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第2部2章 収穫祭編
73 不意の再会
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その後、着替えを済ませた承治とヴィオラは王宮内に設けられた警邏隊詰め所に赴き、そこで先の強盗騒ぎに関する事情聴取を受けた。
事の顛末は簡単に説明できたが、問題は長岡だ。
王都警邏隊の責任者である警邏隊長は、外国籍を持つ長岡が街中で攻撃的な魔法を行使したことを問題視しており、その処遇に悩んでいた。
長岡は強盗を捕えるために咄嗟に魔法を行使したが、それを現代日本風に例えるなら、凶悪犯を捕まえるために一般人が銃を使ったというような状況に近い。
加えて、警邏隊長は長岡がいつでも魔法を行使できる能力を持っている点を憂慮しているようだった。
そんな中、承治とヴィオラは長岡が信頼できる人物であることを必死に訴えたが、成果は芳しくなかった。
そして、最終的に出た結論は、収穫祭が終わるまで長岡をカスタリア王宮内で軟禁するというものだった。
長岡は収穫祭が終わればクラリアへの帰国者を護衛するためにカスタリアを去るので、それまでの間は外を出歩くなと命じられたわけだ。
当然、よかれと思って魔法を使い強盗犯を捕まえた長岡にとって、この決定は不本意なものだったに違いない。
だが、当の長岡は仕方ないといった様子で粛々と受け入れていた。
「いやー、変に力があると悪目立ちしちゃうこともあるんですねぇ」
警邏隊の詰所から開放された長岡は、承治とヴィオラに対して苦笑いを浮かべながらそう告げる。
そんな長岡に対し、ヴィオラは心底申し訳なさそうに応じた。
「せっかくカスタリアに来て頂いたのに、不愉快な思いをさせてしまって申し訳ありません。本来なら、ナガオカさんの行動は褒められて然るべきなのに……」
「いえいえ、そんなに気を遣わないでください。むしろ、牢屋に閉じ込められなくてホッとしましたよ。この城で寝泊まりするくらいなら、なんてことはありません。街の観光も十分できましたし、あと一日半は休養に当てようと思います」
爽やかな表情でそう告げる長岡は、この措置をそこまで不服には思っていないようだ。なかなか器の大きい男である。
そんな長岡の姿勢に感心した承治は、とりあえず話を明るい方向へ持っていく。
「まあ、僕もこの王宮に住んでるけど、そんなに悪いところじゃないよ。でっかいホテルか旅館だと思ってのんびりしていくといいよ。せっかくだし、僕らの職場も見て行く?」
ヴィオラは承治の軽いノリにいささか呆れた様子だったが、ネガティブでいても仕方ないと感じたのか、気を取り直して口を開いた。
「……そうですね。こうなった以上は、この王宮でおもてなしする他ありませんね……とりあえず、お二人ともお疲れでしょうから、私の仕事場で一休みしましょう」
* * *
そんなわけで、一応面倒事から開放された三人は一休みするためにヴィオラの執務室に向かった。
一行が廊下を歩いていると、窓から差し込む夕日が床を朱色に染め上げる。
なんだかんだとしているうちに、時刻は既に日暮れ前だ。
承治にとって、今日はどっと疲れる一日になった。
ヴィオラと二人きりで過ごしたほんの一時は楽しかったが、それ以上にトラブルが多すぎた。
特に、ヴィオラとレベックが揉めた一件は、問題の根が深いだけに解決の糸口が全く見出せそうにない。
もちろん、承治は部外者のようなものなので余計な口出しはできないが、他でもないヴィオラの抱える問題となれば気にしないわけにはいかなかった。
そうこうしているうちに、一行はヴィオラの執務室に辿りつく。
「ここが私の仕事場です。ジョージさんは私の部下として、今はここで働いています」
そう告げたヴィオラは、扉を開け放って室内に足を踏み入れる。
その瞬間になって、承治は留守番をしているファフのことを思い出した。
「ふぁー……あら、おかえんなさい。お祭り巡りは楽しかった?」
ファフはソファーで昼寝をしていたらしく、目を擦りながらゆっくりと起き上がる。
とりあえず、長岡にファフを紹介する必要があるだろう。
承治がそう思った刹那、長岡は物凄いスピードで腰を落し、剣の柄に手を添えて声を張り上げた。
「魔王ファフニエル! なぜお前がここにいる!」
名指しされたファフは、驚きと当惑が入り混じったような表情で応じる。
「げっ! アンタは……なんて名前だっけ? どっかの剣士か騎士よね?」
「ロングヒルだ! クラリアの見習い騎士の!」
そう告げる長岡は、いつでも抜剣できる体勢でファフを睨みつける。
どうやら、長岡はファフと面識があるらしい。それも、ファフが魔王を名乗っていた頃に出会ったのだろう。そうでなければ、ファフを警戒する理由がない。
