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2巻
2-2
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映像が途切れる。
「石板に残された記録は今のもので最後です」
教皇様がそう教えてくれた。どうやらこれ以上の情報はないようだ。
気になるところが多すぎる……!
ハルクさんが顎に手を当てて言う。
「……とりあえず、魔神の姿がわかったね。まさかあんなに大きいなんて」
「そうですね。頭が二つあることは知っていたんですけど」
「あれ、セルビアは魔神の外見を知ってたの?」
「まあ一応……部分的にはですけど」
私は頷いて続けた。
「王都には、祈祷のための祭壇が二つあります。一つは教会の地下、もう片方は王城の地下です。教会のほうには魔神の本体が、王城の地下には切り離された魔神の片方の頭が封じられているんです」
「王城の地下の祭壇か……確か聖女様が管理してるんだっけ?」
「はい」
まあ、魔神の頭が二つあることは聞かされていたけど、実物のサイズまでは知らなかった。あんな山みたいな巨体だったなんて……
「あとは、やっぱりあの剣だね」
「そうですね。魔神を倒すにはあの剣が必要なんだと思います」
初代聖女様を含め、あの場にいた三人にはそれぞれ役割があった。
初代聖女様は魔神の『封印』。
聖騎士は魔神の『討伐』。
鍛冶師は聖騎士が魔神を討伐するための『武器の作成』。
それらが魔神を倒すのに必要だったからこそ、神ラスティアは初代聖女様にお告げをして残り二人を集めさせたのだ。
今の状況はさっきの映像と似ている。
私には聖女候補としての力があるし、最強の冒険者であるハルクさんも味方してくれている。唯一足りないのが、魔神を斬れる剣だ。
教皇様が言う。
「お二人とも気付いたようですが、魔神討伐にあたって必要なのは剣――『神造鍛冶師』が打った宝剣です。それがなくては魔神と戦うことなどとてもできないでしょう」
「教皇猊下。普通の剣では駄目なんですか?」
「それは難しいというのが我々の考えです、『剣神』殿。魔神の体に触れると無機物でさえ劣化します。普通の剣では切断するまでもちません」
「……なるほど」
ハルクさんが難しい顔で頷く。
そういえば、魔神は土地だけでなく建物まで腐らせていたっけ。あんな規格外のものを斬るなら相応に特別な剣が必要というのは納得のいく話だ。
私は手を挙げて尋ねた。
「教皇様。その宝剣というのはどこにあるんですか?」
「残念ながら、宝剣は魔神討伐の際に砕けてしまいました。よって、新しいものを造らねばなりません」
「造れるんですか?」
教皇様は「おそらくは」と頷いた。
「宝剣を打てるのは『神造鍛冶師』だけ。ですが、長らくその所在は掴めていませんでした。最近になってようやくその居場所がわかったのです」
「ど、どこですか?」
「坑道都市『メタルニア』。そこで鍛冶屋を構えているそうです」
坑道都市メタルニア。
聞いたことのない街の名前だ。ハルクさんに視線を送ると、ハルクさんも行ったことはないようで首を横に振っている。
けれど……これはすごいことだ。必要なものも、それが手に入る場所までわかっている。魔神討伐という大言壮語が徐々に現実味を持ち始めていることに私はドキドキした。
「しかし一つだけ問題があります」
教皇様の言葉に私は目を瞬かせた。
「なにが問題なんですか?」
「簡単に言うと、私の部下に宝剣の作成を依頼させることができないのです」
「……どういう意味ですか?」
「教会の中には様々な意見があるのです。魔神を討伐するべきと考える者もいれば、いたずらに刺激するべきではない、このままの状態を維持するべきだと考える者もいます。後者にとっては私が宝剣を作ろうとすることなど許せないでしょう」
「そんな……!」
現状のままでいい? 聖女候補が心を削って祈祷を捧げないといけない状況なのに? 私には理解できない。確かに魔神討伐にリスクがまったくないとは言い切れないけど、この街の教会の内情を知っていたらそんな意見にはならないはずだ。
私の内心を読み取ったように教皇様は告げる。
「あくまでそういう意見もある、という話です。しかし私が宝剣を作るよう指示を出せば、教会が真っ二つに割れかねません。そうなれば私が教皇でいられなくなる可能性すらあります。――そこで、二人に提案したいことがあります」
教皇様はこう言葉を続けた。
「セルビア、そして『剣神』殿。あなたたち二人がメタルニアに行き、『神造鍛冶師』と交渉して宝剣を入手するのです」
……私たちがメタルニアに?
