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死んだと思ったんだけど……
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「佐那って呼んでいい?」
「う、うん」
「じゃ、俺のことは一輝って呼んでくれよ」
「わ、わかった」
少し若くて遠慮がちな一輝に、ああ、夢を見ているんだなと思った。これはあれだ、付き合い始めた頃の会話だ。照れくさそうにそう言う一輝に、意外だなと思ったのを思い出した。空気は読めないけれど、それなりに要領がよくて社交的で常に女の子が周りにいたから、彼女が途切れないんだろうなと思っていたっけ。そんな彼が私に付き合ってほしいと言ってきた時は、どっきりか罰ゲームの類かと思ったのだ。
これまで彼氏がいなかったわけじゃないけれど、殆どが半年ほどで自然消滅していた。私自身、美人でもスタイルがいいわけでもなく、どちらかといえば地味で人付き合いも得意ではなかった。頻繁に連絡すると重いかな、とか思っているうちに向こうが別の子と仲良くなっていて、「お前は一人でも平気なんだな。でも彼女は寂しがり屋で……」なんて言われて終わるのが常だった。
そんな私に一輝は、真面目で責任感が強くて、一生懸命なところが可愛いと言ってくれた。二度断ってもやっぱり好きだと困ったような笑顔で言われたら、キュンとしたのだ、キュンと。あれが間違いだったのかもしれない……レストランでのことを思い出したら、一気に怒りが湧いてきた。
(……私のピュアなキュンを返せ―――!!!)
そう思った瞬間、目が覚めた。
(……あれ?)
目に映ったのはログハウスみたいな木で出来た天井だった。家具も木製で、どこかの家の一室といった感じだ。部屋が明るいから、あの森の中じゃない、のだろう。
(えええっ?! ここ、どこよ?!)
眠気が一気に吹き飛んだ。さすがに知らないところで寝ていられるほど私の神経は図太くなかった。慌てて起き上がったせいか、ちょっとクラっとしてしまった。周りを見渡すと簡素でありながら木の温かみが感じられる部屋で、ベッドと椅子、テーブルが目に入った。ベッドの枕元にはサイドテーブルがあって、水差しとコップが置いてある。それに、涼しい……それだけでなんだか嬉しくなった。
(えっと……私、崖から落ちた……んだよね?)
いつの間にか見知らぬ森にいて、角のある狼から逃げてそのまま崖に落ちたのが最後の記憶だった、はずだ……少なく見積もってもビルの十階よりは高かったと思うし、あの高さでは絶対に助からないと思っていたけれど……
(生きてる、んだ……)
手をにぎにぎしても感覚があるし、抓ってみたら痛かったから生きているんだろうと思う。思うけど、よく生きていたな……というのが正直な感想だった。即死確実だと思っていたから。
(……あ、れ?)
そんな事を思いながら足を動かそうとしたら、違和感があった。手のように動かない。もしかして足を怪我しているのだろうか。そう思ってタオルケットのような薄布を取り払って、息が詰まった。
(あ、足が……?)
この時になって初めて、自分が着ている服が一輝とのデートに着て行ったワンピースではなく、薄い水色の丈の長いワンピースに変わっていた。肌触りの良さと装飾のなさから寝巻なのだろうけど、その裾から見えた私の足は包帯でグルグル巻きになっていた。固定されているのか、膝を曲げようとしても曲がらない。その事実に、急に背中から冷たい何かが這いあがってくるような感じがした。
(やっぱり……無事じゃ、すまなかった……)
いつの間にか身体が小さな震えに侵されていて、心臓が嫌な音を立てているような感覚を覚えた。あの高さなら即死だろうと思っただけに、生きているだけでも御の字なのかもしれないけど……包帯で肌が見えない足に言い表しようのない恐怖が押し寄せてきた。
(あ、歩けるように、なる……よね?)
怪我の程度がわからないのも一層怖かった。治らなかったら一生車いすだろうか……こんな時に頼れる家族もいないのに、急に障がい者になったらどうやって生きていけばいいのだろう。今住んでいるアパートはエレベーターがないから、自分の部屋にも戻れないかもしれない。いや、その前に仕事は? 普通に会社勤め出来るのだろうか……
そう言えばと腕を見ると、腕にあった細かい傷は綺麗になくなっていた。ということは、かなりの時間私は眠っていた、のだろうか……怪我が治るまでって、一週間? それとも二週間、とか?
(ここ、病院じゃなさそうだけど……何がどうなっているの?)
最後の記憶とそこから想定出来る未来は、病院に入院一択だ。あの高さから落ちたのなら、救急搬送されて精密検査コースだろう。だけどこの部屋には医療機器はなく、病院じゃなさそうだ。
(やだ……何がどうなっているの?)
