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おまけ

マリウスくんだいじょうぶ?10

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 昼には教会へついて行き、施しの手伝いをした。それから屋敷に戻り、勉強を見る。女教師は俺の手前、あまり厳しく当たれないようで、帰ったあとで少女は笑顔を見せた。

 晩餐にはまだ老婆がいて、何もなかったようにしゃべっていたが、もう誰も気にしなかった。誰かが俺に関して、きっちりと言い聞かせたんだろう。
 安全になってみれば、さほど害がなく、むしろ悪意はほとんどないことが分かった。可愛いだけの、と言っていたが、確かにそうだったんだと思える。
 夫が欲しいなら、与えてやれば良いのに。年相応の、わきまえた男の一人、用意できないとは思えんが。

「たとえ正当な後継者であっても、男であるという理由で容易く実権を奪われてしまうんだ。貴国では知らぬが、我が国では」
「ご当主も?」

 問うた一瞬、女主人の瞳が潤んだ。

「契約書を交わしている。彼の使う金は、その時全て渡しているんだ」
「同じようにすればいい」
「無理だ。母は愛されるために全てを譲るだろう。父の件で母はぼろぼろに傷付いた。別荘などにやれない。私は守っているんだ」

 そう言う彼女の涙は当時の辛さを物語っていて、他所者が口を出すのではなかったと後悔する。そして、この女主人が俺を婿になど、決して取るまいことを改めて知り、これで良かったとの思いを新たにした。

 数日後の朝。
 ドアがノックされ、使いが言った。

「主がお呼びです」

 ついに来たか、と腰を上げる。
 この屋敷とも、この国ともおさらばかな。いや、もしかしたら正式な放逐かも知れぬが、どちらにしろ俺の運命が決まる。

 客分としての日々の中で、アウクスベルクの政変を知った。兄王はなんと、ペトロネラに王位を譲ったらしい。病でも失脚でもなく、突然の出来事に驚いたが、これで自分の継承権も無くなって、身体が軽くなった気がする。王になる気など毛頭無かったのに。

 子どもの世話しかしていなかったペトロネラに王位のちぐはぐさは、恐らく全国民が持つ違和感だろうが、特に問題は起きていないという。やれやれ、今回も俺の目が節穴だったということか。

 国が俺を切り捨てるか呼び戻すかは、賭けだ。願わくばこの身にまだ利用価値が残っていますよう。

「王城からの迎えが来ている。ユリアと行って来るように」

 女主人は動かぬ表情でそう言った。
 ユリアと?
 それでは、もう一通の手紙の方か。
 しかし何故母である彼女が行かないのか?

「大事なあの子の決断を、私との些細なやり取りで鈍らせたくはない」

 ああ、母親なのだ。
 娘のために厳しくしていただけなのだ。それ以外に方法を知らなかっただけなのだ。
 彼女もまた、苦しんでいたのだ。
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