ハルクさんがなるほどと頷く。
「僕は元より、セルビアはすでに教会から追放されていますからね。教皇猊下と無関係である僕たちなら、教会の他派閥を刺激せずに宝剣を手に入れられるわけですか」
「話が早くて助かります、『剣神』殿。……もちろんこれは提案に過ぎません。実際にどうするかはお二人で決めてください」
教皇様の言い方だと、私たちが行く以外に方法がない、というわけではなさそうだ。
「セルビア、きみはどうしたい?」
ハルクさんが聞いてくる。魔神討伐は私が言い出したことだし、方針を決めるのは私の役目ということだろう。うーん……よし、決めた。
「わかりました。行きましょう」
「そうですか。理由を聞いても構いませんか?」
教皇様の質問に私はこう答えた。
「相手が私と同じ神ラスティアの加護を受けた人物なら、私が行くことで信用を得られるかもしれません」
「ふむ」
「それに――私とハルクさんはもともと色んなところを旅するつもりでしたから。行ったことのない場所なら、行ってみたいです」
後半はただの私欲である。
けど本心だ。坑道都市なんて聞いたこともないし、どんな場所なのか見てみたい。
宝剣ができるまで暇を持て余すよりずっと面白そうだ。
教皇様はくすりと笑った。
「いい答えです。では、二人にお任せしましょうか」
ハルクさんにも異論はなさそうで、そういうことになった。
「さて、ではお二人にはこれからメタルニアに向かっていただくわけですが、もちろん教会も全面的に支援します」
話がまとまり部屋を出ようとしたところで、教皇様がそんなことを言った。
それからさらさらと書類にペンを走らせ、印章を押し、完成したものを差し出してくる。
「これは……?」
「私の代理人であることを示す書状です。ラスティア教の人間なら、これを見せれば便宜を図ってくれるでしょう。制限はありますが、私と同等の権限を持てる道具だと考えていただければ」
「えっ」
なんだかすごいものを渡されている気がする。
ラスティア教というのは世界中に多くの信者を持つ一大宗教だ。その関係者の大半を協力者にできるというなら、これはとんでもない代物である。
「それと、これもお持ちください」
そう言って教皇様が追加で渡してきたのは、赤みを帯びた金属の欠片。
「これは?」
「宝剣の欠片です。まあ、『神造鍛冶師』の方がどんな性格なのかもわかりませんからね。信用してもらうための材料は多いほうがいいでしょう」
教皇様がそう補足する。
必要になるかはわからないけど、そういうことならありがたく借りておこう。
「ちなみにそれ、大変貴重ですのでなくさないでいただけると嬉しいです」
「どのくらい貴重なんですか?」
「紛失したら、私は教皇をやめさせられるでしょう」
そんな重要なものをぽんと渡さないでほしい。
ハルクさんならうっかり落としたり盗まれたりしないだろうから、あとで預けよう。
「……」
「ハルクさん、どうかしたんですか?」
「いえ、なんというか……随分協力的だと思って」
そう言って、ハルクさんは教皇様に視線を向けた。
「教皇猊下。僕たちは先日、王城に呼び出されて国王陛下と話をしてきました」
「ええ。その話も聞いています」
「陛下は、セルビアが『魔神を倒す』と言った時、とても否定的でした。魔神の脅威をよく知っているだけに、下手に刺激しないほうがいいと思っているんでしょう。しかし教皇猊下、あなたは似た立場にありながら僕たちに協力的すぎます。なにか理由があるんですか?」
言われてみれば。
教会の人間に絶大な効果を発揮する書状に、宝剣の欠片。
重要なものをこんなに簡単に渡すなんて不自然だ。
国王様がそうだったように、教皇様だって私たちの妨害を考えてもおかしくないというのに。
「そうですね……」
教皇様は半ば独白するように告げた。
「お二人は『もっとも優秀な聖女候補が王妃になる』という仕組みをどう思いますか?」
「「……?」」
急に尋ねられて困惑しつつ、私とハルクさんはそれぞれ答える。
「どうと言われても……私はそういうものだと思ってましたし」
「……僕は納得しかねます。王城に祭壇があるといっても、そちらも聖女候補を派遣して管理すればいいでしょう。わざわざ王妃として城に常駐させる必要はないかと」
「あー……」
ハルクさんの言葉を聞いて、確かに、と思い直す。
祭壇の管理は別にたった一人の聖女に任せる必要はない。
現に今も、聖女様が不在の時は聖女候補が出向いて祈祷をしているわけだし。
「『剣神』殿の言う通り、これは必要不可欠な制度ではありません。聖女候補の中から王妃を選ぶようになったのはごく最近のことです。理由は単純で、そうしないと聖女候補がもたないからです」
