うちのお猫様は、私に冷たい

こむぎダック

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12話

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 叩かれる!

 ぎゅっと目を瞑り首を竦めて、続く衝撃に堪えようと身構えた私だけど・・。

 あれ?
 あれあれ?

 何時まで経っても、何処も痛くない?

 恐る恐る開いた目に映ったのは、お兄様の大きな背中。

 お兄様がイザベラ嬢が振り上げた、扇子を握った手を掴んで、私が叩かれない様に止めてくれていたの。

「どういう積りだ。イザベラ」

 うわあ。
 お兄様って、こんな怖い声を出せたんだ。
 全然知らなかった。

「ア・・・アシン・・・だってこの平民が」

「はあ?平民?君は僕の従兄弟。ラシール侯爵家の養女に向かい、平民などと暴言を吐くのか?!」

「だ・・・だって、この子の母親は、平民の娼婦で」

「イザベル・フォン・ハイム!!リーシャの母親は、東方の国のれっきとした貴族の出身の方だ!!それを娼婦などと貶めるとは、無礼にも程がある!!」

「え?でも・・・だって。そう聞いて・・・」

私のお母様って、東方の貴族だったの?
初めて聞いた。

「聞いたからなんだ?何処でそんな下卑た噂を聞いたのか知らないが、事実を確かめもせず、侯爵家の人間を、たかが伯爵家の人間が貶めていいと思っているのか!恥を知れ!!」

「だって・・・だって」

「そもそも君には招待状を送っていない。どうやって入り込んだ!!」

 まあ!嫌だ!
 招待状も無く紛れ込んだの?
 恥知らずな御令嬢だな。

 ヒソヒソ・コソコソ。

 激怒したお兄様と、周りの冷たい視線に、イザベラ嬢は真っ青になって震えています。

 可愛そうに・・・なんて思えない。

 お兄様の知り合いって事は、成人した人の筈でしょ?それなのに分別も無く、子供を虐める人に、情けは必要なのかしら?

「陛下から贈られたドレスまで台無しにし、僕の継承のパーティーを妨害するとは。この事は陛下にもご報告し、ハイム家へ正式な抗議をさせて貰う!!」

「そんな!アシン待って」

「触るな!汚らわしい!!そこの仲間も唯で済むと思うな!」

 縋ろうとするイザベラ嬢の手を、お兄様が振り払ったとき。

 ビッ!ビビビッ!
 ビリビリビリビッ!!

「え?キッ?!キャアーーーーーッ!!」

 イザベラ嬢の絹を裂く悲鳴と、本当に絹のドレスが無残に引き裂かれて行く音とが、会場中に響き渡りました。

 何事?

 と、お兄様の脇の下から、イザベラ嬢を覗き見ると、ドレスの裾を踏みつけ、スカートに噛みついたオニキスが、首を振って真っ赤なドレスをびりびりと破いています。

 オニキスに引き裂かれたドレスの間から、イザベラ嬢の太腿だけでなくドロワーズ迄が丸見えに・・・。

 やだ。見っともない。
 いやはや。

 クスクスと、辺りから漏れてくるのは失笑です。

 ・・・これは流石に・・・・。

「イヤアーーー!!やめてッ!!このバカ猫!!止めなさいよッ!!」

 半狂乱になったイザベラ嬢が、握った扇子で、オニキスの頭をバシンッと叩きました。

 そして直ぐにまた振りかぶって。

「ダメッ!!」

 思わず飛び出して、オニキスの頭を抱え込むと、振り下ろされた扇子で、私は首筋を叩かれてしまいました。

「リーシャ!貴様ぁ!!誰かッ!!こいつ等を摘まみだせ!!」

「え?いやだ!!アシン!ねぇ!アシン!!」
「やめてよ!!」
「放してっ!!」

 ギャーギャー騒ぎながら、屋敷の外へ引き摺られて行く3人をボーっと眺めていたら、お兄様の物凄く心配そうな顔が、ゼロ距離で現れて。

「リーシャ。大丈夫か?どうして猫を庇ったりしたんだ?危ないじゃないか」

「・・・だって、オニキスは陛下の猫ちゃんなのよ。何度も叩いたりしたら、あの人打ち首になっちゃう。オニキスだって可哀そうだもの」

「そうだけど・・・大変だ!!首に傷がついているじゃないか!!」

「え?」

 お兄様に言われて、叩かれた首に手を当てると、確かにチクリっと痛みが走りました。

 クウゥーーーン。

 頭を抱えていたオニキスが、悲しそうな声を上げ、手を放して大きくて丸い顔を見ると、申し訳なさそうに耳を伏せたオニキスの口から、涎塗れのドレスの切れ端がボタッと床に落ちたのです。

