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ギルシュ・ガーデナー➄
しおりを挟むシグにかけていた【思考掌握】が無効化されている感覚があった。
シグが動く。
クゥから剣を引き抜き、ひゅんっと軽く振るう。
「……は?」
その光景をギルシュは呆然と見た。
クゥを拘束していた氷の茨は砕け、『封魔の腕輪』が破壊された。
倒れ込んできたクゥを抱き留め、呟くように言う。
「……無茶してんじゃねえよ」
「あはは……でも、上手くいったじゃないか」
「そうだな。……ああ、助かった」
その光景を見て驚愕するのはギルシュだ。
「馬鹿な! なぜ動ける!? どうやって僕の術から逃れた!?」
ギルシュの言う通り、シグは【思考掌握】から抜け出している。そうでなければクゥの拘束を破壊することなど不可能だ。
鍵はシグの握る精霊武装の剣。
マナの伝導率が高いこの剣をクゥの体に刺したことで、クゥの肉体を形成している膨大なマナがシグに流れ込んだ。しかも普段のマナ供給と違ってクゥによる調整なしで。
今のシグは、クゥが進化した瞬間ほどではないが、大量のマナを宿している。
量にしてクゥが保有するマナの約三分の一。
今のシグが破裂せずに許容できる限界値。
対象のマナに干渉して操るギルシュの精霊術など維持できるはずがない。そんな次元の密度ではない。
それを見越してクゥはシグの剣を受け入れたのだ。
もっとも、そんなことをわざわざ教えるわけがない。
「自分で考えやがれボケ」
「……ッ、ならばもう一度操るまでだ!」
ギルシュが氷の矢を作り出し空中に並べた。その数五十。
だが――届かない。
「【<雲>風付与】」
シグの【風】属性魔力を帯びた剣に軒並み撃ち落とされた。
翡翠色に輝く巨剣を振るうシグの動きに負傷の影響は感じられない。
愕然とするギルシュを放置し、シグは呆れたように手で抱える少女を見る。
驚いているのはシグも同じだった。
「……どうも俺の怪我が治ってるらしいんだが、お前何かしたのか?」
ギルシュに操られ、自傷した左足や左手、腹の傷などが揃って完治している。思い通りに動けるのがかえって不気味だった。
クゥは以下のように説明した。
「ぼくの体と……同じ。高密度のマナは肉や内臓に変換できる。精霊武装を通して、流れ込んだぼくのマナが……シグの欠損した肉体を修復したんだ」
つまり、自己再生機能。
膨大なマナが損傷したシグの臓器や血液、皮膚などに変化して傷を癒したのだ。
シグの体は完全に回復した。
「馬鹿な――あれだけの傷が……!?」
ギルシュが驚愕する。
クゥは自らを支えるシグの手から離れようとして、ふら、と態勢を崩した。
慌ててシグが支えると、クゥは力なく笑う。
「……体の自由が利かないや」
「腕輪は壊したぞ」
「たぶん、薬かな? セリアの淹れてくれたお茶に、何か混ざってたみたいだったから」
クゥは意識こそ保っているものの、立っていることすら辛そうだ。
「いい。お前はここで待ってろ」
「……、」
「いい加減俺も、前に進まなきゃならねえ」
シグにとってギルシュ・ガーデナーはトラウマの象徴だ。
だからこそ越えなくてはならない。クゥの手を借りることなく。
あんな卑怯者に打ち破ることすらできずに――どうして六大魔境の制覇という大口が叩けるだろう。
わかった、とクゥは短く呟いた。
「忌々しい落ちこぼれがぁ! 僕に勝てるつもりでいるのか!?」
ギルシュの精霊は【心】と【氷】の複合属性だ。
氷属性の術も得体のしれない力によって強化されている。
ギルシュが生み出した束状の氷の茨が、轟然と向かってくる。触れただけの地面を抉るほどのおそろしい威力、速度。
シグは精霊術を使わなかった。
「フ――――……」
ただ、『構え』を取る。
直後、シグを貫こうとした氷の茨が軒並み叩き落された。
弧を描く剣閃がまるで結界のようにギルシュの精霊術を寄せ付けない。
「な、あ……!?」
ギルシュの目にはシグの剣の軌道が見切れない。
ギルシュの前方でシグが片足を大きく引いた。半身になり、体を低く沈める。
先ほどとは違う『構え』。
それが攻撃のためのものであることは明らかだった。
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