どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「さっきのは、何だ」
「さっきの」
「誰かと会話をしていただろう。神がなんだと……嘘っぽい話だった」

 正気であるかを問われるような、疑念を含んだ眼差しに苦笑いを浮かべる。
 きちんと話は聞いていたのか。聞き辛くて、先延ばしにしていたのかもしれない。自分の生死に関わることだから、慎重になったのかも。

「お遊びであんな会話をしていたと思うの」
「……分からん。だから聞いている。俺を、殺すのか?」
「……分からない」
「殺すなよ」

 人形師がちらりと私を見上げた。ぽたぽたと汗が滴る。それを拭くと、白く整った鼻がひくりと動いた。

「殺さないと明言しろ。おちおち死体も運んでいられんだろうが」
「そもそもお前殺せるの?」

 どろりと血の塊になってしまうのに、どうやって殺せるというのだろうか。そもそも、私は殺せるような武器を持っているわけではないのに。

「溶けてしまうみたいに人の姿を保っていられなくなるじゃない。あの状態では、殺すに殺せない」
「……そう言われればそうかもしれない?」
「ぼんやりとした解答ね……」

 目をぐるりと回して、人形師は引き攣った笑みを浮かべた。

「さっきも、どうしてすぐに人の形を取り戻さなかったの? 私の周りを跳ねたりして」
「……何の話だ?」
「私とあの受話器が話をしているときの話よ」
「俺が、人の姿を保っていなかった?」

 自覚がないのか?
 どこか途方にくれたような表情を浮かべて、人形師は視線を下へと落とす。すぐに元に戻ったが、頭の中の動きを反映するように視線が泳いだ。

「……まあ、そんなときもある。ぼんやりとしていたのだろう」
「ぼんやり……」
「気にするな。明かしてはいけない気がする」
「そ、そう?」

 よく分からないが、ぼんやりと言うことでいいのか? 殺さないだろうと認められた? 明言しなくてもいいのか?
 いまいち掴めない男だ。

「話を戻すが、どうして俺を殺すという物騒なことになった? リスト……様の背の皮をコレクションしたら死刑だと?」
「この事態の現況ではないか、とは思っているわ」
「なるほど。俺を殺せば事態が収束すると? そうだったら良かったな」

 はんと嘲笑うように人形師は笑みをこぼした。

「……どうして、お前はリストという男から、背の皮を預かったの?」
「何だ、いきなり」
「仲がそんなに良くないような言い草だったから。どうして、そんなものを預かったのか、と思って」
「そんなもの、か」

 ぎゅっと瞳が細くなった。何かを思い出すように、遠くへ視線を投げて、背にいるクロードを抱えなおした。

「昔馴染みだったからだ」
「本当は仲が良かった?」
「いや。……そもそも、俺に仲がいい人間などいなかった。言っただろう。忌み嫌われた吸血鬼だ。領土は死海。呪われた地だ。清族を貴族の癖に名乗っていた。泥を投げつけられ、罵倒され、薄暗い棺桶で眠り、罪人のように生きろとさえ言われたことがある。そんなものに、あの男が親切にすると思うか?」

 私は、リストという男をよく知らない。けれど、ザルゴ公爵だったら少しは知っているつもりだ。彼はーーどうだろう。厳格な軍人であったし、誇りある貴族だった。
 そんな彼がこの男へ冷たくあたったとは思わなかった。
 頭のなかに浮かんだのは、冷笑だ。私がいつか、トヴァイス・イーストンにされたようなただ冷ややかな侮蔑。温度のない、突き放すようなあの視線。内臓に氷を詰め込んだように、冷たくなった。
 親しくはなかったのかもしれない。貴族らしい傲慢さで、この男を見下していたのではないだろうか。

「でも、お前は押し付けたものを、コレクションに加えたのでしょう?」
「そう、だな」
「それはどうして?」

 一度、人形師は嬉々として口を開いて声を出そうとした。だが、すぐに口を閉じると、さむがるように唇が震えた。

「言いにくい?」
「……いや。口にしようとしていた言葉が消えた。口のなかにあったのに、声にしようとしたら隠れてしまった。言葉を探すのが億劫で口を閉ざしたら、声の出し方を忘れた」
「なあに、それ」

 誤魔化しにしては、子供っぽくて口元が緩んだ。言葉が見当たらなくなって、声の出し方を忘れただなんて。小さな子供のような言い草だ。

「……リスト、様にはあまりいい思い出がない。命令されたことばかり、今では思い出す。王族というのはいつもそうだ。あれこれと偉そうで、酷く腹立たしい。――だが、同時に憐れでもあった。あの男は、記憶の混濁が酷かった。俺のこともよくは覚えてはいなかった。親しげに話しかけられ、カリオストロと呼ばれたときには心臓が飛び出るかと思ったぞ」
「リストは、お前をカリオストロだと思ったの?」