聖女候補は過酷な役目だ。
一般人なら一生触れずに済むようなおぞましい呪いを浴び続ける。中には発狂したり、逃げ出そうとしたり――自ら命を絶つ者も出てくる。
ハルクさんが硬い表情で問う。
「……王妃という地位を『餌』にしているということですか?」
「はっきり言えばそうなります。王妃になれば王城で贅沢な暮らしができる。その希望だけが、聖女候補たちの心の拠り所なのです」
要は馬の鼻先にぶら下げたニンジンのようなものだ。
聖女候補という貴重な人材を最大限酷使するための餌。
王妃というたった一つの椅子は、そのために用意されている。
「聖女候補たちが享楽にふけるのも仕方のないことでしょう。そうやって気を紛らわせなければ、彼女たちは正気を保つことすら困難なのです。歪んでいると思いませんか。少女の人生を縛って、絞りつくして、しかもそれが最善などと。……こんな場所は、あるべきではないのです」
教皇様の言葉は半ば独り言のようで、私たちを信じさせようとする意志は感じられない。
嘘じゃない、と直感した。
教皇様は本心から、聖女候補たちの現状を憂いている。
「その言葉が聞けて良かったです」
どうやらハルクさんも教皇様の言葉は本音だと判断したようだ。
……これ以上話すことはもうないかな。
私とハルクさんは教皇様に挨拶し、話を切り上げることにする。
部屋を出ようとすると、教皇様が忘れていたようにあるものを渡してきた。
「これは?」
「連絡用の魔晶石です。なにかあればこれを使ってください」
宝石のようにも見えるそれは、魔力を込めると遠方と通信できる特殊な鉱石らしい。
魔晶石を受け取り、私とハルクさんは今度こそ部屋をあとにした。
第二章 竜の双子
「――というわけなんです、国王陛下」
「なぜその流れで儂のところに来るのだ……」
爽やかに告げるハルクさんを見て、国王様はうんざりしたように溜め息を吐いた。
場所は王城の広間。
教会で教皇様との話し合いを終えた私たちは、その足でこの場所へやってきた。
「話はすでに終わっただろう。儂もエリザも、そなたらの魔神討伐などという妄言を受け入れた。それで充分だろう。まだなにか用があるのか?」
国王様の言葉に、隣に座る王妃エリザ様が何度も頷いている。
国王様は以前、迷宮討伐を終えた私たちに――というより私に『この国に残って祈祷を続けろ』と命じた。私が奥の手である【神位回復】を使ったり、ハルクさんが圧力をかけてくれなければ、今頃私は教会に戻されていたかもしれない。どんな手を使ってでも私を教会に連れ戻し、魔神の封印を続けさせようとする国王様の姿勢を見て、私は魔神討伐を決意した。魔神が存在する限り私に本当の自由はないと思ったからだ。
国王様の言う通り、国王夫妻と私たちは、話すべきことをもう消化しきっている。
【神位回復】だのハルクさんの威圧だのを目の当たりにした今では、私たちの姿なんて見たくないというのがこの二人の本音だろう。
『……あいつら一体なにしにきたんだよ』
『もしかしてまたあのわけわからん回復魔術を食らうことになるのか……?』
『シッ、静かにしろ。あの二人に聞こえたらどうする』
ちなみにこの謁見の間には相変わらず騎士たちの姿もある。
国王夫妻と同じく表情をこわばらせており、なんだか怯えたような雰囲気を出している。少なくとも襲ってくる気配はない。
そんな異様な空気の中、ハルクさんはこう告げる。
「僕とセルビアはこれからメタルニアに向かいます。ですから、その旅に必要な物資を用意していただきたいのです」
「なぜ儂がそんなことを……」
「前にここに来た時、きちんと言っておいたはずですよ。お忘れですか?」
「……」
黙り込む国王様。
そう言えば、確かにハルクさんはそんなことを言っていたような。
「……ええいっ、なにが必要か言え! 旅支度くらいはしてやる!」
「どうも。必要なものはこの紙に書いておきましたので」
国王様の目線を受けて進み出てきた騎士に、ハルクさんは懐から取り出した紙を渡す。
抜かりない。たぶん、宿にいた時に必要な物資をまとめておいてくれたんだろう。
「用は済んだか? ではさっさと――」
「いえ、まだです。次は国王陛下の印を押した証文を作っていただきます」
「………………は?」
唖然とする国王様に、ハルクさんはにっこり笑った。
「今後もなにか必要になるかもしれませんから、その際に書状が必要です。内容は、『冒険者ハルクとセルビアの支払いはすべて王家に請求するように』と。僕とセルビアの冒険者証と、王家の紋章を並べて押印すれば問題ないはずです」