 私は何故か、耳を伏せたオニキスの顔と、涎塗れのきれっぱしが笑いのツボに入ってしまって、必死で笑いを堪える為に下を向いたのだけど。

 それを泣くのを我慢しているのだと勘違いしたお兄様は、私を横抱きに抱き上げると、周囲の人達に中座をするお詫びをしながら、私を部屋まで連れ帰ってくれたの。

 パーティーが始まってから、いくらも経たない内に、お兄様に抱きかかえられて部屋に戻った私を見たマーサとジャネットは、卒倒寸前。

「綺麗にしてもらったのに、ごめんね」

「まあ!まあまあまあまあ!!」

「何があったんですか?!」

 それもその筈、鏡に映った私は、乱暴に肩を揺さぶられたり叩かれたりで、折角セットして貰った髪はくちゃくちゃ。

 ドレスはビチャビチャで、大きな染みになっていて、葡萄ジュースじゃなくて、林檎ジュースを取れば良かったって後悔したの。

 それに首筋には扇子で出来た傷に、うっすらと血が浮かんでいます。

「とっとにかく、お召し替えと傷の手当てを!」

 お兄様とのダンスを、楽しみにしてたのに。今からお着替えしていたら、間に合わない。

 しょんぼりしていたら、お兄様が優しく頭を撫でてくれました。

「マーサ。コルセットなしのドレスなら、時間は掛からないだろ?」

「ええ。まあ、はい」

「じゃあ、それに着替えさせてあげて。折角のパーティーでパートナーと踊れないなんて、寂しいから」

「あらまあ!!坊っちゃんの仰る通りだわ、ジャネット。坊ちゃんが贈って下さったドレスを出してきて」

「はい。大急ぎで取ってきます!」

「さあさあ。坊ちゃんはお部屋から出て下さい」

「マーサ。すまないが僕はここに残る。記憶が鮮明なうちに、リーシャから何があったのか、聞かなくちゃならないんだ」

「まあ。そうなんですか?なら、衝立のこっち側を除いちゃ駄目ですよ?」

「そんなことしないよ!!」

 顔を真っ赤にしたお兄様を、マーサはチクチクっと揶揄いながら、私を衝立の後ろに押し込めて、ビチャビチャのドレスを丁寧に脱がしてくれました。

「随分沢山かかっていますね」

「うん。グラスを取った直ぐ後に、肩を小突かれちゃって。中身が全部掛っちゃったの」

「肩を小突かれた?!」

「リーシャ何があったのか、最初から順番に話してくれないか?」

 お兄様に促され、マーサの魔法の手でお着替えをしながら、イザベラ嬢たちに囲まれた所から、叩かれそうになった所までの覚えている事の全てをお話ししたの。

 話をしている間、マーサとジャネットはずっと小声で悪態を吐いているし、衝立の向こうからは、冷気が漂って来ている気が・・・。

 冷静になって考えると、私も随分生意気な事を言ってしまった気がします。
 私が適当にあしらって居たら、こんな大事には成らなかったのじゃないかと、思うと、大事なパーティーで、騒ぎを起こした事が恥ずかしくなってきちゃった。

「いや。リーシャはよくやった」

「そうですよ。たかが伯爵家の小娘が、うちのお嬢様に無礼を働いたんですよ?」

「その通りです。お嬢様は侯爵家の権威を御守りになられた。これは貴族にとって、とても大事な事なのです」

「そうなの?でも私はお母様を悪く言われて、ムカってしただけなのよ?」

「それでもですよ。自分の親を侮辱されて黙っている子供なんて、碌なもんじゃありませんよ。第一お嬢様を平民だなんて。一体どこの誰がそんなデマを流したのやら」

「下らない噂なんて前からあったが、まさかそれを信じて、こんな暴挙を働く馬鹿が居るとは思わなかった」

「そうですねぇ。噂の出処が、思わず信じてしまうような相手だった。という事はあるかも知れませんね」

「信じてしまう相手・・・・成る程、やっぱりマーサは天才だ!」

「おやおや。持ち上げても、何にもあげませんよ?」

「そんな子供みたいな事は言わないよ」

 子供みたい。
 って言葉に胸がツキリと痛みます。

 でもお兄様の御機嫌が直ったみたいで、本当に良かった。

 一生に一度の大切なパーティーを、嫌な思い出になんてしたくないもの。

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