それを察した承治は、長岡を抑えるためにすぐさま事情を説明する。
「待った待った! 長岡君がファフとどこで出会ったか知らないけど、ファフはもう魔王じゃない。改心したんだ。それに、今は力が封印されていて前みたいに暴れることもできない。とりあえず落ちついて……」
そう切り出した承治は、長岡を宥めつつ事の経緯を説明する。
そして、承治の話を聞き終えた長岡は冷静さを取り戻し、同時にカスタリア王宮上空で起きた戦いの顛末にかなり驚いているようだった。
「まさか、あのファフニエルを魔法で生け捕りにするなんて……実は、クラリアが降伏した直後に、僕はファフニエルと戦ったんです。あの時は手も足も出ませんでした」
そんな長岡の言葉に対し、行儀悪く机の上に座って足を組むファフは、どこか自慢げな様子で口を開く。
「当然よ。私は転生する時、選べるオプションの中から一番強くなれる条件で契約したんだもの。でも、私が戦った中ではアンタが一番強かったわね。承治にやられたのは不意打ちだったし」
「ええっ! 君も転生者なの!?」
事の顛末を説明することに必死だった承治は、ファフが転生者であることを言い忘れていた。
承治はすかさず情報を補足する。
「ファフは元々、日本の女子高生だよ。もしかしたら、長岡君と歳近いんじゃない?」
「ええっ!! 女子高生!? こんなアニメとかに出てきそうな見た目してるのに!? まさかコスプレだったの!?」
ファフは呆れたように肩をすくめる。
「契約時のオプションに容姿変更ってのがあったでしょ。あれは、人間以外の見た目も選べるのよ。そう言うアンタは元からその顔なの? 割と薄い顔だけど、まあ容姿変更するならもっとイケメンにするわよね」
「薄い顔で悪かったな! あいにく元からこの顔だ!」
そんな風に会話を交わすファフと長岡は、とりあえず和解できたようだ。
すると、今まで場を静観していたヴィオラが承治に声をかける。
「まさか、転生者が三人も集まるとは驚きました。だけど、ファフさんやナガオカさんは伝承通り特別な力を持っているのに、何でジョージさんは何も力を授からなかったんですか?」
さてなぜだろう。正確に言えば万能言語能力だけは持っているが、承治は転生契約を結んだ時の記憶が一切ない。
仮に酔いが醒めるまで待ってくれれば契約内容を吟味することもできただろうに、全ては無理やり契約を進めたハゲ天界人のせいだ。もはや詐欺のようなものだろう。
だが、今さらそんなことを後悔しても仕方ないと感じた承治は、ヴィオラの疑問に対し「僕が知りたいくらいです」と返し、いささか不満げな表情を見せた。
事の顛末は簡単に説明できたが、問題は長岡だ。
王都警邏隊の責任者である警邏隊長は、外国籍を持つ長岡が街中で攻撃的な魔法を行使したことを問題視しており、その処遇に悩んでいた。
長岡は強盗を捕えるために咄嗟に魔法を行使したが、それを現代日本風に例えるなら、凶悪犯を捕まえるために一般人が銃を使ったというような状況に近い。
加えて、警邏隊長は長岡がいつでも魔法を行使できる能力を持っている点を憂慮しているようだった。
そんな中、承治とヴィオラは長岡が信頼できる人物であることを必死に訴えたが、成果は芳しくなかった。
そして、最終的に出た結論は、収穫祭が終わるまで長岡をカスタリア王宮内で軟禁するというものだった。
長岡は収穫祭が終わればクラリアへの帰国者を護衛するためにカスタリアを去るので、それまでの間は外を出歩くなと命じられたわけだ。
当然、よかれと思って魔法を使い強盗犯を捕まえた長岡にとって、この決定は不本意なものだったに違いない。
だが、当の長岡は仕方ないといった様子で粛々と受け入れていた。
「いやー、変に力があると悪目立ちしちゃうこともあるんですねぇ」
警邏隊の詰所から開放された長岡は、承治とヴィオラに対して苦笑いを浮かべながらそう告げる。
そんな長岡に対し、ヴィオラは心底申し訳なさそうに応じた。
「せっかくカスタリアに来て頂いたのに、不愉快な思いをさせてしまって申し訳ありません。本来なら、ナガオカさんの行動は褒められて然るべきなのに……」
「いえいえ、そんなに気を遣わないでください。むしろ、牢屋に閉じ込められなくてホッとしましたよ。この城で寝泊まりするくらいなら、なんてことはありません。街の観光も十分できましたし、あと一日半は休養に当てようと思います」
爽やかな表情でそう告げる長岡は、この措置をそこまで不服には思っていないようだ。なかなか器の大きい男である。
そんな長岡の姿勢に感心した承治は、とりあえず話を明るい方向へ持っていく。
「まあ、僕もこの王宮に住んでるけど、そんなに悪いところじゃないよ。でっかいホテルか旅館だと思ってのんびりしていくといいよ。せっかくだし、僕らの職場も見て行く?」
ヴィオラは承治の軽いノリにいささか呆れた様子だったが、ネガティブでいても仕方ないと感じたのか、気を取り直して口を開いた。