 流石に私でも分かるぐらい、二人の容姿は違う。似ているところもあまりないような気がする。肌の色ぐらいだろうか。

「ああ。カリオストロと縋ってくる彼が懐かしくて、憐れで。受け取っていた。まあ、都合が良かったというのが大部分を占めるが」

 感傷など馬鹿らしいというように人形師はせせら笑う。
 人間らしい親しみを感じられることが不愉快だと言わんばかりだった。

「最後の方は俺だと分かっていたようにも思う。段々とよそよそしくなったからな。俺も、何というか、なんでこいつなのだと思った」
「どういう意味?」
「生き残った知り合いが、どうしてリスト……様なのだと思った。落胆した。会えるのならば、もっと交流のある奴が良かった」

 駄々をこねる子供のように、口を尖らせて人形師は言葉を続けた。

「革命で、誰もが死んだ。騎士のアハトが死んで、お前の従者達はばらばらで、ぐちゃぐちゃだった。新しい騎士は血の臭いがこびりついた人魚で、関わる気も失せていた。――工房にこもって数年してふとお前の顔が見たくなって、扉を開いた。そうしたら、城は血まみれで、腐った臭いがした」

 足で蹴破ったような扉を抜けて廊下を歩く。誰かが死んでいた。人間なのか、山羊頭の化物なのか、それとも鼠なのか、分からないほど肉塊になり果てていた。
 べっとりと血が床や壁紙についていた。

「城中、荒らされて自由の旗が立っていた。人の脂と血の臭いがこびりついた不愉快極まりない代物がそこらしかにあった。目玉に突き刺さったものもあったぞ」

 痛ましいことなのに、人形師は懐かしそうに目を細めて呟く。

「最初にカリオストロを見つけた。目をくり抜かれて、耳をそぎ落とされて小さな箱のなかに詰め込まれていた。あれは何というのだったか。ほら、箱の中に大量の虫をいれて、蓋をする……無邪気な悪意に満ちたものとそっくりだった。術で小さくされたあいつは自分がどんな目にあっているかも正しく理解できていないようだった。虫と四六時中戦って、もうほとんど獣のような有様だった。箱から出しても、お前の名前しか呼ばず、困惑したな。カリオストロを抱えて、お前を探した」

 歩みは緩く、けれど確かなものだった。死体から目を逸らしながら、イルの血のあとをおいかける。
 悪夢のような光景に会話だ。けれど、感覚がマヒしてしまっているのか、怖さを感じなかった。

「美術品を口に隠そうとして殺されたらしい貴族や服たちに襲われて息絶えたらしい貧民達を見た。城を守る騎士達の甲冑や鍬や鉈を持った農民の死体も見たぞ。王座が破壊しつくされているのもな。爺様は、王座の側で見つけた。俺が持てるぐらいには消耗していたから驚いたものだ」

 人形師の語る過去をぼんやりと聞いていた。
 革命。カリオストロ。農民。王座。城。死体。
 歴史書を読む時とは違う生々しさがあった。本当のことか、実際分からないのに、どうしてかするりと頭のなかにあった革命と結びついた。文字で見た無機質な歴史が、真っ赤な血の色で塗られていく。
 血と人の屍の山。革命とは救いの象徴じゃない。戦いの証で、痛みの蓄積、残虐の痕跡なのだ。文字で見る歴史はなんて小綺麗なんだろうか。
 本当は血で書かれるべきものなのだろうに。

「処刑の話も、ルコルスの裏切りの話も、知ったのは大分あとのことだ。カリオストロが死んで慌てているうちに今度は革命軍が自滅した。時の流れは早いものだ。鼠も死んで、地下水は酷く汚染され、疫病が起こりーー気がつくと王宮にいた知り合いは全員死んでいた」

 死んでいたというときに、ちらりと私の方を人形師は見た。何か意味ありげな視線だった。

「そんななか、出会ったのがリスト、様だ。落胆しても仕方がないだろ」
「……カリオストロ達と仲が良かったの?」
「いや」

 え! この流れで、そうなのか?
 てっきり、友達だったとでも言うものだと思っていたが、人形師はきっぱりと首を振った。

「会って何度か話をしたくらいだ。カリオストロの外見を取り繕ってやったから、カリオストロとならばそれなりに会話をしたが、親しくはなかった」
「お前が言うリスト様と何が違うのよ……」
「違わない。……おそらく、カリオストロがリスト、様のかわりに来ても何故こいつが? と思ったような気がする」
「素直ね」

 そこは無理にでも違うと否定すればいいのに。はあはあと間に荒い息をこぼしながら、人形師は薄い唇を動かす。

「だが、カリオストロを箱の中で見たときに、自分の体たらくさに嫌気が差し出したのも事実だ。もう少し俺が早く城へ戻っていれば、とな。ただの妄想なのは分かっていた。実際、俺に戦況を変えられる力はない。参加していても同じ結末を迎えていただろう」

 冷静に分析する人形師の横顔には、私が見たことがない感情があった。哀愁とも、後悔とも言い難い、未知の表情だ。
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