96 / 129
最後の祈り
しおりを挟む
夕日の中を馬車はゆく。
緩やかな丘の上、星の塔の白壁が朱く照り映え、とても綺麗。なんだかこれが最後みたいに思えて、涙がこぼれた。
愛しい塔よ、いつまでもこのままでいて。
「来たわね。もう大丈夫?」
ほかに言い方があるでしょうと思ったけれど、黙ってうなずいた。
体調は本当に戻っている。それはこの場所のそばだったから。ここから注がれる癒しの波動は、城を覆ってあまりある。
「親と会った?」
うなずいた。
「カミラが相手したけど、相変わらずで頭痛い」
「ほんとね」
同意すると、意外な顔をしてわたしを見る。そして、微笑んだ。
「良い子ちゃんではいられないわ」
本当にそう。
わたしは強くうなずいた。
日が沈んで、アンネリーゼは最後の祈りを捧げる。初めて見た妹の祈りは、まるで自分を見るようで、その背中にさよならを告げた。波打つ金髪が強さを増す青い光に透けて、ふわりと風にそよぎ、やがて夜が来る。
「式が夕方じゃないのは演出よね」
「そもそも教会に星石を渡す義務などありません」
立ち上がったアンネリーゼがカミラに聞くと、彼女はうなずき、それから「お疲れ様でした」と微笑んだ。
妹は嬉しそうに髪を揺らして、わたしを誘う。胸元の星石もキラリと輝いた。
「ねえ、上に登らない?」
誰かと一緒に登るのはいつぶりだろう? 暗い階段も、うるさいアンネリーゼと一緒なら楽しく通り過ぎた。
開けた空に、まばらな星が見える。風が髪をさらって、星樹がざわめき、夜の匂いを運んできた。
なだらかに城へ続く丘に、いま灯りの道が作られようとしている。城につとめる人々が、ひとつずつのランプを手に並んでゆくのだ。その道は塔の中まで続いて、灯りは星樹をぐるりと囲む。そこへ最後に星導師教が歩いて来るのだ。
「みんな綺麗なものが好きなのね」
「当たり前じゃない。あんたも好きでしょ」
「そうね。そうじゃなきゃ、ここで暮らしてはいけなかった」
綺麗なものだけが支えだった。
綺麗なものだけが光だった。
見下ろせば、黒い影になった星樹の枝が円い空間いっぱいに伸びている。
あの幹のたくましさに慰められていた。たくさんの葉、たくさんの花、たくさんの実が喜びをくれていた。
「わたし、この場所が大好き」
アンネリーゼはそれを聞いて、急に空を見上げた。
「わたしは嫌い。早くここから出たいわ」
その言葉が湿っていた。素直じゃないわね。
「だいぶ暗くなってきた。灯りの道が完成する、そろそろ降りよう」
そしてみんなの前で、聖女にお別れをしましょう。
緩やかな丘の上、星の塔の白壁が朱く照り映え、とても綺麗。なんだかこれが最後みたいに思えて、涙がこぼれた。
愛しい塔よ、いつまでもこのままでいて。
「来たわね。もう大丈夫?」
ほかに言い方があるでしょうと思ったけれど、黙ってうなずいた。
体調は本当に戻っている。それはこの場所のそばだったから。ここから注がれる癒しの波動は、城を覆ってあまりある。
「親と会った?」
うなずいた。
「カミラが相手したけど、相変わらずで頭痛い」
「ほんとね」
同意すると、意外な顔をしてわたしを見る。そして、微笑んだ。
「良い子ちゃんではいられないわ」
本当にそう。
わたしは強くうなずいた。
日が沈んで、アンネリーゼは最後の祈りを捧げる。初めて見た妹の祈りは、まるで自分を見るようで、その背中にさよならを告げた。波打つ金髪が強さを増す青い光に透けて、ふわりと風にそよぎ、やがて夜が来る。
「式が夕方じゃないのは演出よね」
「そもそも教会に星石を渡す義務などありません」
立ち上がったアンネリーゼがカミラに聞くと、彼女はうなずき、それから「お疲れ様でした」と微笑んだ。
妹は嬉しそうに髪を揺らして、わたしを誘う。胸元の星石もキラリと輝いた。
「ねえ、上に登らない?」
誰かと一緒に登るのはいつぶりだろう? 暗い階段も、うるさいアンネリーゼと一緒なら楽しく通り過ぎた。
開けた空に、まばらな星が見える。風が髪をさらって、星樹がざわめき、夜の匂いを運んできた。
なだらかに城へ続く丘に、いま灯りの道が作られようとしている。城につとめる人々が、ひとつずつのランプを手に並んでゆくのだ。その道は塔の中まで続いて、灯りは星樹をぐるりと囲む。そこへ最後に星導師教が歩いて来るのだ。
「みんな綺麗なものが好きなのね」
「当たり前じゃない。あんたも好きでしょ」
「そうね。そうじゃなきゃ、ここで暮らしてはいけなかった」
綺麗なものだけが支えだった。
綺麗なものだけが光だった。
見下ろせば、黒い影になった星樹の枝が円い空間いっぱいに伸びている。
あの幹のたくましさに慰められていた。たくさんの葉、たくさんの花、たくさんの実が喜びをくれていた。
「わたし、この場所が大好き」
アンネリーゼはそれを聞いて、急に空を見上げた。
「わたしは嫌い。早くここから出たいわ」
その言葉が湿っていた。素直じゃないわね。
「だいぶ暗くなってきた。灯りの道が完成する、そろそろ降りよう」
そしてみんなの前で、聖女にお別れをしましょう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
98
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる