたようだ。あとでお礼を言っておかないと。
ハルクさんに頼んだ甲斐あって、ロゼもこんなに笑顔で――
「――セルビアが他の男に群がられている間、わたしはお情けで声をかけてくれたハルク様と踊ることができた。
周りに不釣り合いだって失笑されながら。
とっても惨めな気分だったよ」
「……え?」
最初、ロゼの発した言葉の意味がわからなかった。
それを徐々に理解して、私はぞくりと背筋を震わせる。
「ろ、ロゼ……? どうしてそんなことを言うんですか? 私はただ、」
「喜んで欲しかったって? 余計なお世話だよ、上から目線の気遣いなんて。綺麗な顔も、強い魔力も、人望も、名声も、わたしにないものを全部持ってるくせに!」
普段のロゼからは考えられないほどに強い語気。
その瞳には私に対する強い憎悪を感じた。
殺意と言い換えてもいいほどの。
目の前の光景が理解できない。
どうしてロゼは私のことをそんな目で見るのかわからない。
「――ぁ」
ぐら、と視界が揺れる。不可解な眠気がいきなり私を襲っていた。
「薬が効いてきたみたいだね。駄目だよ、人からもらったものを簡単に飲んだりしたら」
ロゼが嘲笑うように言った。
まさか、さっきの水に睡眠薬でも入っていたんだろうか。
「ロ、ゼ。私たち、友だちじゃ……」
「違う。わたしは、あなたのことを友達だなんて一度も思ったことはなかったよ」
吐き捨てるような返答。
それを聞いた直後、私の意識は途切れた。
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