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愛してる

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「今から行っちゃおうか」

 ぎゅっと抱きしめてレンは少し笑った。許せない。わたしは起き上がって彼を見下ろし問い詰める。

「それ、どういう意味なの?」

 語尾が震えるわたしを見上げて、笑みが消えた。

「わたしに、ここを放り出せと言うの? いま? どうして?」

 ばら撒いた星石はここと城と教会を中心にして人々に入り込み、わたしは彼らの動きをようやく理解できるようになった。願いの通り、ルフトバートには貧しい人が大勢やってきて、ここで新しい生活を始めようとしている。でもまだ、彼らを迎える家も建てている途中で、食べ物があるだけ。女子どもはなるべく屋根の下へと思っているのに、とてももどかしい。早く秩序を、早く安心をと思っているのに、荒んだ彼らはなかなか思い通りにはならなくて、兵たちが交代でにらみをきかせている。それでも、まだ夜は不安なんだよ、みんなは。

「どんな気持ちで頑張ってるか、知ってるでしょ? わたしがいなくなったら、ここがどんな地獄になってしまうか、分からないの? 元々いたみんなだって我慢してる。家の中にいられるだけ良い方だって。わたしがいなくなったら食べ物だって────」

 素早くレンの腕がわたしをとらえて、くちびるを合わせ深く奪われる……いや、ごまかさないで!

「やめて。んっ……」

 ますます深く口づけて、寝かされてしまった。優しい眼差しでレンが言う。

「だって、きみが死んでしまう」
「────」
「このままじゃだめだよ」
「だって……」
「無理だよ!」
「────怒らないで」

 大きな声はきらい。心が硬直してしまうから。悲しくて、涙が出てしまうから。

「……さっきだってうなされて叫んでたんだ、ここんとこ毎日がそうなんだよ、どんどんきみがやつれていく……」

 レンが。
 レンが泣いている。

 ぽたぽたとわたしの頬に落ちてくる熱い涙は、見たことがないほど悲痛な彼の双眸からあふれて流れ落ちる。
 彼が悲しむなんて、これっぽっちも考えていなかった。ただひたすらに応援してくれていると思っていた。わたしを愛している彼が、わたしを失おうとしているのに。それを悲しまないなんて、あり得ないのに。
 自分のことばかりだった。彼の気持ちをぜんぜん考えていなかった。なんてことだろう、愛しているのに!

「ごめんなさい」
「うん」

 わたしをかき抱く彼の腕に甘えるだけ甘えて、彼を愛そうとしていなかった、わたしのばか。

「愛してる。レン。レンブラント」
「愛してるよ。クラリッサ」

 このままじゃいけない。
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