国王様はしばらく唖然としてから、絞り出すように言った。
「そ、そなた……王家を財布代わりにするつもりか……⁉」
ハルクさんが言っているのは、今後魔神絡みでの出費はすべて王家に請求が行くようにするということだ。もともと魔神討伐に反対している国王様にとっては信じがたい申し出と言えるだろう。
「じょ、冗談ではない! なぜ儂がそんなことをせねばならんのだ!」
「何度も言わせないでください。魔神討伐に協力するようにと、先日言ったはずですよ」
「だからと言って限度がある! 貴様、調子に乗るのも大概にしたらどうだ!」
国王様が怒りだしてしまった。
けれどハルクさんはまったく動じず、自らの剣の柄を、とん、と鳴らした。
それからにっこり笑って、
「――証文を作っていただけますね?」
「…………用意、する……ッ!」
なんということだろう。あれだけ怒り狂っていた国王様があっさりハルクさんの言うことを聞き入れてしまった。
よく見ると国王様の顔は真っ青だし、膝はがくがく震えている。
まるで重大なトラウマを刺激されたかのようだ。
たぶん、前にハルクさんが国王様に耳打ちしていたアレだと思うけど……本当になにを言ったんだろう。
国王様は騎士に命じてすぐに紙とペンを取りに行かせ、その場で証文の作成を始める。
国王様が書類を作っている途中、ふと思い出したようにハルクさんが口を開いた。
「ああ、そういえば迷宮討伐の褒賞をまだ受け取っていませんでした。クリス殿下の代わりに国王陛下からいただけますか?」
「まだなにかあるのか⁉ そなたら、儂からどれだけのものを奪うつもりだ!」
そう喚く国王様に、ハルクさんはすっと目を細めた。
「国王陛下、これは先ほどのものとは意味合いが大きく異なります。……セルビアは教会を追放されたにもかかわらず、クリス殿下の尻ぬぐいとして危険な迷宮に入ることになりました。その対価は支払っていただきます」
「ぐっ……」
反論の言葉が見つからないようで、国王様はぎりぎりと奥歯を噛みしめる。
「ええい、なにが欲しいのだ! 美術品か⁉ それとも宝石か⁉」
やけっぱちのように叫ぶ国王様に、ハルクさんは淡々と告げた。
「竜です」
「は?」
「竜です」
国王様が震える声で訊き返した。
「じょ、冗談……だろう? あの飛竜は儂が大金をはたいて購入した――」
「いえ、竜をいただきます。飼育している場所まで案内していただけますか?」
あくまで意思を貫くハルクさん。
そういえば迷宮に向かうとき、クリス殿下から借りた飛竜に乗りながら「今回の件が終わったらクリス殿下には謝礼として竜をもらおう」という話をしてたなあ。
これはまずいと思ったのか国王様が縋るような瞳で私を見てきたので、退路を塞ぐつもりでにっこり笑っておく。不思議だ。普通なら罪悪感が湧いてもおかしくないのに、国王様相手だと何とも思わない。
「案内……しよう……」
国王様は力なくうなだれてそう言うのだった。
▽
案内された先は見るからに頑丈そうな石造りの厩舎だった。
ここは飛竜専用のようで、馬は一頭も見当たらない。
石造りの厩舎の奥まで行くと、檻の向こうに見覚えのある飛竜がいた。
「この二体が儂の所有する飛竜だ……」
国王様がそう紹介してくれる。
檻の中にいたのはそっくりな見た目をした二体の飛竜だった。
どちらも体長三Мほどで、金色の瞳やグレーの飛膜が特徴的だ。見分けがつかないほど似ているけど、片方がハルクさんを見た瞬間ぎょっとして後ずさりをした。
『…………くるるぅ』
「ハルクさん、怯えられていませんか?」
「……僕、もともと動物に嫌われやすいんだ。ポートニアで威圧したせいもあるんだろうけど……」
ハルクさんがなんとも言えない表情を浮かべる。
危機察知能力の高い動物にとって、圧倒的な強者であるハルクさんは恐怖の対象になってしまうようだ。
とはいえこの飛竜が私たち二人を乗せて飛んでくれることは実証済みだし、問題ないだろう。
「これからよろしくお願いしますね」
『グルル……』
私のことも一応主人だと認めてくれたのか、飛竜は噛みついてきたりはしなかった。
――と。
『グルルルァアアアッ!』
「ひええええっ⁉」
どがっしゃああん、という派手な音とともに私の目の前の鉄格子が衝撃で揺れた。
『グルルッ……!』
目を爛々と血走らせているのはさっきまでハルクさんに怯えていた竜――ではなく、同じ檻の中にいたもう一体の飛竜だ。
「石板に残された記録は今のもので最後です」
教皇様がそう教えてくれた。どうやらこれ以上の情報はないようだ。
気になるところが多すぎる……!