不安が押し寄せてきて、息が苦しくなってきた。目の奥がツンとして、涙が溢れそうになって来た。
「ああ、目が覚めましたか?」
「ひいっ!」
突然かけられた声に、飛び上がりそうなくらいに驚いた。こんなに早く動くと止まるんじゃないかと思うくらいに心臓がドドドドと暴走して、涙も吹っ飛んでしまった。声のする方を振り返って、私は目を瞠った。
「う、うん」
「じゃ、俺のことは一輝って呼んでくれよ」
「わ、わかった」
少し若くて遠慮がちな一輝に、ああ、夢を見ているんだなと思った。これはあれだ、付き合い始めた頃の会話だ。照れくさそうにそう言う一輝に、意外だなと思ったのを思い出した。空気は読めないけれど、それなりに要領がよくて社交的で常に女の子が周りにいたから、彼女が途切れないんだろうなと思っていたっけ。そんな彼が私に付き合ってほしいと言ってきた時は、どっきりか罰ゲームの類かと思ったのだ。
これまで彼氏がいなかったわけじゃないけれど、殆どが半年ほどで自然消滅していた。私自身、美人でもスタイルがいいわけでもなく、どちらかといえば地味で人付き合いも得意ではなかった。頻繁に連絡すると重いかな、とか思っているうちに向こうが別の子と仲良くなっていて、「お前は一人でも平気なんだな。でも彼女は寂しがり屋で……」なんて言われて終わるのが常だった。
そんな私に一輝は、真面目で責任感が強くて、一生懸命なところが可愛いと言ってくれた。二度断ってもやっぱり好きだと困ったような笑顔で言われたら、キュンとしたのだ、キュンと。あれが間違いだったのかもしれない……レストランでのことを思い出したら、一気に怒りが湧いてきた。
(……私のピュアなキュンを返せ―――!!!)
そう思った瞬間、目が覚めた。
(……あれ?)
目に映ったのはログハウスみたいな木で出来た天井だった。家具も木製で、どこかの家の一室といった感じだ。部屋が明るいから、あの森の中じゃない、のだろう。
(えええっ?! ここ、どこよ?!)
眠気が一気に吹き飛んだ。さすがに知らないところで寝ていられるほど私の神経は図太くなかった。慌てて起き上がったせいか、ちょっとクラっとしてしまった。周りを見渡すと簡素でありながら木の温かみが感じられる部屋で、ベッドと椅子、テーブルが目に入った。ベッドの枕元にはサイドテーブルがあって、水差しとコップが置いてある。それに、涼しい……それだけでなんだか嬉しくなった。
(えっと……私、崖から落ちた……んだよね?)
いつの間にか見知らぬ森にいて、角のある狼から逃げてそのまま崖に落ちたのが最後の記憶だった、はずだ……少なく見積もってもビルの十階よりは高かったと思うし、あの高さでは絶対に助からないと思っていたけれど……
(生きてる、んだ……)
手をにぎにぎしても感覚があるし、抓ってみたら痛かったから生きているんだろうと思う。思うけど、よく生きていたな……というのが正直な感想だった。即死確実だと思っていたから。
(……あ、れ?)
そんな事を思いながら足を動かそうとしたら、違和感があった。手のように動かない。もしかして足を怪我しているのだろうか。そう思ってタオルケットのような薄布を取り払って、息が詰まった。
(あ、足が……?)
この時になって初めて、自分が着ている服が一輝とのデートに着て行ったワンピースではなく、薄い水色の丈の長いワンピースに変わっていた。肌触りの良さと装飾のなさから寝巻なのだろうけど、その裾から見えた私の足は包帯でグルグル巻きになっていた。固定されているのか、膝を曲げようとしても曲がらない。その事実に、急に背中から冷たい何かが這いあがってくるような感じがした。
(やっぱり……無事じゃ、すまなかった……)
いつの間にか身体が小さな震えに侵されていて、心臓が嫌な音を立てているような感覚を覚えた。あの高さなら即死だろうと思っただけに、生きているだけでも御の字なのかもしれないけど……包帯で肌が見えない足に言い表しようのない恐怖が押し寄せてきた。
(あ、歩けるように、なる……よね?)
怪我の程度がわからないのも一層怖かった。治らなかったら一生車いすだろうか……こんな時に頼れる家族もいないのに、急に障がい者になったらどうやって生きていけばいいのだろう。今住んでいるアパートはエレベーターがないから、自分の部屋にも戻れないかもしれない。いや、その前に仕事は? 普通に会社勤め出来るのだろうか……
そう言えばと腕を見ると、腕にあった細かい傷は綺麗になくなっていた。ということは、かなりの時間私は眠っていた、のだろうか……怪我が治るまでって、一週間? それとも二週間、とか?
(ここ、病院じゃなさそうだけど……何がどうなっているの?)
最後の記憶とそこから想定出来る未来は、病院に入院一択だ。あの高さから落ちたのなら、救急搬送されて精密検査コースだろう。だけどこの部屋には医療機器はなく、病院じゃなさそうだ。
(やだ……何がどうなっているの?)
不安が押し寄せてきて、息が苦しくなってきた。目の奥がツンとして、涙が溢れそうになって来た。
「ああ、目が覚めましたか?」
「ひいっ!」
突然かけられた声に、飛び上がりそうなくらいに驚いた。こんなに早く動くと止まるんじゃないかと思うくらいに心臓がドドドドと暴走して、涙も吹っ飛んでしまった。声のする方を振り返って、私は目を瞠った。
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