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第1章 私はただ平穏に暮らしたいだけなのに!

8 趣味

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 「空を自由に飛びたい」

  この願いを叶えることは地球でもかなり困難なことだ。ハングライダー、パラグライダー、パラシュート、小型飛行機などの機械や道具、お金、ライセンスなど多くのものが必要だ。簡単に叶えられる願いではない。

 それなら、この世界ならどうだろう?
 私がいるこの世界は地球とは異なる世界だ。中世ヨーロッパ風の田舎の村の孤児院にいるが、タイムスリップした地球のヨーロッパ圏ではない。言葉や食べ物が地球とは違う。そして、最も地球と違うのは「月」だ。

 この世界の月は赤い。月の満ち欠けはだいたい30日前後と似ているが、地球から見える月よりも2倍ほど大きく、白や黄色ではなく、赤く光っている。

 地球のストロベリームーンのような、空気中の水蒸気が多く、高度が低く少しピンク色っぽく見える6月の満月は高くなるにつれていつものような白っぽく輝く満月になっていく。
 しかし、この世界の月は違う。
 月は昇り始めはピンク色に近い赤色だが、夜が深まり闇が濃くなるにつれ、本当に真っ赤なイチゴの色のように赤味が増していく。夜空の一番高いところまで昇ると、まるで大きなルビーが夜空に浮かんで光っているみたいだ。
このような月は地球では決して見ることは出来ないだろう。だから、私はここが地球とは違う異世界だと認識した。

 この世界が異世界ならば、私が知らないだけで、魔法とか魔術が使えたり、ペガサスとかグリフォンとかドラゴンとか妖精とか精霊とか魔物とか魔獣とかモンスターとかいるかもしれない!

 そんな希望を胸に抱いて、私は聴き込みを開始した。5歳児らしく、子どもの無邪気な質問という風にして、「人を乗せて空を飛ぶ生き物はいるの?」「空を飛ぶ道具はあるの?」「空を飛ぶ方法ってあるの?」と片っ端から孤児院の子から村の老人にまで尋ねた。

 10日間の聴き込みの結果、「飛行機のような空を飛ぶ道具はない」「ペガサスやドラゴンや妖精などの地球の空想上の生き物はいない」「魔女や魔法使いのような魔法や魔術で空を飛ぶ人はいない」ということがわかった。

 空を飛ぶ方法が無いと知って落ち込んでいた私に、村の老婆が教えてくれたことだけがたった一つの私の希望だ。

  老婆が言うには、「理術」という不思議な術があるらしい。理術はこの世界のことわりを理解している人しか使えないもので、学校で学ばなければ使えるようにはならない。それを学べるのは貴族だけで、理術を使えるのも貴族だけ。
  「わたしたちのような人間には使えないよ。平民で孤児のお前には絶対に無理だから諦めな」と悪意無く諭された。

 私は今度は「空を飛ぶ」とは関係なく、「理術って何?」「理術って知っている?」とだけ他の人に聞いてみた。

 空を飛ぶということについては誰も知らなかったが、理術についてはそれなりに知っている村人が数人だけだがいた。

 理術とは生き物に当たり前に備わっている「理力」を使い、この世界のことわりに干渉して、自分の望みを叶える術。何も無い場所から水を出したり、炎を出したり、風をおこしたり、土を動かしたりできる。理術を使う人間のことを「理術士」と呼ぶ。魔法のような決まった呪文などはなく、呪文が言えたら誰でも使えるというものではない。専門の教育を受けなければ理術は使えない。専門の教育を受けている貴族なら誰でも使える。

 分かったような、何も分からないような。なんとなく「理術士」というのは地球の「魔術師」と「錬金術師」を混ぜ合わせたようなものという想像しかできない。
  
 もっと詳しく知りたいと思ってさらにいろいろな人に聞き込みをしていたが、シスターマリナに私が尋ねたときに、
  「…それはあなたが知らなくても良いことです。今後、理術のことを人に聞くのは禁止します」
と言われてしまった。
 はっきり禁止されてしまったので、これ以上聴き込みをすることが出来なくなってしまった。
  
 しかし、この世界には彼女が叶えられなかった想いを実現することが出来る力がある。ほんの少しだけど、空に近づくことが出来る。その可能性に気付いたら、私は試さずにはいられなかった。

 それから、私は自分の理力をすぐに試してみた。

 専門の教育さえ受ければ誰でも使えるならば、地球の知識を持っている私なら使えるのではないか?世界の理を知らなければ使えないならば、知っていれば誰でも使えるということではないか?

 私は重力を意識してみた。無重力なら飛べるかもしれないと考えて、自分の周りが無重力状態になるようにイメージして、「重力よ無くなれ」と念じた。

 しかし、特に私の体には何の変化も無い。

 諦めずに念じ続けたが、3分ほど念じ続けていると酷く疲れて気分が悪くなってきたから、諦めて念じるのをやめた。

 その時に、足の裏に少し違和感を覚えた。

 もう一度、胸元に手を当てて、強く念じた。

 今度は足元に注意して見ると、少しだけ私の両足が浮いているのがわかった。1cmあるか無いかぐらいだが、確かに浮かんでいた。

 あまりにも想像していたのと違っていて、気付けなかったみたいだ。

 しかし、これはあんまりではないかと、期待していた分、ひどく落ち込んでしまった。想像ではもっと飛べると思っていたのに、現実は1cm浮いただけ。

 でも、自分の理力を使うことはできているし、少しだけど体を地面から浮かすこともできたのだと、気を取り直した。

 この理力をもっと上手く使うことが出来れば、本当に空を飛ぶことができるかもしれない。

 それから私は、暇さえあれば、理力を使って飛ぶ練習をした。

 実際には、浮かぶ練習だったが、理力を使えば使うほど、具体的に想像すればするほど、理力を長く、強く使用することができるようになっていった。

 そして、諦めずに試行錯誤しながらコツコツと練習を続けた結果、私は15歳の時には10メートル程浮くことができるようになっていた。

 誰に強制されたわけでもなく、ただ自分の色々な想いや願いのために、私は自由に空を飛び回る練習をしていた。そこには計算とか打算とか思惑とかは一切存在せず、人助けのためにとか、お金儲けのためにとか、生活のためにとか、村のためにとか、そんな考えは全く無かった。

 空を飛ぶのは単純に自分の趣味だった。崇高な志しとかは一切無かった。ただの個人的な趣味とはお金にもならないし、人の役にも立たない、ただの自己満足のためのもの。自分の自由で贅沢な自分の為だけの時間。
 
  唯一確かなことは、私は楽しみながら、空を飛ぶ特訓をずっと続けていた。空を飛ぶことを考えることは他の何ものよりも楽しかった。少しでも上達するのが、何にも優る喜びだった。

 
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