ハルクさんが顎に手を当てて言う。
「……とりあえず、魔神の姿がわかったね。まさかあんなに大きいなんて」
「そうですね。頭が二つあることは知っていたんですけど」
「あれ、セルビアは魔神の外見を知ってたの?」
「まあ一応……部分的にはですけど」
私は頷いて続けた。
「王都には、祈祷のための祭壇が二つあります。一つは教会の地下、もう片方は王城の地下です。教会のほうには魔神の本体が、王城の地下には切り離された魔神の片方の頭が封じられているんです」
「王城の地下の祭壇か……確か聖女様が管理してるんだっけ?」
「はい」
まあ、魔神の頭が二つあることは聞かされていたけど、実物のサイズまでは知らなかった。あんな山みたいな巨体だったなんて……
「あとは、やっぱりあの剣だね」
「そうですね。魔神を倒すにはあの剣が必要なんだと思います」
初代聖女様を含め、あの場にいた三人にはそれぞれ役割があった。
初代聖女様は魔神の『封印』。
聖騎士は魔神の『討伐』。
鍛冶師は聖騎士が魔神を討伐するための『武器の作成』。
それらが魔神を倒すのに必要だったからこそ、神ラスティアは初代聖女様にお告げをして残り二人を集めさせたのだ。
今の状況はさっきの映像と似ている。
私には聖女候補としての力があるし、最強の冒険者であるハルクさんも味方してくれている。唯一足りないのが、魔神を斬れる剣だ。
教皇様が言う。
「お二人とも気付いたようですが、魔神討伐にあたって必要なのは剣――『神造鍛冶師』が打った宝剣です。それがなくては魔神と戦うことなどとてもできないでしょう」
「教皇猊下。普通の剣では駄目なんですか?」
「それは難しいというのが我々の考えです、『剣神』殿。魔神の体に触れると無機物でさえ劣化します。普通の剣では切断するまでもちません」
「……なるほど」
ハルクさんが難しい顔で頷く。
そういえば、魔神は土地だけでなく建物まで腐らせていたっけ。あんな規格外のものを斬るなら相応に特別な剣が必要というのは納得のいく話だ。
私は手を挙げて尋ねた。
「教皇様。その宝剣というのはどこにあるんですか?」
「残念ながら、宝剣は魔神討伐の際に砕けてしまいました。よって、新しいものを造らねばなりません」
「造れるんですか?」
教皇様は「おそらくは」と頷いた。
「宝剣を打てるのは『神造鍛冶師』だけ。ですが、長らくその所在は掴めていませんでした。最近になってようやくその居場所がわかったのです」
「ど、どこですか?」
「坑道都市『メタルニア』。そこで鍛冶屋を構えているそうです」
坑道都市メタルニア。
聞いたことのない街の名前だ。ハルクさんに視線を送ると、ハルクさんも行ったことはないようで首を横に振っている。
けれど……これはすごいことだ。必要なものも、それが手に入る場所までわかっている。魔神討伐という大言壮語が徐々に現実味を持ち始めていることに私はドキドキした。
「しかし一つだけ問題があります」
教皇様の言葉に私は目を瞬かせた。
「なにが問題なんですか?」
「簡単に言うと、私の部下に宝剣の作成を依頼させることができないのです」
「……どういう意味ですか?」
「教会の中には様々な意見があるのです。魔神を討伐するべきと考える者もいれば、いたずらに刺激するべきではない、このままの状態を維持するべきだと考える者もいます。後者にとっては私が宝剣を作ろうとすることなど許せないでしょう」
「そんな……!」
現状のままでいい? 聖女候補が心を削って祈祷を捧げないといけない状況なのに? 私には理解できない。確かに魔神討伐にリスクがまったくないとは言い切れないけど、この街の教会の内情を知っていたらそんな意見にはならないはずだ。
私の内心を読み取ったように教皇様は告げる。
「あくまでそういう意見もある、という話です。しかし私が宝剣を作るよう指示を出せば、教会が真っ二つに割れかねません。そうなれば私が教皇でいられなくなる可能性すらあります。――そこで、二人に提案したいことがあります」
教皇様はこう言葉を続けた。
「セルビア、そして『剣神』殿。あなたたち二人がメタルニアに行き、『神造鍛冶師』と交渉して宝剣を入手するのです」
……私たちがメタルニアに?
