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最後の祈り

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 夕日の中を馬車はゆく。
 緩やかな丘の上、星の塔の白壁が朱く照り映え、とても綺麗。なんだかこれが最後みたいに思えて、涙がこぼれた。
 愛しい塔よ、いつまでもこのままでいて。

「来たわね。もう大丈夫?」

 ほかに言い方があるでしょうと思ったけれど、黙ってうなずいた。
 体調は本当に戻っている。それはこの場所のそばだったから。ここから注がれる癒しの波動は、城を覆ってあまりある。

「親と会った?」

 うなずいた。

「カミラが相手したけど、相変わらずで頭痛い」
「ほんとね」

 同意すると、意外な顔をしてわたしを見る。そして、微笑んだ。

「良い子ちゃんではいられないわ」

 本当にそう。
 わたしは強くうなずいた。

 日が沈んで、アンネリーゼは最後の祈りを捧げる。初めて見た妹の祈りは、まるで自分を見るようで、その背中にさよならを告げた。波打つ金髪が強さを増す青い光に透けて、ふわりと風にそよぎ、やがて夜が来る。

「式が夕方じゃないのは演出よね」
「そもそも教会に星石を渡す義務などありません」

 立ち上がったアンネリーゼがカミラに聞くと、彼女はうなずき、それから「お疲れ様でした」と微笑んだ。
 妹は嬉しそうに髪を揺らして、わたしを誘う。胸元の星石もキラリと輝いた。

「ねえ、上に登らない?」

 誰かと一緒に登るのはいつぶりだろう? 暗い階段も、うるさいアンネリーゼと一緒なら楽しく通り過ぎた。

 開けた空に、まばらな星が見える。風が髪をさらって、星樹がざわめき、夜の匂いを運んできた。

 なだらかに城へ続く丘に、いま灯りの道が作られようとしている。城につとめる人々が、ひとつずつのランプを手に並んでゆくのだ。その道は塔の中まで続いて、灯りは星樹をぐるりと囲む。そこへ最後に星導師教が歩いて来るのだ。

「みんな綺麗なものが好きなのね」
「当たり前じゃない。あんたも好きでしょ」
「そうね。そうじゃなきゃ、ここで暮らしてはいけなかった」

 綺麗なものだけが支えだった。
 綺麗なものだけが光だった。

 見下ろせば、黒い影になった星樹の枝が円い空間いっぱいに伸びている。
 あの幹のたくましさに慰められていた。たくさんの葉、たくさんの花、たくさんの実が喜びをくれていた。

「わたし、この場所が大好き」

 アンネリーゼはそれを聞いて、急に空を見上げた。

「わたしは嫌い。早くここから出たいわ」

 その言葉が湿っていた。素直じゃないわね。

「だいぶ暗くなってきた。灯りの道が完成する、そろそろ降りよう」

 そしてみんなの前で、聖女にお別れをしましょう。
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