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成り立ち

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 今日は久しぶりにレンと同じ仕事ができる朝だ。早朝に乳搾りをしたはずの牝牛たちもヤギたちも、元気に放牧されている。

「朝ごはん、少し足りなくなかった?」
「いや、みんな同じ量なんだ。男は卵一つ多いし、不満なんかないよ」
「でも、急にどうして減ってしまったのかしら」

 今朝の配膳はいつもより目に見えて少なかった。みんなそれを一目で気付いた風だったのに、誰も何も言わずに黙々と食べていたから、どうしてと言いにくかった。

「よくあることさ。城の取り分が増えたらこっちが減る、それだけだよ」
「そんな……」

 酷いと続けたかったけれど、それ以上は言えなかった。以前にも聞いた話だし、わたし達は罪人で、従うより他にできることはないのだから。それに、外にはもっと食べられない人がいるらしいもの。

「レン、どうして貧しい人は生まれるの?」

 彼は振り返って、苦笑する。

「気になるんだね」
「聖女は関係ないの、どうしてか分からないから」
「うん」

 うなずいて歩き出すレンについて、あの丘へ向かって歩く。

「俺も分からないけどさ」

 さく、さく、と草を踏んで歩く足音に、肩からかけたカバンのカチャ、カチャ、という音が重なる。わたしより大きくて長い足に、重そうな長靴を履いて、ゆっくり歩いてくれる。少しは早く歩けるようになったわたしにも、楽々追いつける速度で。

「貴族とか王族って、大昔はどうだったんだろうってな」
「どうって?」
「アウクスベルグは当代で確か二十八代だったはずだし、うちのローゼンダールも三十三代、じゃあその前は? って考えたことがある」
「どうなのですか?」

 彼は笑って、首を振った。

「このあたりはたくさんの小さな国で成り立ってて、ここも一緒だったらしい。ある時からアウクスベルグが近くの国を取り込んで大きくなって、一緒になりたくない国がまとまったのがローゼンダールなんだってさ」
「そうなの……」

 それなら仲がいいはずもないわ。

「この国には教会があって、その影響力は大陸全土にも及ぶと聞く。ローゼンダールは教会とも仲が悪いから、なにかと文句を言われやすいんだ」

 丘へ登るわたしに手を差し出して、引いてくれる。かじかんだ手があたたかく包まれた。

「小さな国も元は小さな町や村で、王族だって元々をたどれば普通の人間だったかもしれない。貴族なんてそんなもんなんだよ」

 あんなに大きくて立派なお城に住んでいる偉い人たちも、最初は普通の人間だったなんて、不思議な話だわ。

「だから、俺たちとみんなは違わない。俺だって、たとえば一人で知らない場所で迷ったら、住む場所だって食べ物だって手に入れられない。子どもならもっと困るだろう。悪い奴に攫われるかもしれないし、女なら────」

 そこで彼は言葉を切った。どうしようか迷うような、別の言葉を探すような時間が過ぎて、諦めて言った。

「女なら、悪い男に酷い目に遭わされて、子どもを産むかもしれない」

 言いたくなかった、それが良く分かった。他所を向いたままの彼の手が、ぎゅっと力を込めたから。
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