ハルクさんがなるほどと頷く。
「僕は元より、セルビアはすでに教会から追放されていますからね。教皇猊下と無関係である僕たちなら、教会の他派閥を刺激せずに宝剣を手に入れられるわけですか」
「話が早くて助かります、『剣神』殿。……もちろんこれは提案に過ぎません。実際にどうするかはお二人で決めてください」
教皇様の言い方だと、私たちが行く以外に方法がない、というわけではなさそうだ。
「セルビア、きみはどうしたい?」
ハルクさんが聞いてくる。魔神討伐は私が言い出したことだし、方針を決めるのは私の役目ということだろう。うーん……よし、決めた。
「わかりました。行きましょう」
「そうですか。理由を聞いても構いませんか?」
教皇様の質問に私はこう答えた。
「相手が私と同じ神ラスティアの加護を受けた人物なら、私が行くことで信用を得られるかもしれません」
「ふむ」
「それに――私とハルクさんはもともと色んなところを旅するつもりでしたから。行ったことのない場所なら、行ってみたいです」
後半はただの私欲である。
けど本心だ。坑道都市なんて聞いたこともないし、どんな場所なのか見てみたい。
宝剣ができるまで暇を持て余すよりずっと面白そうだ。
教皇様はくすりと笑った。
「いい答えです。では、二人にお任せしましょうか」
ハルクさんにも異論はなさそうで、そういうことになった。
「さて、ではお二人にはこれからメタルニアに向かっていただくわけですが、もちろん教会も全面的に支援します」
話がまとまり部屋を出ようとしたところで、教皇様がそんなことを言った。
それからさらさらと書類にペンを走らせ、印章を押し、完成したものを差し出してくる。
「これは……?」
「私の代理人であることを示す書状です。ラスティア教の人間なら、これを見せれば便宜を図ってくれるでしょう。制限はありますが、私と同等の権限を持てる道具だと考えていただければ」
「えっ」
なんだかすごいものを渡されている気がする。
ラスティア教というのは世界中に多くの信者を持つ一大宗教だ。その関係者の大半を協力者にできるというなら、これはとんでもない代物である。
「それと、これもお持ちください」
そう言って教皇様が追加で渡してきたのは、赤みを帯びた金属の欠片。
「これは?」
「宝剣の欠片です。まあ、『神造鍛冶師』の方がどんな性格なのかもわかりませんからね。信用してもらうための材料は多いほうがいいでしょう」
教皇様がそう補足する。
必要になるかはわからないけど、そういうことならありがたく借りておこう。
「ちなみにそれ、大変貴重ですのでなくさないでいただけると嬉しいです」
「どのくらい貴重なんですか?」
「紛失したら、私は教皇をやめさせられるでしょう」
そんな重要なものをぽんと渡さないでほしい。
ハルクさんならうっかり落としたり盗まれたりしないだろうから、あとで預けよう。
「……」
「ハルクさん、どうかしたんですか?」
「いえ、なんというか……随分協力的だと思って」
そう言って、ハルクさんは教皇様に視線を向けた。
「教皇猊下。僕たちは先日、王城に呼び出されて国王陛下と話をしてきました」
「ええ。その話も聞いています」
「陛下は、セルビアが『魔神を倒す』と言った時、とても否定的でした。魔神の脅威をよく知っているだけに、下手に刺激しないほうがいいと思っているんでしょう。しかし教皇猊下、あなたは似た立場にありながら僕たちに協力的すぎます。なにか理由があるんですか?」
言われてみれば。
教会の人間に絶大な効果を発揮する書状に、宝剣の欠片。
重要なものをこんなに簡単に渡すなんて不自然だ。
国王様がそうだったように、教皇様だって私たちの妨害を考えてもおかしくないというのに。
「そうですね……」
教皇様は半ば独白するように告げた。
「お二人は『もっとも優秀な聖女候補が王妃になる』という仕組みをどう思いますか?」
「「……?」」
急に尋ねられて困惑しつつ、私とハルクさんはそれぞれ答える。
「どうと言われても……私はそういうものだと思ってましたし」
「……僕は納得しかねます。王城に祭壇があるといっても、そちらも聖女候補を派遣して管理すればいいでしょう。わざわざ王妃として城に常駐させる必要はないかと」
「あー……」
ハルクさんの言葉を聞いて、確かに、と思い直す。
祭壇の管理は別にたった一人の聖女に任せる必要はない。
現に今も、聖女様が不在の時は聖女候補が出向いて祈祷をしているわけだし。
「『剣神』殿の言う通り、これは必要不可欠な制度ではありません。聖女候補の中から王妃を選ぶようになったのはごく最近のことです。理由は単純で、そうしないと聖女候補がもたないからです」
