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プロローグ

死神と商人

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 「ここは…………?」

 目が覚めて広がった光景は知らない世界だった。全てが白で包まれた空間、普段目にしているチェス盤やアニメグッズといった物は見当たらない。
 ならばここは病院? それも否だった。辺りには窓も無ければベットも無い。そもそも私自身、体調が良い方ではないが入院する程ではない。


 「ふむ……困ったものだ。私はどうしてここにいるのだろう」

 思案顔になりながら白銀の髪を弄る私、この髪は引きこもりによる栄養失調によって出来たものだ。
 日光に当たらぬ生活を続けてはや十年、髪はメラニン色素が無くなり白髪に、瞳は黒から薄い赤になってしまいアルビノのようにも見える。

 「そうだ……私はあの時、トラックに突っ込まれて」

 そこでようやく、少し前の事を思い出す。私が一階の部屋でオンラインチェスをやっていると大型トラックが家に衝突し私はそのまま……。
 二十才男性というある意味、一番人生を謳歌すべき世代に命を落とすのは残念はあるが、特別悲観の感情は無かった。
 私など十分生きた方だ。世の中には私よりも早く死ぬ者だって大勢いる。所詮は蝋燭の灯火、風が吹けば消えるのは当然のこと。

 それが私の番になっただけの事だ。

 「しかし、このまま立っている訳にもいくまい。死んだのであれば天国なり地獄なりと進まねばならないだろうからな」

 だからこそ私は進む、そもそも後ろも横も上も下も同じ風景なので、これが前に進んでいるのかは分からないのだが。

 そしてしばらく進んだ所で初めての人影を見つける。
 それは私と同じ白銀の髪を有した少女だった。
 雪のような髪と共に透き通った白い肌。幼く可愛らしい人形のような顔立ちに小さな身体。
 胸は男性なのかと思わせる程に膨らみが無く、それがより少女の幼さを助長させた。
 そして何よりも気になったのが左右で異なった彼女の瞳だった。右目は青、左目は赤紫の色彩になっており、その瞳を見ていると心が自然と惹き付けられてしまう。

 「お嬢さん、君は何者なのかな?」

 私は彼女に向かって造った笑みを見せる。産まれてこの方、自分は感情を持ち合わせてはいない。そんな中で身に付けたのがこの処世術だった。

 「ふふっ、君にはボクがどう見えてるんだい?」

 私の質問には答えないで恐ろしく不気味な、それでいて美しい笑みを浮かべる少女。
 そんな彼女の問いに顎に手を当てて考える素振りをしながら。

 「見た目は天使のように美しい……だが、君の魅力は悪魔級だ。ならば小悪魔と言ったところか」
 「残念だけど、どっちも外れだよ。ボクはケーレス。死神だ」
 「……そうか」
 「おや? 驚かないんだね」

 私の態度に何も変化が見られないのが不思議なのか訝しげな視線を送るケーレス。

 「元々、感情の起伏は無い方なんでね。それに私が死んだ事は覚えている。だったら死神が来ることも予想のうちではあった」

 それは天気予報と同じ感覚、明日が晴れだと知っていて実際に晴れていれば驚きなど何もない。
 死ねば死神が魂を冥界へと送る。そんな話は今更過ぎて大した衝撃は受けない。

 「普通は自分が死んだことさえ受け入れられないのがほとんどなんだけどね」
 「人はいずれ死ぬ。世界人口は七十億を超えているのだから私のような者が居ても不思議ではあるまい」
 その言葉を聞いて白髪の死神はオッドアイの目を細めて笑う。

 「あはは、君は面白いなぁ。そんな事を言う人は初めてだよ」
 「気に入って貰えて何よりだ。それで私はどこに行くことになっている? 天国か地獄か」

 その言葉にケーレスは口元を緩ませたまま、悩むような素振りをする。そして私を見据えて。

 「君はどっちが行きたいんだい? 天国かい? それとも地獄かい?」
 「それは勿論、天国……と言いたいところだが、どういう場所か説明してくれなければ分からん」
 「疑り深いなぁ君も。天国は文字通り女の子とイチャイチャしたり、遊んだりできる素敵な所だよ。地獄は言わずもがなって所だね」
 「……その他に選択肢はないのかな?」

 私の言葉を聞いてケーレスはますます嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「異世界に移住するという手段もある。その場合、君の肉体はこのままで一番安全な町へと送られる。だけどボクはオススメしないね」
 「その理由は……?」
 「地獄よりも厳しい世界だからさ。モンスターは闊歩し勇者は日々、そのモンスターに殺されている」

 天国や地獄とは違う。異世界という存在、私はそれに不思議と興味が沸いた。
 現世に居た頃は趣味と言えばネットのチェスをしていた事とアニメ鑑賞ぐらいだ。そのどれもが新たなる刺激の欲求ではあったのだが。
 天国ではアニメは見れなさそうだし、私は女に対して特別な感情を抱いた事はない。
 そんな私が天国に行ったところで楽しめるとは思えない。
 だからと言って地獄に行くのは勿論、ごめんだ。


 しかし……異世界。それは私にとってなんと魅力的なことか……。
 異なった文明、異なった常識、異なった人々。是非とも堪能し味わい尽くしたい。
 ふと口元に指を這わす。僅かにつり上がった唇は一体何を意味しているのか、それは無感情な私には分からぬ事だが。

 「連れていって欲しい。私を異世界に」
 「いいのかい? 本当に危ない場所なんだよ」
 「そうで無ければ意味がない。ケーレスは同じ料理を毎日食べたいと思っているのかな?」
 「そうだね、毎日コンビニ弁当じゃ飽きちゃうからねたまには外食もしたくなるよね」

 ケーレスは笑う。だが、私の事が心配なのか異世界に送り込むことを躊躇っているようだった。そしてしばらく葛藤が続いて。

 「いいだろう。君を異世界へと送ってあげよう。ただし、条件が一つある」
 「ふむ……何かな?」
 「ボクも一緒に連れていっては貰えないかい?」
 「ああ、構わないが……その理由は?」
 「君を一人にしておけないからだ」

 そう言ってぶっきらぼうに呟くケーレス。きっと彼女からして私は特別な存在のようだ。
 もっとも私からしてみれば自身に価値などあまり無いと思うのだが。確かにチェスでは世界ランカーにまでなっている。
 だが、それはたまたま運が良かっただけだ。それにオンラインチェスにハマって引きこもりになっていたのでは世話がない。

 「だが君には仕事だってあるはずだろ?」
 「今日を持って寿退社だからね。ちょうど良かったのさ。ボクは売れ残りの在庫品だ、君が貰ってくれるのなら本望と言ったところだよ」
 「これはケーレスの問題だ。君が良いと言うのなら異存はない」

 その言葉を聞いて死神はうっすらと笑む。彼女も異世界に行きたかったのだと理解する。

 「そ……それじゃあ、君を異世界へと送る。さ、ボクに近づいてくれ」
 「こうか……?」
 さささっとケーレスの側に寄る。
 「後、もう少ししゃがんでくれ」
 「ああ」

 私は言われた通り屈む。すると彼女の目線と近くなった。自分は背はあまり高くはないが、それよりも彼女はもっと小さかった。

 「よし……それじゃあ、今から転移の儀式を行う。ボクの初めてをやるんだ、感謝してくれよ」
 そう言って白髪の少女は手を私の首へとまわして、そしてそのまま。

ーーキスをした。

 その瞬間、白で塗り固められた世界は崩れさって、私は目を静かに閉じた。
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