うちのお猫様は、私に冷たい

こむぎダック

文字の大きさ
14 / 17

13話

しおりを挟む
 アシン・ラシール侯爵
 日記より抜粋

 帝国歴704年10月18日

 本日陛下からのお召しにより、急遽王宮へ参内する事となった。

 お召しの理由も分からず、とにかく急げ、と着替えもさせて貰えぬまま、馬車へ押し込まれ。

 王宮に到着早々、顔色を失った侍従に引き摺られるように、連れて行かれた謁見の間には、これまで見たことが無い、不機嫌な顔の国王陛下が待ち構えていた。

 薬事部での業務は始めたばかり、不興をかう程の仕事はしていない筈だよな?

「アシン・フォン・ラシールお召しにより、参内いたしました。急なお召しにより、見苦しい姿で申し訳ございません」

「良い。急げと申したのは余である。気にするな」

 余?
 余と来たか。
 これは相当機嫌が悪い。
 僕は何を仕出かしたんだろう。
 思い当たるとすれば、継承パーティーで騒ぎがあった事くらいだけど、あれの被害者はリーシャだ。

 あぁ。そうか、リーシャを守れなかった事で、僕はお咎めを受けるのか。

「ラシール侯爵、面をあげよ」

「はっ」

 陛下の許しを得て顔をあげると、初めてそこに別の人物が膝を付き、項垂れて居る事に気が付いた。

「其方を呼んだのは、他でもない。先日侯爵家で催された宴での騒ぎについてだ」

「はっ。陛下には格別のお心遣いを頂きながら。不本意な事では御座いましたが、陛下のお耳汚しとなる始末。深くお詫び申し上げます」

「うむ・・・確かに耳汚しであったな。ラシール家の警備は不十分であったと言わざるを得ん」

「真に申し訳なく」

「っが。その騒ぎの元凶は、そこなハイム伯爵の令嬢であろう。其方が恐縮する必要は在るまい」

 そこで初めて、項垂れている人物がハイム伯爵なのだと気が付いた。

 これまで軍閥との交流を持っていなかったため、イザベラの親だという認識はあったが、ハイム伯爵の顔は良くは知らなかった。

「宴での騒ぎは、其方からの詫び状も有り、余も知るところではあるが、あれ以降ハイム伯からの謝罪は有ったのか?」

「いえ。逆に言われの無い糾弾を受けた次第です」

「ほう?してその内容は?」

「ハイム伯爵家令嬢イザベラを、私とリーシャが辱めた。故に責任を取れとの事で御座います」

「それは事実か?」

「まったくの事実無根に御座います」

「ふむ・・・とラシール侯爵は申して居るが?如何か」

 声を掛けられたハイム伯の片がびくりと揺れ、恐る恐る口が開かれた。

「し・・しかしながら我が娘は、リーシャ嬢に話し掛けただけだと。位階が下の娘が、先にリーシャ嬢へ話し掛けた事は、確かに過ちでした。ですがリーシャ嬢は、侯爵家の権威を笠に、衆人の前で娘を貶めた上。娘はドレスを引き裂かれ、あられもない姿をさらされております。このような非道が罷り通りましょうや」

「・・・・アシン。如何か?」

「イザベラ嬢とその仲間の2人が、先にリーシャを平民と嘲り、リーシャの母君を娼婦と貶める暴言を吐きました。これに対し、我が義妹は抗議をしたのですが、それに激昂したイザベラ嬢により、暴行を受けた次第に御座います」

「それは、真であるか?」

「真に御座います。わたくしは、ハイム家へ正式な抗議を行う為、リーシャ本人と、その場に居合わせ、全てを目撃していた招待客への聞き取りを行いました。そして、その証言は一致いたしております。この証言に関しましては、全ての方が、万が一裁判になった場合でも、真実のみを証言すると、聞き取り書に一筆添えて下さっております」

「だそうだが。ハイム伯、何か申し開きはあるか?」

「我が娘は、身に覚えのない事で。リーシャ嬢より一方的に糾弾されたと申しております」

「ほう?其方の娘は暴言を吐いた事も、暴力を振るった事も無い。全てが身に覚えのない事だ、と申して居るのだな?」

「左様でございます。お恥ずかしながら、我が娘は、学院在学中より、ラシール侯爵に思いを寄せております。その娘が侯爵の妹御に暴言や暴力を振るうなど、考えられません」

「アシン?」

「陛下にもお知らせいたしました通り、私が駆け付けた時、イザベラ嬢は扇子を握った手を振りかざし、義妹に暴行を働く寸前で御座いました。私は彼女の手首を掴みそれを阻止し、その時陛下よりお預かりした、オニキスも、その蛮行を止めようと、令嬢のスカートに食らい付きました。その結果ドレスが破れるという事態に」