聖女候補は過酷な役目だ。
一般人なら一生触れずに済むようなおぞましい呪いを浴び続ける。中には発狂したり、逃げ出そうとしたり――自ら命を絶つ者も出てくる。
ハルクさんが硬い表情で問う。
「……王妃という地位を『餌』にしているということですか?」
「はっきり言えばそうなります。王妃になれば王城で贅沢な暮らしができる。その希望だけが、聖女候補たちの心の拠り所なのです」
要は馬の鼻先にぶら下げたニンジンのようなものだ。
聖女候補という貴重な人材を最大限酷使するための餌。
王妃というたった一つの椅子は、そのために用意されている。
「聖女候補たちが享楽にふけるのも仕方のないことでしょう。そうやって気を紛らわせなければ、彼女たちは正気を保つことすら困難なのです。歪んでいると思いませんか。少女の人生を縛って、絞りつくして、しかもそれが最善などと。……こんな場所は、あるべきではないのです」
教皇様の言葉は半ば独り言のようで、私たちを信じさせようとする意志は感じられない。
嘘じゃない、と直感した。
教皇様は本心から、聖女候補たちの現状を憂いている。
「その言葉が聞けて良かったです」
どうやらハルクさんも教皇様の言葉は本音だと判断したようだ。
……これ以上話すことはもうないかな。
私とハルクさんは教皇様に挨拶し、話を切り上げることにする。
部屋を出ようとすると、教皇様が忘れていたようにあるものを渡してきた。
「これは?」
「連絡用の魔晶石です。なにかあればこれを使ってください」
宝石のようにも見えるそれは、魔力を込めると遠方と通信できる特殊な鉱石らしい。
魔晶石を受け取り、私とハルクさんは今度こそ部屋をあとにした。
第二章 竜の双子
「――というわけなんです、国王陛下」
「なぜその流れで儂のところに来るのだ……」
爽やかに告げるハルクさんを見て、国王様はうんざりしたように溜め息を吐いた。
場所は王城の広間。
教会で教皇様との話し合いを終えた私たちは、その足でこの場所へやってきた。
「話はすでに終わっただろう。儂もエリザも、そなたらの魔神討伐などという妄言を受け入れた。それで充分だろう。まだなにか用があるのか?」
国王様の言葉に、隣に座る王妃エリザ様が何度も頷いている。
国王様は以前、迷宮討伐を終えた私たちに――というより私に『この国に残って祈祷を続けろ』と命じた。私が奥の手である【神位回復】を使ったり、ハルクさんが圧力をかけてくれなければ、今頃私は教会に戻されていたかもしれない。どんな手を使ってでも私を教会に連れ戻し、魔神の封印を続けさせようとする国王様の姿勢を見て、私は魔神討伐を決意した。魔神が存在する限り私に本当の自由はないと思ったからだ。
国王様の言う通り、国王夫妻と私たちは、話すべきことをもう消化しきっている。
【神位回復】だのハルクさんの威圧だのを目の当たりにした今では、私たちの姿なんて見たくないというのがこの二人の本音だろう。
『……あいつら一体なにしにきたんだよ』
『もしかしてまたあのわけわからん回復魔術を食らうことになるのか……?』
『シッ、静かにしろ。あの二人に聞こえたらどうする』
ちなみにこの謁見の間には相変わらず騎士たちの姿もある。
国王夫妻と同じく表情をこわばらせており、なんだか怯えたような雰囲気を出している。少なくとも襲ってくる気配はない。
そんな異様な空気の中、ハルクさんはこう告げる。
「僕とセルビアはこれからメタルニアに向かいます。ですから、その旅に必要な物資を用意していただきたいのです」
「なぜ儂がそんなことを……」
「前にここに来た時、きちんと言っておいたはずですよ。お忘れですか?」
「……」
黙り込む国王様。
そう言えば、確かにハルクさんはそんなことを言っていたような。
「……ええいっ、なにが必要か言え! 旅支度くらいはしてやる!」
「どうも。必要なものはこの紙に書いておきましたので」
国王様の目線を受けて進み出てきた騎士に、ハルクさんは懐から取り出した紙を渡す。
抜かりない。たぶん、宿にいた時に必要な物資をまとめておいてくれたんだろう。
「用は済んだか? ではさっさと――」
「いえ、まだです。次は国王陛下の印を押した証文を作っていただきます」
「………………は?」
唖然とする国王様に、ハルクさんはにっこり笑った。
「今後もなにか必要になるかもしれませんから、その際に書状が必要です。内容は、『冒険者ハルクとセルビアの支払いはすべて王家に請求するように』と。僕とセルビアの冒険者証と、王家の紋章を並べて押印すれば問題ないはずです」