「……そうですね。こうなった以上は、この王宮でおもてなしする他ありませんね……とりあえず、お二人ともお疲れでしょうから、私の仕事場で一休みしましょう」
* * *
そんなわけで、一応面倒事から開放された三人は一休みするためにヴィオラの執務室に向かった。
一行が廊下を歩いていると、窓から差し込む夕日が床を朱色に染め上げる。
なんだかんだとしているうちに、時刻は既に日暮れ前だ。
承治にとって、今日はどっと疲れる一日になった。
ヴィオラと二人きりで過ごしたほんの一時は楽しかったが、それ以上にトラブルが多すぎた。
特に、ヴィオラとレベックが揉めた一件は、問題の根が深いだけに解決の糸口が全く見出せそうにない。
もちろん、承治は部外者のようなものなので余計な口出しはできないが、他でもないヴィオラの抱える問題となれば気にしないわけにはいかなかった。
そうこうしているうちに、一行はヴィオラの執務室に辿りつく。
「ここが私の仕事場です。ジョージさんは私の部下として、今はここで働いています」
そう告げたヴィオラは、扉を開け放って室内に足を踏み入れる。
その瞬間になって、承治は留守番をしているファフのことを思い出した。
「ふぁー……あら、おかえんなさい。お祭り巡りは楽しかった?」
ファフはソファーで昼寝をしていたらしく、目を擦りながらゆっくりと起き上がる。
とりあえず、長岡にファフを紹介する必要があるだろう。
承治がそう思った刹那、長岡は物凄いスピードで腰を落し、剣の柄に手を添えて声を張り上げた。
「魔王ファフニエル! なぜお前がここにいる!」
名指しされたファフは、驚きと当惑が入り混じったような表情で応じる。
「げっ! アンタは……なんて名前だっけ? どっかの剣士か騎士よね?」
「ロングヒルだ! クラリアの見習い騎士の!」
そう告げる長岡は、いつでも抜剣できる体勢でファフを睨みつける。
どうやら、長岡はファフと面識があるらしい。それも、ファフが魔王を名乗っていた頃に出会ったのだろう。そうでなければ、ファフを警戒する理由がない。
それを察した承治は、長岡を抑えるためにすぐさま事情を説明する。
「待った待った! 長岡君がファフとどこで出会ったか知らないけど、ファフはもう魔王じゃない。改心したんだ。それに、今は力が封印されていて前みたいに暴れることもできない。とりあえず落ちついて……」
そう切り出した承治は、長岡を宥めつつ事の経緯を説明する。
そして、承治の話を聞き終えた長岡は冷静さを取り戻し、同時にカスタリア王宮上空で起きた戦いの顛末にかなり驚いているようだった。
「まさか、あのファフニエルを魔法で生け捕りにするなんて……実は、クラリアが降伏した直後に、僕はファフニエルと戦ったんです。あの時は手も足も出ませんでした」
そんな長岡の言葉に対し、行儀悪く机の上に座って足を組むファフは、どこか自慢げな様子で口を開く。
「当然よ。私は転生する時、選べるオプションの中から一番強くなれる条件で契約したんだもの。でも、私が戦った中ではアンタが一番強かったわね。承治にやられたのは不意打ちだったし」
「ええっ! 君も転生者なの!?」
事の顛末を説明することに必死だった承治は、ファフが転生者であることを言い忘れていた。
承治はすかさず情報を補足する。
「ファフは元々、日本の女子高生だよ。もしかしたら、長岡君と歳近いんじゃない?」
「ええっ!! 女子高生!? こんなアニメとかに出てきそうな見た目してるのに!? まさかコスプレだったの!?」
ファフは呆れたように肩をすくめる。
「契約時のオプションに容姿変更ってのがあったでしょ。あれは、人間以外の見た目も選べるのよ。そう言うアンタは元からその顔なの? 割と薄い顔だけど、まあ容姿変更するならもっとイケメンにするわよね」
「薄い顔で悪かったな! あいにく元からこの顔だ!」
そんな風に会話を交わすファフと長岡は、とりあえず和解できたようだ。
すると、今まで場を静観していたヴィオラが承治に声をかける。
「まさか、転生者が三人も集まるとは驚きました。だけど、ファフさんやナガオカさんは伝承通り特別な力を持っているのに、何でジョージさんは何も力を授からなかったんですか?」
さてなぜだろう。正確に言えば万能言語能力だけは持っているが、承治は転生契約を結んだ時の記憶が一切ない。
仮に酔いが醒めるまで待ってくれれば契約内容を吟味することもできただろうに、全ては無理やり契約を進めたハゲ天界人のせいだ。もはや詐欺のようなものだろう。
だが、今さらそんなことを後悔しても仕方ないと感じた承治は、ヴィオラの疑問に対し「僕が知りたいくらいです」と返し、いささか不満げな表情を見せた。
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