「・・・・その際。イザベラはなんとした」

「恐れ多くも、陛下の愛猫を扇子で殴り、それを庇った義妹は首に傷を負いましてございます」

「・・・・ハイム。其方の言い分とは、全く違うな。其方、事実関係を確認もせず、余に対しラシール侯爵を告発したのか?」

「し・・・しかし。娘は侯爵から直々に招待を受けたと、大層喜んで」

「イザベラ嬢は、心を病んでおられるのか?」

「なっなんだと?!」

「では虚言癖お持ちだとしか思えない。そもそもの話し、私はイザベラ嬢へ招待状を送ってなど居りません」

「は?何を言って居るのか分からん」

「成程。では招待客のリストを持ってこさせましょうか?そこには令嬢の名も、ハイム家の名もありません。調べたところ、イザベラ嬢は、ラシール家の傍系の者を脅し、パートナーとしてパーティーに入り込んでいます。イザベラ嬢の虚言癖は、父君譲りのようですね」

「なっ!?無礼であろう!!」

「伯爵如きが、陛下の御前で侯爵である私に向かい、虚言を並べ立てるとは!無礼なのはそちらだ!!」

「っ!!・・・・」

 学者一族だとて、このくらいの恫喝は出来るんだぞ。軍閥だからって調子に乗るなよ?

 ここは陛下にも包み隠さず全てを話し、潔白を証明しなければ。

「イザベラ嬢が私に好意を持っていることは、学院時代より存じ上げて居りました。しかし私は、はっきりとお断りしている。それを、しつこく何度も何度も。その度に私はイザベラ嬢とお付き合いする気も、侯爵家へ迎える積りも一切無い、と繰り返し断って来ました。それを不満に思った令嬢は、学院の研究室に差し入れだと言い、媚薬入りの菓子まで送って来たのです。ハイム家は、淑女教育を疎かにし過ぎだと思われます」

「ははっ!媚薬と申したか?それで其方はどうしたのだ?」

 こんな話で機嫌が直るとは。
 陛下は意地の悪いお方だ。

「どうしたもこうしたも御座いません。ラシール家は、代々薬学の研究を生業にいたしております。怪しい薬物が混入していれば、蓋を開けた瞬間に臭いで分かります」

「では、実害は無かったと?」

「いえ。止める間もなく菓子を口にした下級生が、被害に遭いました。その時は教授が直ぐに中和薬を処方して下さったので、大事には至りませんでしたが、その件でイザベラ嬢は、停学を申し渡されております」

「停学とな?」

「はい。その件につきましては、このような醜聞が広まれば、この先令嬢の縁談にも支障があるだろう。穏便に事を済ませて欲しいと、学院長に頭を下げられ。ハイム夫人からも、謝罪と、二度と令嬢を私に近付けさせないと約束するから、内密にして欲しいとの、手紙が送られてきております」

「つ・・・妻から・・・?」

「伯爵は御存じなかったのか?まあ、結局夫人の約束も、口先だけでしたからね」

「そんな筈は・・・ない」

「停学になったイザベラ嬢は、羞恥に堪えられなかったのか、そのまま退学して居るが?まさか、それも知らぬと言うのか?」

「退学?・・・学院を?・・・だが私は授業料を・・・」

 せっせと働いた金は、娘の授業料ではなく、奥方の衣装代に消えたのではないか?

「そのような危険人物を、パーティーに招待する者がどこに居る?媚薬の一件は、私が黙していようと、その場に居合わせた者の口から広まり、学院の中では有名な話だった。醜聞塗れで学院を退学したイザベラに、求婚するようなアホなどいない。伯爵は成人を過ぎた娘に、縁談が来ない事を不思議に思ったことは無いのか」

「そのような話・・・妻は何も・・・」

 陛下は意地悪くニヤリと笑い、玉座から身を乗り出した。

「ハイムよ。仕事と愛人に夢中で、家庭を放りっぱなしだったツケが回ってきたようだな。事実確認もせず、事を荒立てて勝算があると思うとは、愚かにも程がある。侯爵を引きずり下ろす、良い機会だとでも思ったか?それとも誰かに唆されたのか?」

「そっそれは!」

「まあ。どちらでも構わん。其方は仕事勤勉だと思っておったが、自分の子供にまともな躾も出来ぬような粗忽者に、兵を任せる事は出来んな。リーシャは余の親友の娘で有り、余が代父も務めた大事な娘だ。その娘を平民と嘲り、暴力を加え。そして我が愛猫に危害を加えた事も看過できん。処罰が決まるまで、ハイム伯爵には蟄居を申し付ける」

「ち・・・っきょ・・・」

 只の謹慎なら復権の可能性もあるが、閉門を伴う蟄居だと、伯爵の復権は難しいだろうな。

 発表前だとは言え、リーシャはこの国初の癒し手だ。
 この一件での、陛下のお怒りは相当なものだと、楽に想像できる。
 
 パティーで騒ぎを起こした時点で、伯爵の没落は決定していた。

 今回僕へのお咎めは無かったけど。
 僕も気を付けなければ、何時陛下の不興を買い、リーシャを取り上げられるか、分からないんだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

処理中です...