国王様はしばらく唖然としてから、絞り出すように言った。
「そ、そなた……王家を財布代わりにするつもりか……⁉」
ハルクさんが言っているのは、今後魔神絡みでの出費はすべて王家に請求が行くようにするということだ。もともと魔神討伐に反対している国王様にとっては信じがたい申し出と言えるだろう。
「じょ、冗談ではない! なぜ儂がそんなことをせねばならんのだ!」
「何度も言わせないでください。魔神討伐に協力するようにと、先日言ったはずですよ」
「だからと言って限度がある! 貴様、調子に乗るのも大概にしたらどうだ!」
国王様が怒りだしてしまった。
けれどハルクさんはまったく動じず、自らの剣の柄を、とん、と鳴らした。
それからにっこり笑って、
「――証文を作っていただけますね?」
「…………用意、する……ッ!」
なんということだろう。あれだけ怒り狂っていた国王様があっさりハルクさんの言うことを聞き入れてしまった。
よく見ると国王様の顔は真っ青だし、膝はがくがく震えている。
まるで重大なトラウマを刺激されたかのようだ。
たぶん、前にハルクさんが国王様に耳打ちしていたアレだと思うけど……本当になにを言ったんだろう。
国王様は騎士に命じてすぐに紙とペンを取りに行かせ、その場で証文の作成を始める。
国王様が書類を作っている途中、ふと思い出したようにハルクさんが口を開いた。
「ああ、そういえば迷宮討伐の褒賞をまだ受け取っていませんでした。クリス殿下の代わりに国王陛下からいただけますか?」
「まだなにかあるのか⁉ そなたら、儂からどれだけのものを奪うつもりだ!」
そう喚く国王様に、ハルクさんはすっと目を細めた。
「国王陛下、これは先ほどのものとは意味合いが大きく異なります。……セルビアは教会を追放されたにもかかわらず、クリス殿下の尻ぬぐいとして危険な迷宮に入ることになりました。その対価は支払っていただきます」
「ぐっ……」
反論の言葉が見つからないようで、国王様はぎりぎりと奥歯を噛みしめる。
「ええい、なにが欲しいのだ! 美術品か⁉ それとも宝石か⁉」
やけっぱちのように叫ぶ国王様に、ハルクさんは淡々と告げた。
「竜です」
「は?」
「竜です」
国王様が震える声で訊き返した。
「じょ、冗談……だろう? あの飛竜は儂が大金をはたいて購入した――」
「いえ、竜をいただきます。飼育している場所まで案内していただけますか?」
あくまで意思を貫くハルクさん。
そういえば迷宮に向かうとき、クリス殿下から借りた飛竜に乗りながら「今回の件が終わったらクリス殿下には謝礼として竜をもらおう」という話をしてたなあ。
これはまずいと思ったのか国王様が縋るような瞳で私を見てきたので、退路を塞ぐつもりでにっこり笑っておく。不思議だ。普通なら罪悪感が湧いてもおかしくないのに、国王様相手だと何とも思わない。
「案内……しよう……」
国王様は力なくうなだれてそう言うのだった。
▽
案内された先は見るからに頑丈そうな石造りの厩舎だった。
ここは飛竜専用のようで、馬は一頭も見当たらない。
石造りの厩舎の奥まで行くと、檻の向こうに見覚えのある飛竜がいた。
「この二体が儂の所有する飛竜だ……」
国王様がそう紹介してくれる。
檻の中にいたのはそっくりな見た目をした二体の飛竜だった。
どちらも体長三Мほどで、金色の瞳やグレーの飛膜が特徴的だ。見分けがつかないほど似ているけど、片方がハルクさんを見た瞬間ぎょっとして後ずさりをした。
『…………くるるぅ』
「ハルクさん、怯えられていませんか?」
「……僕、もともと動物に嫌われやすいんだ。ポートニアで威圧したせいもあるんだろうけど……」
ハルクさんがなんとも言えない表情を浮かべる。
危機察知能力の高い動物にとって、圧倒的な強者であるハルクさんは恐怖の対象になってしまうようだ。
とはいえこの飛竜が私たち二人を乗せて飛んでくれることは実証済みだし、問題ないだろう。
「これからよろしくお願いしますね」
『グルル……』
私のことも一応主人だと認めてくれたのか、飛竜は噛みついてきたりはしなかった。
――と。
『グルルルァアアアッ!』
「ひええええっ⁉」
どがっしゃああん、という派手な音とともに私の目の前の鉄格子が衝撃で揺れた。
『グルルッ……!』
目を爛々と血走らせているのはさっきまでハルクさんに怯えていた竜――ではなく、同じ檻の中にいたもう一体の飛竜だ。
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